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第40話 悪役令嬢は、人ではなく物を旅させますわ(5)

中継所方式が進みつつある頃

クラウディア公爵領の小さな農村の村役場で、

ゴードは届いたばかりの手紙の文字を、

擦り切れるほど何度も読み返していた。


隣から、ハナがぴょんと背伸びをして覗き込んでくる。

「ゴード兄ちゃん、なんて書いてあるの?

 クラウディア様からでしょ?」

「……俺たちのやり方を、使うんだと」

「え? 何に?」

「町と町の間で、荷物を渡すやり方に……国中で使うんだとよ」


ハナは大きな目をしばたたかせ、不思議そうに小首を傾げた。

「それって……すごいの?」


ゴードはすぐには答えられなかった。

胸の奥が、熱い塊で満たされていく。


自分たちは、立派な学問を修めたわけでもない。

ただ、病気の恐怖に震えながら、必死に生き延びたくて知恵を絞っただけだ。


病人の部屋に入らない。

ご飯を戸口に置く。

井戸を使う時間を分ける。

貴族から見れば、虫けらの足掻きのような泥臭い工夫にすぎなかったはずだ。


ゴードはもう一度、手紙の結びの文字に視線を落とした。


――『心より、感謝申し上げます』


滲む視界の中で、その文字を指先でそっと撫でる。

「……すげえよ」

「何が?」

「いや……」


ゴードは袖で乱暴に目元を拭い、照れくさそうに笑った。

「俺たちみたいな泥まみれの百姓でも……ちゃんと、役に立つんだな」


ハナはきょとんとした顔で、事も無げに言った。

「当たり前じゃない! クラウディア様が教えてくれたんだもん!」


ゴードは一瞬虚を突かれ――それから、腹の底から声を上げて笑った。

「違えねえ! 全く、お前の言う通りだ!」


◇


深く暗い帳が下りた王都へ向かう幹線街道には、

無数の荷馬車が列をなして疾走していた。


その中には、整然と隊列を組む

エルドレイン侯爵家傘下の大商会の馬車群があった。

御者たちは王国の通達に寸分の狂いもなく従い、

指定された倉庫へ、指定された物資を、

完璧な時間通りに届けている。不正の欠片もない、

完璧なる忠臣の姿だった。


だが翌朝、宿場町から放たれたリリアーナの新しい方針――

「境界中継方式」の緊急書面が、王都の執務室へと届けられた。


人の移動を完全に断ち、物だけを境界でリレーさせる。


その報告書を手に取ったエルドレイン侯爵は、

柔らかな絨毯の上で、しばらく無言のまま紙面を目で追っていた。

窓の外には、薄暗い街路を忙しなく走る自らの商会の荷馬車が見えている。


やがて――侯爵の唇から、低く艶やかな感嘆が漏れた。

「……見事だ」


影のように控えていた腹心の部下が、訝しげに顔を上げる。

「閣下、見事などと言っている場合ではございません。

 この中継方式が正式に施行されれば、我が商会の人員も御者も、

 町境を越えて王都の外へ出られなくなります」

「そうだな」

「せっかく王都を中心に張り巡らせた、

 我が方の広域輸送網がズタズタに分断されてしまいます!」

「そうだな」

「では、早急に対策を講じ、王宮へ圧力をかけて撤回させますか?」


侯爵は静かに首を横に振った。

「その必要はまったくない」

「しかし……!」


「人を動かせなくなるのだぞ?」

侯爵は書面を優雅に執務机へ置いた。

「人が動けないからこそ――『物を動かせる手段』を握る者の価値が、

 天文学的に跳ね上がるのではないか」


部下が息を呑み、言葉を失う。


「町境ごとに、荷馬車が個別に必要になる」

侯爵はすっと、白く長い指を一本立てた。

「町境ごとに、替わりの御者が大量に必要になる」

二本目の指が立つ。

「境界ごとに、荷を捌く広大な敷地と中継所が必要になる」

三本目。

「そして、滞留した荷を腐らせずに保管する、保冷魔導倉庫が必要になる」

四本目の指が立った。


侯爵は心底愉悦に満ちた笑みを浮かべ、部下を見つめた。

「それらの余力を、この王国のどこに、

 最も潤沢に持っている組織があると思うかね?」


部下の顔から、サッと血の気が引いていく。

「……わ、我が、エルドレイン商会連合です……」


「正解だ」


侯爵は立ち上がり、ガラス窓に手を当てて、

街路を行く光の行列を見下ろした。


「クラウディア嬢は、またしても国を救う仕組みを構築してみせた。

 ……人の移動を止め、感染の爆発を遅らせる防壁だ」

その声音に、嘲笑や侮蔑の色は微塵もなかった。

あるのは、己の好敵手に対する純粋なる称賛だった。


「だからこそ、たまらなく面白い」

侯爵の双眸が、暗闇の中で怪しく細められる。


「彼女が国を守るための防壁の網を張り巡らせれば巡らせるほど――

 国は、莫大な物資と人足を右から左へ動かせる力ある者にすがらざるを得なくなる」


侯爵の爪が、机上の地図に網の目のように描かれた街道の中心――

王都の心臓部を音を立てて引っ掻いた。


「彼女が築く防壁のすべての結び目に、

 私の手が伸びているとも知らずにな」

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