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第31話 錯綜する王都

王城の大会議室には、

国政の中枢を担う重臣たちが集められていた。


国王。

王太子アレクシス。

その補佐を務めるレイナード。

各省を預かる大臣たちと、王都の主要機関――治療院、

魔導具管理局、商業ギルド、工房組合の代表者たち。

そして長机の中央には、

学園の「緊急記録班」から届いた最新の報告書が

うずたかく積み上げられていた。


王都の街並みは、表面上は静穏そのものだった。

市場には買い出しの客が行き交い、馬車が石畳を打ち鳴らし、

夜になれば魔導灯が街を華やかに照らす。


だが、積み上げられた台帳の「数字」は、

すでに致命的な崩壊の予兆を告げていた。


――魔導具管理局。高位鑑定官欠勤4名、封印班欠勤7名。

――通信局。魔力調整担当者3名発熱。

――治療院。高位治療師2名が診療中に昏倒。

――工房組合。大型魔導炉を扱う熟練職人の欠勤率、前週の3倍。


アレクシスは、手元の報告書を静かに机へ置いた。

「……辺境を襲っている病と同じものが、

 すでに王都の内部へ侵入している可能性が極めて高い」


会議室にざわめきが広がる。

すぐさま、保守派の重臣が不快そうに口を開いた。

「可能性にすぎぬのでしょう。単に季節の変わり目で疲労が重なっただけでは?」

「その通りです」


アレクシスは否定しなかった。

「病そのものが同一であるという確定的な医学的診断は、まだ出ていない」

「ならば! 王都全体を無用に混乱させるような大掛かりな措置など、

 時期尚早ではございませんか」

「病名が確定してから動いていては、手遅れになるのです」


静かに返したのはレイナードだった。彼は一枚の台帳を掲げて見せる。

「魔導具管理局から提出された、現場の勤務記録です」


それは、職務体験生として勤務しているアリシアが、

妥協を許さぬ精密さで書き残したデータだった。

発症者の職務。

一日の魔力消費量。

微熱の発症日。

魔力回復速度の減衰日。

そして勤務不能に至った日。

数字の羅列は、執拗なまでに正確だった。


「発症者は、日常的に魔力を大量消費する職務へ

 異常な集中を見せています」

レイナードが冷徹に告げる。

「これを単なる偶発的な疲労と片付けるには、

 統計上の偏りが大きすぎます」


魔導具管理局の代表者が、苦々しい顔で首を縦に振った。

「……局内でも照合いたしました。アリシア嬢のつけた数字に、

 一切の誤りはございません」

「この記録を作成したのは……生徒なのか?」

「はい。アリシア・ウェルグレイ嬢です」


管理局の代表者は、どこか複雑な表情で言い添えた。

「正直に申し上げれば……非常に扱いづらく、

 妥協を知らぬ生徒です」

アレクシスが微かに眉を上げる。

代表者はゴホンと咳払いをした。

「ですが……管理業務において、

 彼女ほど『わずかな誤差』をも許さぬ者は、いまや局内におりません」


黙って聞いていた老国王が、深く背をもたれさせながら呟いた。

「……時に、面倒な者こそが国を救うこともある」


部屋の緊張が、ほんの一瞬だけ緩んだ。

だが、国王が眼光を鋭くした瞬間、空気は再び張り詰める。

「対策案を述べよ」


アレクシスが迷いなく立ち上がった。

「まず、魔力消費量の大きい職務に対し、

 直ちに強制的な交代制を導入します」


治療院の代表者が即座に反発した。

「治療師を休ませれば、今日診られない患者が出ますぞ!」

「出るでしょうね」

アレクシスは、その事実から逃げずに答えた。

「今日、治療を受けられずに苦しむ者が出ます。

 ……ですが、今休ませなければ、

 三日後には誰も患者を診られなくなる」


治療院の代表者は言葉を詰まらせ、

激しく唇を噛んだ。


「第二に。魔導具の使用を明確な優先順位によって制限します」

レイナードが手元の羊皮紙を読み上げる。

「浄水、食料保存、医療、緊急通信、外郭結界を最優先。

 対して、夜間の魔導灯は主要街路および医療・給水拠点を残して消灯。

 さらに――王宮および貴族家の儀礼用魔導具、

 祝宴、催事に使用する設備もすべて停止とします」


会議室が一変して怒号に包まれた。

「王宮の儀礼まで止めるというのか!」

「民の不安を煽るだけだ!」

「王都の灯りを消せば、自ら敗北を宣言するようなものではないか!」


荒れ狂う反対の声を、

アレクシスはただ静かに受け止めていた。

すべての声が出尽くすのを待ち、

王太子としての絶対の威厳を込めて告げる。


「――灯りを残すために、水を失うわけにはいかない」


騒然としていた室内が、水を打ったように静まり返る。


「儀礼の体面を守るために、

 国を支える職人や治療師を全滅させるわけにもいかない」

アレクシスは、場にいる重臣一人ひとりの目をまっすぐに見つめた。

「王都の動揺を抑えることは必要だ。

 だが、見せかけの平穏を保つために、

 国を支える者の命(魔力)を使い潰すことは絶対に認めない」


重臣の一人が、震える声で問う。

「……殿下は、その制限によって生じる混乱と民の怨嗟の責任を、

 すべて負われるおつもりか」


アレクシスは、一秒の躊躇もなく答えた。

「そのために、私はここに立っている」


声は低く、飾らない。だがそこには、

王国の未来を背負う者としての退路を断った覚悟があった。


国王は静かに息子を見つめ、やがて短く宣した。

「……認める。本日より、王都における魔力使用制限を発令せよ。

 ただし、停止するものと継続するものは毎日見直せ。

 昨日の正解が、今日も正しいとは限らん」

「承知いたしました」

全員が応答する。


アレクシスとレイナードが深く頭を下げた、その時だった。

大会議室の扉が開き、

文官が一枚の緊急申出書を携えて滑り込んできた。


「緊急の支援申し入れが届いております!

  王都の大商会連合より、物資と人員の無償提供です!」


書類に記されていたのは、

エルドレイン侯爵家と極めて深い繋がりを持つ大商会の名だった。

その支援内容は、喉から手が出るほど欲しい完璧なものだった。

――荷馬車五十台。

御者および作業員。

大型冷却倉庫の開放。

乾燥薬草および保存食糧の提供。

そして、魔力を一切使わない一般作業員の大量派遣。

末尾には大きく、『すべて無償にて提供』と躍っていた。


大臣たちの顔に、一気に安堵の色が広がる。

「これほどの支援があれば、物流の混乱は避けられる!」

「流石はエルドレイン侯爵だ、仕事が早い!」

「背に腹は代えられん、すぐに受け入れるべきだ!」


アレクシスは書類を受け取り、目を通した。

そこへ、レイナードが学園の「緊急記録班」から添えられた確認用紙を差し出す。


支援元。支援条件。返済義務。支援終了後の契約。

人員の雇用主。運行指示権。支援先決定権。


その重要項目の欄が、すべて空白だった。


レイナードが低い声で呟く。

「……無償という言葉以外、何ひとつ権利関係が明記されていませんね」

大臣が苛立たしげに割り込む。

「今は緊急時だ! 細かい契約など、後から整えれば済むことでしょう!」


「後からでは、王国の命運を買い叩かれます」

アレクシスは申出書を卓上へ叩きつけた。

「誰が荷馬車を動かすのか。

 誰に物資を優先配布するのか。

 いつ支援を打ち切るのか。

 ……それらの決定権を提供側に握られれば、

 王都の物流の心臓部を、そっくりそのまま外部へ明け渡すことになる」


「しかし! 拒めば物資が動かず、民が飢える!」

「拒むとは言っていない」


アレクシスは文官へ冷徹に書類を突き返した。

「全項目に明確な『条件』を明記するよう、即座に差し戻せ」

「殿下……!?」


「『運行指示権および支援先の決定権は完全に王国に帰属すること』

 『支援終了後に雇用や借財の義務を発生させないこと』」

そこまで言って、学園の職務体験制度で起きた推薦の噂を思い出し、

アレクシスはさらに付け加えた。

「『この支援を理由に将来の優先契約や推薦権を要求しないこと』

 ――これらを一字一句漏らさず明記させろ。

 飲むなら受ける、飲まぬなら破棄だ」

文官は深く頭を下げ、書類を抱えて駆け出していった。


国王は終始無言でそのやり取りを見つめていたが、

やがてアレクシスにだけ聞こえる微かな声で呟いた。

「……まず、入口の鍵は掛けたか 」


アレクシスは答えなかった。

これは、自分一人の智慧ではない。

リリアーナが築いてきた記録の構造。

エミリアが加えた警戒の目。

ヴェロニカが命がけで届けた告発。

それらの想いが一つに繋がり、

侯爵の差し出した「美しい援助」の裏を見破ったのだ。



エルドレイン侯爵邸。


差し戻された支援申出書を受け取った侯爵は、

激怒するどころか、心底愉快そうに目を細めて低く笑った。

「……ほう。なるほどな」


部下が緊張で身を強ばらせて立っている。

「殿下より『すべての条件を契約書に明記せよ』との厳命にございます。

 いかがいたしましょう……」

「書けばよい」

「よろしいのですか!? それでは我が方に何の利も残りませんが……!」


侯爵は優雅に羽根ペンを取ると、躊躇なく項目を埋めていった。

――指示権は王国へ。決定権も王国へ。返済義務なし。契約継続なし。


「利益とは、契約書の上に書かれる数字だけではないのだよ」

侯爵は静かにペンを置いた。

「王室が我が商会の荷馬車を頼りに走る。

 商会の倉庫に国家の物資が集まる。

 商会の人員が、王都のあらゆる物流網と需要を完璧に把握する。

 それだけで十分すぎるほどの成果だ」


「では、これは……」

「ただの入口にすぎんよ」


侯爵は完璧に条件を飲み込んだ書類を、再び部下へ差し出した。

「すべて提示された条件を受け入れると伝えよ」

「は、ははっ!」


部下が辞去したのち、侯爵は一人窓辺へ歩み寄り、

「条件も、権限も、見事に塞いだか」

侯爵は、口元に冷酷な笑みを浮かべながら街の消えていく灯りを見下ろした。

「だが、人が働けば、関係が残る。

 関係まで書面で縛ることはできまい」

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