【 Even if your dream is fleeting even 】
闇を切るようにして消えて行った彼の背を見て、幹は歯ぎしりを一つ。
イライラをそのままに、攸貴の顔を軽く蹴りつけた。
「こっの木偶! あんたが乗っ取られたせいで色々面倒なことになっちゃったじゃないの!」
幹は青い髪のツインテールを思い出す。あの女のお気に入りであるこの男が【毒の雨】に寄生されている限り、このサラマンドラ王国の未来は暗いのだ。
二、三度蹴りつけると、うめき声が聞こえた。目を覚ましたのだろうか。
「……あーあ。こうなったらアヤセのところに送りつけるしかないわね。どうせこいつ殺せないんだし、戻って大部隊の応援頼んだ方がいいわね」
そうぼやいて幹は中腰になると、起きそうな攸貴の肩を揺さぶった。自分に敵意を抱いていようとなかろうと、とりあえず意識は確認しなければいけない。……倫理的に。
「木偶。でーく。起きなさいってば、木偶」
「ん……」
攸貴が薄く呻くと、瞳が開かれた。色素の濃い日本人男性らしいこげ茶の瞳が、重い瞼の下から現れる。
あら。と幹は言葉を一つ溢した。今の攸貴はアスクリアではないらしい。ということは、自分でアスクリアの状態をオンオフできるということだろうか。
「なん、がい……?」
「その間抜け面、やっぱりあんたで良いみたいね」
そうだとしたら、先ほどのあれはこの男の反逆と言うことになる。それは素晴らしく面倒なことではないだろうか
「さて、説明してもらいましょうか。なるべく手短にね」
「は……?」
イライラが止まらない。先ほどリュジィにはじかれた刀を攸貴の首筋に突き付ける。彼は更に困惑した顔になった。
「あんたが、あたしを殺そうとした理由よ」
色々と間違っている言葉のような気がしたが、これ以外に適する言葉が思い浮かばない。攸貴をにらめば、彼は慌てたように釈明を始めた。
「ちょ、俺がなんでお前のコト殺さなきゃいけないんだよ! つーかなんでここに居るんだよ! あれはアスクリアの記憶じゃなかったのか!?」
「とりあえず意味わかんないこと言わないでくれるかしら」
寝起きにしては滑舌の良い言葉に、幹は辟易したように言った。やはりこの男があのアスクリアを自在に出せるとは考えにくい。
呆れて刀をしまい、パニックになりかけている攸貴を睨む。
「……五分間の猶予をあげるわ。あんたの状況を説明しなさい」
「なんで命令口調なんだよ」
「四分五十二秒」
「分かった、分かったから!」
慌てて攸貴が説明を始める。第四大部隊の隊員を倒したら子供のアスクリアに憑依されたこと、その子供はこの村の子供だった事、そして子供は南街幹を恨んでいること、500体ものアスクリアが二ヶ月後に孵化すること。
大体の説明が終わると、幹がため息をついた。
「……で? この村には人為的に作られたアスクリアがわんさかいて、それが二ヶ月後に一斉孵化するって?」
「そうなんだ、だから繭の内に全部片付けないと……!」
「無理ね、それは」
「なんで!」
幹の断言した言葉に、攸貴が食ってかかる。彼女は至って冷静だった。
「だって、今はその『二ヶ月後』だもの」
「え……?」
攸貴が、絶望したような声をあげた。幹の言っているコトが理解できないような表情だ。
「だって、こいつの記憶の中ではついさっきの出来事で……!」
「そのアスクリアの名前はコード9-888901。通称、【毒の雨】相手に寄生して、最悪死に至らしめるアスクリア……ちょうど、二カ月前から出現し始めたわ」
「……っ寄生アスクリアなんて山ほどいるだろ!」
「あんたが倒した第四大部隊隊員、楮はあんたに会うつい十二時間前まで【毒の雨】討伐に駆り出されていて、唯一生還した隊員よ。けれど【毒の雨】の追跡はできなかった。おそらくその時に寄生したのがそいつでしょうね」
攸貴の言葉に的確に言葉を返す幹を、彼はやるせない思いで見つめていた。
「……なんで、こいつが……」
「なんで、はこっちの台詞よ。でも、そいつが【毒の雨】なら今までの不可解にも納得がいくわ」
第四大部隊の楮隊員は、無傷だった。おそらくそれは、攸貴を乗っ取ったあとに彼を操作したのだろう。一度寄生した相手ならば脳を弄ったり記憶を消去したりするのは簡単なことだ。
絶望した様子の攸貴に、幹は語りかけるように話し始める。
「そのアスクリアができたのはこの村を襲った奴らですら想定外だったんでしょうね」
「想定外……? なんでそんなこと分かるんだよ」
「形よ」
幹が断言した。
「さっきその成体アスクリアを見たんだけどね、全部同じ形をしていたし、能力は大体身体強化タイプで寄生するような奴らは見れなかったわ。向こうもそういうのしか作れなかったって言ってたし……鵜呑みにするのは危険だけどね」
東井の部下であるということを避けてそう言うと、攸貴が目を見開いた。
「な、『向こう』って……おまえ、東井にあったのか!?」
攸貴の告げた言葉に、声を失うのは幹の方だった。
「え……?」
「こいつの記憶の中で言ってたんだよ、東井が! なんか、お前を殺すとか、なんとか……そのための準備が整ったって! 大丈夫かよ、あいつ、ガチで殺す気だったぞ!」
幹が東井と接触したのではないかという不安を持って問い詰める攸貴に、幹は別の場所で凄まじい悪寒を感じていた。
東井が、幹を殺そうとしていて、そのためにこの村を一つ、潰した。
「おい、南街?」
攸貴の声が聞こえたが、幹は冷静ではなかった。
また、人が犠牲になったのだ。今回も、自分があの女の殺害対象であるがために。
『南街、早く死んじゃってよ。要みたいに』
『あんたの一族が生きてるだけで吐き気がするわ』
『まだ生きてたの、しぶといわねぇ』
『大丈夫よ。貴方が死んで後悔する人は、研究者だけだもの』
『あんたがいなかった世界は、ここよりももっと平和で、もっと美しかったの。全部あんたが産まれたせいよ』
『人の命なんて何ともないなら、あんたが早く死んでよ』
『この、似非蒼姫』
あの女性が言った言葉が頭の中で木霊する。
分かっていたはずだった。絶対に大丈夫だと思っていたはずだった。
それでも、兵器になりきれなかった人間紛いという現実が、幹に重くのしかかる。
「ごめんんさ…ごめんなさい、ごめんんさい……!」
「おい、どうしたんだよ!」
「ごめんんさい……!」
肩を震わして泣き出してしまった幹に、攸貴は戸惑いながら声をかける。幹が泣く姿など初めて見る攸貴は、どうしていいかわからなかった。
「あたしが、生きてた、から……っ、東井が、あいつが、人をいっぱい殺したの、あたしが、あたしが……っ」
「お前そういうキャラじゃねぇだろ、何でビービー泣いてんだよ! ああ、もう!」
とりあえず、幹を抱きしめてみる。しかし幹の泣き声は止まらなかった。攸貴の知っている幹とは、何時でもクールでストイックで、自分のやることに絶対の自信を持ち、任務遂行のためには自分が命を失う寸前の怪我を負うことさえ辞さない女だ。少なくとも、自分のせいで死んでしまった人達を忍んで泣いてしまうような可愛らしい人間ではない。
ということは、彼女が泣いている原因は東井にあると言うことだろうか。
「……あの、よ。今回のコトって、東井のせいであって、お前のせいじゃない、と思うから」
「でもっ、あたしが、いなかったら……っ」
「だからってあいつがああいうことしなかったっていう保証はないだろ。なんか、見た感じ人を殺すの愉しんでたし」
これはあくまで憶測だ。
だが、決して外れてはいないと思う。あの女は、人を殺してもなんとも思っていなかったし、なによりも……
――あまりに、自然だった。
人を殺している時の表情が、あまりにも変わらなかった。ずっと笑顔で、楽しそうで。幹への殺害衝動だけならばあの顔はもっと醜く歪んでいたはずだ。
「それに、どんな理由があったって、あんなに人を殺していい訳がないんだ」
たとえ、誰かのためだったとしても、それは攸貴にとって悪だ。また、キツク抱きしめた。
すると、幹の体から力が抜ける。嗚咽はまだ収まりきっていないが、どうにか落ちついたようだった。
「ごめん……あの、取りみだしちゃって」
「いや、俺もなんか偉そうなことばっか言ってごめん」
本当は東井のコトを聞きたかったが、ああも泣かれてしまっては怖くて聞くことができない。とりあえず頭を撫でてやるが、それには不服そうに睨まれてしまったので仕方なく幹を離すことにした。
彼女の目元はすっかり腫れていたが、眼光は鋭いそれに戻っていた。
「……あんたが、東井を見たって言うんなら、それはたぶん間違いないわね。となると、帰るわけにはいかないわ。すぐに片をつけましょう」
つい先ほどまで取り乱していたのが嘘のように冷静にそういってのけた。
「まず村を封鎖するわ」
「封鎖って……どうやってやるんだよ」
「こうやってよ」
ツー。
幹が、一つの音をトランシーバーに流した。そして、すぐに攸貴の頭を抱えて地面に伏せる。
「うわぁあ!?」
「静かに」
「おま、胸、あたまに、あたって……! あと、顔ちか……!」
しっかりと攸貴の頭を押さえこんでいるせいで胸がそこに当たってしまっているらしい。自分でもあるかないかくらいの大きさなので幹は大してきにしないし、顔の近さも最早今さらすぎてどうでもいい。
だが未だにパニックな攸貴に舌打ちを一つ(この際、自分が先ほどまで泣いていたことは棚にあげる)口をふさいだ。
数秒後、けたたましい爆音とともに崖や周りの山々が崩れて土砂になり、村の周りを埋める。幹達がいる村の入り口すれすれまで落ちてきた。
三十秒ほどたって、幹が顔をあげる。ルーディに指示を出した通り村を囲むように土砂が積み上げられた。これで人間は出て来れないし、アスクリアも出て行くのにしばらくは苦戦するだろう。
「……予想が当たったわ」
「は?」
「このトランシーバーよ」
幹はトランシーバーを見せた。それは、攸貴が左右木に頼まれて制作に協力した物で間違いなかった。
「……トランシーバーが、どうかしたのかよ」
「【毒の雨】には、アヤセの作った探査機や通信機を著しく妨害する機能があるらしくてね。ここに来る途中でその電波のせいで端末が機能しなくなったのよ」
幹が今度は別の手に端末を握り、攸貴に見せた。その画面にはエラーの文字が。
「でも、【ワイバーン】と黄優達は連絡が取れた。つまり、この通信機器なら妨害されずに連絡ができるってわけよ。試したかったけど、良かったわ」
「……でも、おかしくねぇか? 本部では何事もなかったんだろ」
攸貴に今まで【毒の雨】……カジが憑いていたことがばれなかったのは、本部で一切おかしいことがなかったからだ。人間に憑いている時だけ力のオンオフができると言うのなら、幹が一人になった時から能力を使えば良かったはずだ。
それなのに、わざわざ目的地に着く前に能力を発動させたメリットとはなんなのか。
「それは知らないわ。大体謎なことは山ほどあるのよ。探査機が使えないのは妨害電波を出しているからだってアヤセは言ってたけど、このトランシーバーだって電波でやり取りしてる。分かってるのは、アヤセの探査機がダメでトランシーバーは大丈夫ってこと」
「う……なんか微妙だなぁ」
苦い顔をする攸貴に、幹は苦笑した。たしかに分からないことだらけだ。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。残された時間はあまりにも少ないのだ。
「行くわよ、木偶」
「お、おう……」
いつもの調子をすっかり取り戻した幹に拍子抜けをしてしまった攸貴はなんとか立ちあがって幹のあとを追う。
どこか嫌な予感を覚えさせる心臓の音が、一際険しく鳴った。




