【 Even if your dream is fleeting even 】
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「……なるほど、これは急がないとまずいわね」
「……だろ?」
村に入ってまず目に入ったのは、大量の白い繭が蠢いているところであった。これから成体アスクリアとして世に出て行くのだろう。
その数、四百強。幹は心底げんなりとした様子でそれを見ていた。攸貴も、この世界に来てから多数の修羅場をくぐりぬけてきたせいで、この程度の惨事には慣れ切ってしまっているらしい。最早諦めの視線が見て取れた。
幹はとりあえず、と一つの繭を切りつける。するとどろりとした液体を伴って、アスクリアにされかかっている人間が出てきた。見た目があまりにもグロテスクで攸貴は目をそらす。
「……東井以外の奴が人をアスクリアにすることができるなんて、信じられないわね……」
「俺は、人間がアスクリアになるっていうことも含めて説明してもらいたいんだが」
先ほど幹が泣いてしまったので、多少怖くはあったが疑問を声に出して問いかけてみる。このままのけもの扱いはあまりにも酷過ぎるだろうと。
幹は、やはりきたかと深刻そうに言葉を詰まらせ、しばらく沈黙を貫いた後根負けしたように喋り始めた。
「……あんたの見た『東井』って言うのは、あたし達大部隊が追う、アスクリアの女王様よ」
ぽつりと言われた言葉に、攸貴は目を白黒させた。
「女王……?」
「アヤセの探査機が届かないから言えることよ。よく耳かっぽじって聞きなさい。多分、あんたの前で話すことができるのはこれが最初で最後。きっとこれから先アヤセや他の大部隊の目があり続ける限り、あんたはこのことを知ることはできない」
断言されて攸貴は言葉を失う。張り付いた喉に、無理やり唾液を流し込んだ。幹は、攸貴の方を見ないまま続ける。
「……東井は自身を『蒼姫』だと名乗り、一族の女子が『蒼姫』を名乗ることを習わしとしているあたしの家系を敵対視している」
幹の肩が僅かに震えた。家系を敵対視すると言うことは、その家に向けて敵意をむき出しにすると言うことなのだろう。きっとそれは長い戦争の一部に過ぎないのだろ攸貴はなんとなく理解した。幹の言葉は続く。
「そして、東井の能力。これは、あまり解析が進んでいなくてよくわかっていないけれど、おそらく」
幹が、怯えた瞳でこちらを見た。
「触れた物すべてをアスクリアにしてしまうというものよ」
「なっ……!?」
攸貴は目を見開いた。触れた物全てをアスクリアにしてしまうと言うことは、それはとても恐ろしい能力のはずだ。だが、その人物が新聞などで記事なっているのを彼は見たことがない。それはつまり、情報を公開していないと言うことだ。
「そんなこと、なんで言わなかったんだよ……王国民だって知らねーだろ」
「じゃぁあんたは、貴方の身近に、触れただけで貴方を化物にすることができる能力を持った奴らがいます、気をつけてください。なんて発表できると思う? そんなことしたら国中がパニックになるわ」
即座に返された言葉に、攸貴は返答ができなくなる。
確かに、それは怖いことだ。もしかしたら隣人がそうなのかもしれない、息子がそうなのかもしれない。そんな恐怖を抱きながら通常の生活を送ることは不可能だろう。
「そうだけどよ……」
「そういうことよ。東井の存在は基本的に知られちゃいけないの。」
知らぬが仏……攸貴は頭の中で一つの言葉が浮かんだ。故郷日本でよくつかわれていた言葉だ。これは、知らないほうが良いのかもしれないが、なんとも判断のつかない微妙な気持ちになった。
しかし攸貴は、ふとひとつのコトを思い出す。
「……そう言えばカジは、東井に抱きついたり、触られたりしてたな……」
「じゃぁ、おそらくその時ね。そのカジって子が他とは違うアスクリアになったのは」
幹も、先ほどリュジィが言っていた東井の能力拡大について思い出したが、そのことについては言わないことにした。あまり内部事情は話したくないのだ。
――でも、こいつなら。
心のすきまで、そう囁く自分がいることに気付いた。
――あの男とは、きっと違う……。
赤い髪の男が、人懐こい笑みでニコリと笑う。記憶の片隅に追いやっていた思い出が、少しぶり返して彼女は身震いした。
「南街? さみぃのか? 結構蒸し暑いけど」
「そんなわけないでしょ。ちょっと思い出してただけ」
幹がそっけなく言うと、ふぅん。と息を一つ返して攸貴は何もしらないことにした。
「ああ、そう言えば」
攸貴が思いだしたように声をあげた。
「なによ」
「何かあいつら、クジ……カジの兄ちゃんに、なんか埋め込むとか言ってたような気が……」
「埋め込む? 何を」
攸貴が言った、今まで聞いたことのないコトを言いだして、幹は訝しむように彼を見た。攸貴は、頬を掻きながらバツの悪そうに眉を顰めた。
「なんだったかなぁ、確か、『核』だのなんだのって言ってたような気がしたけど……」
「……『核』ぅ? なにそれ、あたし聞いたことないんだけど」
「お前が知らない奴を俺が知ってるわけがねーだろうがよ」
「まぁ、たしかにそうね」
攸貴の返してきた僅かに棘のある言葉を、綺麗に避けて頷くと、幹は攸貴へと視線を向けた。
「じゃぁ、そこに案内しなさい、木偶」
「はぁ? なんでまた」
「とりあえず、そいつを倒してみるわ。何事もやってみないとね」
これだけの数を相手にすることは無理だ。そういう意味で言った言葉の真意に気付けないほど攸貴は鈍くはなかった。
幹の手を引いて攸貴は村の奥深くへと進んでいく。
しばらくして、着いたのは一つの家だった。真夏の明るさはないが、カジの記憶の中で見た物と一致する。玄関先には、やはり白い繭があった。
「……入るわよ」
「お、おう」
どこか不気味な雰囲気がする家の中に二人は踏み込んだ。サラマンドラ王国によくありがちなフローリングの床を音を立てずに進んでいく。後ろで攸貴の足音がもろに聞こえてしまっているため意味はないが。
二人が、家の中で一番奥にある部屋に入る。そこで攸貴は思わず後ずさりをした。幹も、二十年という短いながら充実したアスクリア討伐人生の中で一度も見たコトの無い光景に、一瞬目を見開く。
「……どうやら、『核』っていう話しは本当みたいね」
「……だろ?」
カラカラに乾いてしまった喉でそう返答すると、幹は頷いた。
部屋の奥に立てかけるようにして倒れているのは、間違えるはずもない、カジの兄、クジだ。
撃ち抜かれているため上半身だけのその体には青い杭が打ち込まれており、彼の体を囲むように電光を漂わせている。幹は、両腰に刺さっている内の一本の刀を抜いて、クジに向き直った。
「『核』っていうからには何かあるんでしょうね……切るわ」
「おう……」
クジの体を切りつけることに、少しだけ胸の奥が痛む。それは、多分カジが攸貴の体の中に居るからだろう。だが、このことに反対なわけではない。攸貴だって、クジの体が何らかの影響を持っていると言うことは予測していたのだ。
幹の刀が振り上がる。そして、凄まじいスピードで振り降ろされた。
キィイインッ
激しい金属の音に、幹は動きを止めながら、銀の破片が飛び散った光景を見る。自分の手元に目をやれば、アヤセが作り出した『フェンリル』の素材を組み込んだ刀は、手元から10cmのところで折れていた。
「まさか、こんなことが起こるなんて……」
「お、おい、刀が折れるのなんて、やばくね……?」
「激ヤバよ。とにかく、ルーディに連絡を取りましょう。ここら辺一帯も爆破してもらえれば、どうにかなるかも――――!?」
あくまで冷静を装った彼女の言葉は、突然の家の揺れに打ち消された。
「なに……!?」
「うわぁああああああ!」
「木偶!」
どうにか踏ん張る幹とは違い、揺れに足を掬われた攸貴は盛大に転がり、何かにぶつかって急停止した。
「いって……」
首の付け根を強打したらしく、とても痛い。首に手をやりながら目を開けると、そこには呆然として固まっている幹がいた。
「南街? どうした。なんか愉快な表情してるぞ」
「あんた……なんで、そこに居られるの?」
「は?」
そこ、という言葉に疑問を抱いた攸貴が現状を把握しようと目線を動かす。しばらく家の中をさまよっていた視線は左に動かした時目を合わせた死体でようやく止まった。
自分が、クジの遺体の上に寝転がっていることに気付いたのだ。
「ぎゃぁあああああ!」
「どうやら、あんたは拒絶しないみたいね……木偶、その青い杭、抜いといてちょうだい。あたしはこっちを相手にするわ」
「おま、そんな簡単に言いやがって……こっち?」
どっちを相手にするんだと攸貴が幹を見れば、玄関の方から二体、同じ形をしたアスクリアが覗き込んでいるのがわかった。
どこか幽霊の様な虚ろな瞳を持った彼らは、一様に蜘蛛の様な形を持って存在していて、ガサガサと音を立てながらこちらに近づいてくる。よく見ると、後ろに何体かいて、どれも同じ形をしていた。
「ひっ――――!」
「多分、あたしがその杭に触ったからだと思うわ。そいつだけじゃなくて何十体ものアスクリアがこっちに向かってくる気配がする。多分、その杭に触ったから警告信号が出て一斉に孵ったのね。形は同じだけど、不完全な奴もいるわ」
「不完全……?」
言われて、アスクリアを見ると、確かに所々人間らしい部分が残っている。腕の一本が人間だったり、一番多いのは顔が人のままという物だった。行動を優先するのならば、足から先にアスクリアに変えるのが定番なのだろうか。
攸貴から見れば化物だが、どの顔もこの村で見た人達ばかりだ。どうしても抵抗感が産まれる。
「な、なぁ南街。本当にこの人たち殺さなきゃいけないのか? 元は人だったんだぜ、これじゃぁ人殺しとおんなじなんじゃ……」
「……あんた、まさか人から派生したアスクリアが、これが初めてとか思ってんじゃないでしょうね」
思わず否定的な言葉を使った攸貴に、幹の冷たい言葉が降り注ぐ。
「……え」
「ちょうどいいわ、教えておいてあげる。あたし達第零大部隊がどういう部隊なのかを。何故、禁忌と呼ばれ誰からも認知されないのかを」
腰から一本になってしまった刀を引き抜く。凛としたその姿に、迷いなんてものは存在していなかった。
「第零大部隊は、人間から派生したアスクリアを狩るための部隊よ」
目前に迫っていたアスクリアは、彼女の一太刀によって消えうせる。悲しみを湛えたその剣にしかし、攸貴は呆然とするしかなかった。
「嘘だろ……」




