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第6話 悪役令嬢は、居場所のない者に扉を作りますわ

『悪役令嬢たる者、門を閉ざすな。

 私はかつて“聖女”と呼ばれ、人を選ばぬことを善とされた。

 されど、人で選ばぬことは、やがて誰も守れぬことと知った。


 来る者を選ぶなとは言わぬ。

 されど、人で選べばいずれ誤る。

 選ぶべきは人ではなく、共に在れる形――すなわち秩序である。


 私はそれを整えきれず、多くを失った。

 拒む前に整えよ。

 整えきれぬなら、その未熟を知れ。


 恨まれてもよい。

 門を閉ざしたと誤解されてもよい。

 それでも、崩れぬ形を選べ。』

               「秘伝書より」


読書室ができてから数日。

クラウディア家の離れには、

少しずつ人が集まるようになっていた。


最初はエミリアひとり。

次に屋敷の使用人の子が二人。

そして、読み書きを覚えたい娘がひとり。


誰も最初はおそるおそるだった。

だが、日だまりの匂い

やわらかく撫でていく風


声をひそめなくともいい。

本を自由にとることができる。

字を間違えても、誰も笑わない。


だから、

だれもがすぐに、その場になじんだ。


その日の午後、リリアーナは読書室の棚の前で、

本の並びを整えていた。


子ども向けの絵本、算術書、歴史書。

父の蔵書から選んだ本のほかに、

街の古書店から新たに取り寄せたものもある。


マルティナが静かに問う。


「お嬢様、この棚までご自身で?」

「本は置き方で見つけやすさが変わりますもの」

「使用人にお任せになっても」

「場所の理屈は、

 最初に決めておいた方がよろしいですわ」


軽やかな足音がした。

エミリアだった。

後ろにもうひとり、小さな少女が隠れている。


「リリアーナ様」

「いらっしゃいませ、エミリア様」

「あの……お連れしてしまって……」

「構いませんわ。その方は?」

「王宮の下働きの妹さんです。

 お姉さんが忙しい日に、待つ場所がなくて……」


後ろの少女は、十歳くらいだろうか。

痩せているわけではないが、

ひどく身を縮めていた。

居場所がない子がよく見せるふるまいだ。


「お名前は?」

「……サラ」

「そう。サラ、こちらへ」


少女はびくっとして、身を縮めた。

リリアーナはその様子を見て、

胸の内で小さく頷く。


その瞬間、秘伝書の一文が思い浮かんだ。




「サラ」

「……はい」

「ここでは、本を読んでも、お茶を飲んでも、ただ座っていても結構ですわ」

「……怒られない?」

「誰に」

「そこにいるだけで、邪魔だって……」


エミリアが息を呑む。

マルティナの目もわずかに細くなった。


リリアーナはサラの前にしゃがみ、

落ち着いた声で答えた。


「この部屋では、”いるだけ”で咎められることはありません」

「ほんと……?」

「ええ。ここは、そのための部屋でもありますもの」


サラはしばらく動かなかった。

やがて、そろそろと部屋に入り、

端の椅子に腰かける。


その様子を見て、エミリアがほっとしたように肩を下ろした。


「王宮では、待つ場所がないことがあるんです」

「そうでしょうね」

「子どもが長くいると邪魔になるし、

 大人の仕事場に近づくなって言われて」

「当然ですわ。仕事場は仕事場ですもの」

「はい」

「ですから、

 別に居てよい場所が必要なのです」


リリアーナは立ち上がった。


「マルティナ」

「はい」

「この部屋、時間を広げます」

「夕方まで、でございますか」

「ええ。待つだけの子どもも入れるように」

「年齢制限は」

「危険なく過ごせるなら不要ですわ」

「見守り役は」

「交代で置きましょう。

 屋敷の仕事にならぬ程度に」


エミリアが目を瞬かせる。


「広げるのですか?」

「必要が見えたのですもの」

「でも、どんどん人が増えてしまったら……」

「それでよろしいのです」

「え?」

「ひとりのために作っても、

 結局は増えていくものですわ」


エミリアは、その言葉を大事そうに反芻する。


「……なんだか、すごいです」

「何がですの」

「私、泣いてただけだったのに」

「泣いていたから気づけたのです」


リリアーナは、さりげなく言った


「ですから、無駄ではありませんわ」


その日の夕方。


読書室には、サラのほかにも二人、

待つ場所のない子どもが来た。


最初は壁ぎわに寄っていたが、

温かい茶と柔らかい焼き菓子が出るころには、

机に肘をついて絵本をめくっていた。


帰り際、サラが扉のところで振り向く。


「また来ていい?」

「いつでも」

「わたし、字はあんまり読めない」

「これから覚えればよろしい」


サラは一度だけ、ぎゅっと唇を結んだ。

それから、小さく笑った。


その顔は、最初とはまるで違っていた。


夜、自室に戻ったリリアーナは秘伝書を開く。


『悪役令嬢たる者、弱き者を守るとは、抱き上げることにあらず。

 私は抱いた。何度も、何度も。

 泣く者を救ったと信じた。


 されど彼らは、私の手を離れたとき、立てなかった。

 抱かれたままでは、いずれ立てぬ。

 守るとは、己の足で立てる床を残すこと。


 涙の内にある者に、立てと告げても届かぬ。

 ゆえに先に整えよ。

 泣いてもなお、そこに在れる場所を。


 冷たいと言われようともよい。

 見捨てたと誤解されてもよい。


 それでも、立てる形を残せ。』


リリアーナの胸にストンと落ちる


王都では、そのころまた新しい噂が流れていた。

-クラウディア公爵家の離れには、

   身分も年齢も問わず入れる部屋があるらしい。-


リリアーナ脳内秘伝書

『悪役令嬢たる者、門を閉ざすな。

 選ぶべきは人ではなく、秩序である。

 来る者を拒む前に、共に居られる形を整えよ。』


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