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第30話 悪役令嬢は、次に止まる場所を先に動かしますわ(3)

王城の一室では、アレクシスとレイナードが、

学園から届いた緊急報告書を挟んで向かい合っていた。


「魔力を多く消費する技術者から、欠勤率が跳ね上がっている」

レイナードが報告書を繰りながら言う。

「宿場町から届いたリリアーナ様の情報とも、完全に一致します」

「王都の内部でも、すでに侵食が始まっているか」


アレクシスは壁の地図を睨みつけた。

まだ表面上の患者報告数は少ない。

だが、魔導具管理局や工房では、

すでに実質的な機能不全が起き始めている。


「父上へ上奏する」

アレクシスは即座に立ち上がった。

「対策案の骨子は?」

「魔力消費量の高い職務への交代制の導入。

 および、非魔導的な代替手段の有無を全機関に報告させること。

 さらに、支援物資は提供元と条件をすべて記録させ、

 特定の商会へ権限を集中させないこと」


レイナードが淀みなく答える。

「それと――」


アレクシスは、机の端に置かれた上質な便箋へ手を伸ばした。

「リリアーナへ返信を出す」

「何と書き記されるのですか?」


アレクシスは短い思考ののち、迷いなくペンを走らせた。


『王都はこちらで支える。

君は、君のいる場所だけを見てくれ。

すべてを一人で背負う必要はない。』


書き終えると、すぐさま封を閉じる。

レイナードが横から覗き込み、心底呆れたように息を吐いた。


「最後の一文、あの方が素直に読まれるとお思いですか?」

「読ませる」

「読んだところで、守らないでしょうね」


アレクシスは返事をしなかった。

否定することが、出来なかったからだ。



宿場町。


古井戸の錆びついた滑車が、

キーキーと低い悲鳴のような音を立てて回り始めた。

太い縄に縛られた木桶が、暗い井戸の底へ降りていく。


やがて――冷たい水をたっぷりと湛えた桶が、

人の手によって地上へ引き揚げられた。


集まっていた町の者たちから、

小さな、けれど確かな歓声が上がる。


魔導ポンプのような圧倒的な水量はない。

何人もの大人が交代で手綱を引く重労働が必要になる。

それでも――水は出たのだ。


リリアーナは少し離れた暗がりから、その光景を静かに見つめていた。


「動きましたね」

隣に立つ行政官が、胸を撫でおろすように笑った。

「ええ」

「これなら……この町は持ち直すかもしれません」


リリアーナは答えなかった。

一頭の早馬が、狂ったような速度で町の入口へ駆け込んできたからだ。


騎手は馬から転がり落ちるように降り立つと、

肩で息を切りながら叫んだ。

「報告です! 急報!」


その手には、街道沿いの詳細な地図が握られていた。


「王都へ続く街道沿い、

 三つの宿場町で……全く同じ症状が確認されました!」


古井戸の歓声が、一瞬でかき消えた。


リリアーナは地図を受け取り、冷徹にペンを走らせる。


今いる町。

隣の宿場町。

その先の町。

さらに王都寄りの宿場町。


点であった黒い印が、綺麗に一本の「線」として繋がった。


行政官が顔から血の気を引かせる。

「これは……病が、王都へ向かって進んでいるのですか!?」


リリアーナは、しばらくその地図を無言で見つめていた。

やがて、静かに首を横へ振る。


「いいえ」

「では……?」

「王都へ向かっているのではありませんわ」


リリアーナは、王都を中心として放射状に伸びる無数の街道を、

指先で静かになぞった。


その先には、別の町。

別の村。

別の領地。

国中に網の目のように張り巡らされた、無数の道が繋がっている。


「もう……各地へ向けて、溢れ出しているのです」


古井戸の滑車が、背後で虚しくギギと音を立てた。


ようやく一つ動き始めた小さな町の向こうで。

国中の無数の町が、静かに、

確実に、その機能を止め始めていた。

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