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第7話 悪役令嬢は、笑われた夢の置き場所も整えますわ

リリアーナ脳内秘伝書

『悪役令嬢たる者、嘲られた志を笑うな。

 志が育たぬ家では、心が痩せる。

 才能ある芽を見つけたなら、陽の当たる場所へ移せ。』


『悪役令嬢たる者、嘲られた志を笑うな。

 

 私は一度、志ある者を守ったつもりで、同じ場に留めた。

 結果、その志は枯れた。


 嘲りに耐えることを強さと誤った。

 志は弱く、環境によりて枯れる。

 志が育たぬ場に人を置けば、その心はやがて痩せる。


 芽を見つけたなら、陽の当たる場所へ移せ。

 それを怠れば、潰したのは嘲りではなく己である。


 公平と呼ばれぬことを恐れるな。

 守るとは、等しく置くことにあらず。』

                 「秘伝書より」



読書室に来る者の多くは、

本を読むためだけに来るわけではない。


静かな机が欲しい者。

誰にも怒鳴られない時間が欲しい者。

少しだけ、自分の考えを持っていてもよい場所が欲しい者。


その日、リリアーナの目に留まったのは、

窓際で黙々と針を動かしている少女だった。


ミナ。

洗濯屋の娘で、最近よく顔を出している。


彼女は読書室の本より、

持参した布切れに夢中だった。

生成りの布に青い糸を走らせ、

小さな花模様を縫い込んでいる。


「きれいですわね」


声をかけると、ミナは飛び上がった。


「す、すみません! 本を読む部屋なのに……!」

「刺繍を禁じた覚えはありませんわ」

「でも……」

「綺麗なものを作るのは、秩序を乱しませんもの」


ミナは戸惑いながらも、そっと作品を差し出した。

小さな巾着だった。


端布を縫い合わせたものだが、

色の置き方が実に上手い。


地味すぎず、派手すぎず、

持つ者を少しだけ嬉しくさせる加減を知っている。


「これは、あなたが考えて?」

「……はい」

「習ったの?」

「母に少しだけ。でも、

 こんなの役に立たないって言われます」

「役に立たない?」

「洗濯屋の娘が、

 飾りなんか覚えてどうするって。

 着る人をきれいにする服なんて、

 身分のある人の世界だって」


ミナはそこまで言って、少しうつむいた。


「笑われるんです。夢みたいだって」


夢みたい。

それは夢が高いからではなく、

現実の中に、その場所がないのだ。


「マルティナ」

「はい」

「わたくしの衣装箪笥から、薄灰の旧いドレスを」

「三年前の外出着でございますね」

「ええ。いまは丈が合いませんもの」

「合っていたら?」

「その場合でも持ってきてちょうだい」


ほどなく運ばれてきたドレスを見て、

ミナは首をかしげた。


「解体なさい」

「えっ、私が!?」

「そうでわ。解体して、新しく仕立て直すのです」

「む、無理です! こんな高価なもの……!」

「嫌なら結構」

「嫌じゃありません……!」


その返事は、思いのほか早かった。

リリアーナは少しだけ満足する。


「では、なさい」

「し、失敗したら……」

「わたくしの名誉に泥を塗ることになりますわね。

 ですが、それがどうしましたの?」


リリアーナは冷ややかに微笑む。


「そんな!」

「最初から完璧な者などおりませんもの」

「……」

「ただし、本気で作ることです。笑われることより、

 手を止める方が先に夢を殺しますわ。」


ミナの瞳が揺れた。

やがて彼女は、

恐る恐るドレスに触れる。


それは、ものを敬っている者の手つきだった。


それからの数日、

ミナは毎日のように読書室へ通った。

布をほどき、線を引き、

縫い直し、またほどく。

エミリアが型紙を押さえ、

ルークが明るい窓辺へ机を運び、

マルティナがときおり無言で糸を補充する。


誰も特別扱いとは思わなかった。

ここでは、必要なものが必要な形で整うだけだ。


完成したドレスは、見事だった。


元の落ち着いた灰色を活かしながら、

胸元と袖口に繊細な青が差している。

華やかすぎないのに、目を引く。

着た者の品を引き立てる意匠だった。


鏡の前でそれをまとい、リリアーナは短く言う。


「よろしいですわ」

「……ほんとうに?」

「変なら着ません」

「そ、それはそうですけど……」


ミナの声は震えていた。


数日後、リリアーナはそれを着て王宮の小さなお茶会に出た。

令嬢たちの視線が、自然に集まる。


「あの意匠、初めて見るわ」

「地味ではないのに落ち着いていて……すてき」

「どこの仕立てかしら」


屋敷へ戻ってから、その反応を伝えると、ミナはとうとう泣き出した。


「や、やっぱり泣きますのね」

「うれしいんです……!」

「そう」

「笑われると思ってたのに……」

「笑うだけの者は、何の責任も負わず、

 ゆえに何も生み出せぬ臆病者ですわ」


リリアーナは、ドレスの端切れで一番上質なシルクをミナへ渡した。


「次をお作りなさい。

 今度は、わたくしに『注文』させるほどのものを。

 その腕で奪い取ってみせなさい」


ミナは布を胸に抱きしめ、何度も頷いた。


その日の夜、秘伝書を開く。


『悪役令嬢たる者、

 才能に驚嘆するのみで終わるなかれ。

 

 私は、かつて才能を愛で、温室に閉じ込めた。

 それが、その者の指先を腐らせるとも知らずに。


 賞賛は、時として毒となる。

 才能を真に守るとは、

 その者に「次の一手」を打つ飢えを与えること。

 働かせ、汗をかかせ、

 己の価値を社会に刻ませよ。


 美しき花を愛でるのは聖女の役目。

 泥にまみれた根を張り巡らせ、

 庭園を建てるのが悪役令嬢の領分である。』



王都ではまた、ひとつ妙な噂が増えた。


-悪役令嬢が、平民の娘に自分のドレスを解体させたらしい。

 しかも、その仕立てを王宮で着てみせたらしい。

 なんて、型破りな-


「それこそ悪役令嬢ですわ」

 リリアーナは、満足げにうなずいた。

リリアーナ脳内秘伝書

『悪役令嬢たる者、才能に驚くな。

 驚くだけでは役に立たぬ。

 居場所と仕事を結び、芽を根づかせよ。』


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