【 Even if your dream is fleeting even 】
黒い車が【ワイバーン】の本拠地にたどり着いたのは、ルーディが言った通り2分後のことだった。
「左右木だしてくれる?」
「お待ちしてました南街さん。こちらです」
この場では、南街幹は第零大部隊隊長ではなく大部隊統括軍団長護衛隊の隊長として通っている。護衛隊は比較的になんでも許されているという見方があるので、黄優の髪の色が黄色だったり、名前に黄が入っていたり、ゴーグルが黄色だったりしても誰も突っ込まないため、普通に黄優をこちらの先行隊救助に向かわせたのだ。
幹が通されたのは一つのテントだった。
そこには、攸貴もよく知った男性がいた。黒の髪は白髪染めをしているが老いには勝てないらしく灰色がかり、目もとには優しそうな小じわを刻んでいる初老。
【ワイバーン】隊長、左右木喜寿だ。
「久しぶりだなぁ南街。クルミユの件以来か」
「無駄話も与太話も世間話もいらないわ。早く現状報告をお願い」
「やたら話しを急かすやつだな。まぁいい。さっきお前の部下から通信があってな、先行隊は全滅していた。犯人はおそらく……いや、確実にアスクリアだそうだ」
肩をすくめて話す喜寿に、幹は肩を一つ揺らして目を見開いた。しかし、すぐに真顔に戻る。
「……ごめんなさいね」
「構わないさ。アスクリアの事態を想定していなかった俺達にも落ち度はある。それにあの高飛車な十五歳でも分からなかったんだ。お前達が気に止むことじゃないし、気にしたら負けだ」
そう言った喜寿の目元は、少し赤かった。
あともう少し黄優達が早く着いて入れば。自分がもう少し早く指示を出していれば。先行隊のうち何人かは助かったかもしれないのに。
幹は人の命をそこまで重く扱うことのできる人間ではなかった。しかし、今回は感知できなかった自分たちのミスだ。それを変えることはできない。
息を一つ吐いて心を落ち着かせる。
「……黄優達と連絡を取った通信機器って、なに?」
「は?」
「どうせあんた達のことだからアヤセの機械使ってないんでしょ。それならそれでそろえるから、あんた達の使ってる機器を貸してほしいんだけど」
「別に鎌わねぇが……どういう風の吹きまわしだ? いつもなら『こっちの方が音質が良い』って言って梃子でも使わねぇくせによ」
「通信手段が同じな方が良いでしょ。なに、あたしが素直なのは変かしら?」
「めっそうもない。直ぐに人数分用意しよう。これはお宅の最年少隊員が考案してくれた優れモノなんだぜ」
喜寿がとりあえず、と言って幹に渡したのは黒い塊だった。横で照れたように頭を掻く攸貴の足を踏んでそれを受け取る。
「変わった形ね。これはどういう仕組かしら」
「電波の送受信ができる無線機器だ。そいつは携帯用だが、本部には据え置き型のトランシーバーもある」
「電波を……へぇ。5000年も前からそんな技術があったのね」
「すげぇだろ」
「ええ、流石よ、木偶」
幹の言葉に、攸貴は目を丸くした。彼女が攸貴を褒めるなど、ほぼ全くありえないからだ。若干の気持ち悪さを残したが、気に留めるようなことではなかった。
「ルーディが今、村の淵に爆弾を仕掛けてるわ。あたしが合図を送ったら一斉に爆破する予定だから、それまでに周りの人員を裂けといてくれるかしら」
攸貴の肩が僅かに跳ねた。
「了解。でもなんで村を爆破するんだ?」
「当然でしょ。アスクリアが出た時点で中に村人がいないのは分かってる。なら、そこはアスクリアの巣窟と考えて良いんじゃないかしら。だから、そのための爆破よ」
「そうかい」
幹の返答に喜寿は首を一つ動かしただけだった。
それじゃぁ、と言って幹達がテントを出て行こうと背を向けた。
「おいボウズ!」
「っ、は、はい」
喜寿に大きな声を出して呼び止められ、攸貴は慌てて振り返った。
喜寿はにやりと悪戯が成功した子供のように笑って、親指を立てた。
「南街はお前をちゃんと守ってくれるからよ、そんな訝しんだ顔しないで信じてやれ」
彼の言葉に、攸貴は何も言えなかった。
幹に促されるようにテントを出て、攸貴は、瞳の色を変えた。
二人が立っているのは村の入り口だ。今、この小さな村の周りにルーディが爆弾を仕掛けて回っている。
いつも通りの黒服で、二人は立っていた。
アヤセから貰った暗視用のコンタクトは、幹の指示で着けないことになった。攸貴はそのコトを深く追求しない。ただ、彼女の命令に従うだけだ。
「……さて、攸貴、行こうかしらね」
「ああ」
幹に気軽に声をかけられて、攸貴は返事を一つする。
しかしその脚は村の中に進むことはなく、右腕に嵌められている腕輪を幹に振りかざすために踏み出された。
「――――っ!」
「甘いわねぇ、【毒の雨】木偶のことを下の名前で呼ぶときは、『偽物がいる』っていう合図なのよ、覚えておきなさい」
足は払われ、心臓の上に女性にしては大きい幹の足が乗せられる。強烈な圧迫感に、攸貴の形を借りた【毒の雨】は呻いた。
「それからアイツは、あたしのことを『幹』って呼ばないの。一回でもそんなことしちゃうなんて、あなたは頭脳労働派じゃぁないわね」
その瞳は、足の下でどうにか逃げようとする彼を蔑んでいた。
「本当、いやしい獣みたい」
「うる……っ、さい!」
「っ、」
思いもよらない強さで攸貴が幹の足を掴むと、思わず幹は足を引いてしまった。
『能力を使うたびに、秋房攸貴の寿命は君に流れる――』
素肌に触れているというわけでもないし、なによりも今から殺そうと言う相手に何をしているのだろうか自分は。
幹が自分自身を叱咤している時にも、攸貴は自分の足で起き上り幹を睨みつけていた。
「おま、えが……! とう、さんを……かあ、さんを……にいちゃん、を……!」
「あんたはこの村の子供だったのかしら? それとも大人? まぁいいわ、どうせ東井の能力でアスクリアにされたって感じでしょうし」
「うるさ……うるさい、うるさい……!」
攸貴が渾身の力で幹に殴りかかる。それをたやすく受け止めると、幹は攸貴の顔面に拳を叩きつけた。
「かはっ……」
「身の程を知りなさいよ。あんたがあたしに勝てるわけないでしょうに。あたしが木偶の体だからって手加減してくれると思った?」
そんなわけないだろうと幹はせせら笑う。秋房攸貴とは彼女にとって自分の命を存続させる一つの手段に他ならない。それが崩れてしまうというのならそれも仕方のないことだろう。
――だというのに……
先ほど、自分はこの男を殺すことを、この男の寿命を奪うことを躊躇った。
――あたしも蒙碌したわね
「さて、時間もないわ。なるべくすぐに片をつけてあげましょう」
幹が両腰から刀を抜いた。相手を殺す時はなるべく一思いに。痛みを感じさせることなく。一瞬で。それは幹が心がけていることだった。
いつものように一撃で殺せばいい。人を手にかけた回数など、数えきれないのだから、その一回に『元相棒』が加わるだけだ。いや、目の前で気絶している男は、攸貴ではないのでその表現は不要だったか。
一度だけ目をつぶり、刀を振り上げる。そこに一片の迷いも存在していなかった。
キィンッ
刀が幹の手元から弾ける音が木霊する。村中に響いたであろうその音の元凶を、幹は睨みつけた。
視線の先には、一人の男がいる。
「……『金の蛇』……リュジィ、ね」
「おお、良くおわかりで、南街幹殿」
男は月を背に笑っていた。透き通るような金の長髪を背中で一つに結び、丸い眼鏡をかけている白衣の男。幹は何度もその姿を見てきた。
しかし、さきほどの一撃は男が放ったものではない。男の傍らにいるアスクリアが放ったものだ。幹は、その形をみて眉を顰めた。彼の傍には十体以上のアスクリアがいるが、そのどれもが同じ形をしているのだ。
「……あんたの、研究成果、とかかしら?」
「この子たちですか? ええ。可愛いでしょう」
金髪の男がにこやかに告げた。幹は苛立たしげに舌打ちをする。悪趣味、という吐き捨てる言葉を投げかけたが、彼は聞いていなかった。
「東井様の能力を頻繁に使わず人をアスクリア化させる実験を試みているのですが、いやはや東井様の精度には遥かに劣りますね。二カ月も熟成期間を持ったというのに、量産品しか作れませんでしたよ」
男はそう言ってアスクリアを撫でた。
「あら、随分とおしゃべりなのね。そんな秘密を喋ったら、ご主人様にしかられるんじゃないかしら?」
「ご安心を。貴方がたにこの計画を知られただけで既にお叱りは決定していますから。それならばせめて我々がした研究の成果を、知っていただくべきだと思いましてね。この場を企画しました」
ニコニコと告げられる言葉に、幹は吐き気がした。要するに人間を使った実験の結果を自分に押し付けたいだけなのだ、この男は。
「それにしても、何故ここがわかったのですか? 我々はこの付近に【ミディアン】を放ったおぼえがないのですが、貴方がたもこの近くで実験を?」
「そんな悪趣味なこと、するわけないでしょ」
「さようですか。まぁ、その言葉の真偽は後ほど確かめさせていただきますよ。そうそう、東井様の能力が最近とても強くなられたんです。近頃では素手で相手に触れただけで力が発動するようにもなりまして」
「それが脅しにもならないことをあんた達は学ぶべきだわ」
「これは失礼。では」
そう言って彼は幹に背を向けた。おそらく今日は実験結果のサンプルを持ち帰るためだけにここに来たのだろう。あまりに騒ぐのも問題だ、と幹は深追いをするのをやめる。
向こうもここで自分とやり合うには不利だと感じたのだろう。
ああそうだ。そう言ってリュジィが立ち止まった。
「東井様の『王子様』を、くれぐれも大切にしてくださいね。喧嘩をしたのか知りませんけど、次に殺そうとしたら……」
今度は、心臓を狙います。
告げられた言葉は死刑宣告だった。




