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第29話 悪役令嬢は、次に止まる場所を先に動かしますわ(2)

同じ頃。


王立学園の一室では、

机を並べ替えて作られた「緊急記録班」が本格的に稼働していた。


壁には王都の精密な地図。

長机には、各職務体験先から続々と届く報告書が積み上げられている。


アリシアからは、魔導具管理局の状況。

サイラスからは、商業ギルドと巨大倉庫の状況。

レオンからは、工房組合の状況。


エミリアは、届いた三通の報告書を順番に読み上げた。


「魔導具管理局では、高位の鑑定官と封印班の欠勤者が急増。

 対して、記録係と搬送係には、今のところ目立った症状は見られません」


腕を組んで聞いていたアルフレッド学園長が頷く。

「魔力を多く消費する者から順に倒れておる、か」

「はい」


エミリアは次の紙へ視線を移す。

「商業ギルドでは、食料の在庫自体は現在も十分です。

 ただし、御者と倉庫の冷却魔導設備を扱う職員が倒れ始めています」

「物はあるが、動かす手と維持する手が止まりつつあるわけだな」

「サイラスさんも、まさにそう書き記しています」


最後に、レオンからの報告書。

「工房組合では、大型魔導炉の使用を一部停止。

 手工具のみで製作できる水桶、滑車、

 および農具の修繕を最優先工程に切り替えたとのことです」


学園長は、三つの報告書を並べて見比べた。

「……別々の場所で、全く同じ現象が起きておるな」

「はい」


エミリアは静かに立ち上がり、王都の地図へ近づいた。

魔導具管理局。商業ギルド。工房組合。

三か所の拠点に、赤いインクで印をつける。


「足りないのは、物資そのものではありません」

エミリアは、己の確信を込めて告げた。

「魔力と……それを使って物を動かしていた人の配置です」


学園長は、眼鏡の奥の目をほんの少し細めた。

「……リリアーナ嬢と同じ結論に辿り着いたか」


エミリアは首を静かに横に振った。

「いいえ」

その声には、揺るぎない芯があった。

「リリアーナ様が、最初から何を見据えておられたのかが……

 ようやく少しだけ分かったのです」


その時、控えめに扉が叩かれた。

学園の職員が一通の厳重に封印された書簡を持って入ってくる。

「エミリア様宛てです。差出人は……」

言い淀む職員から、エミリアは直接封筒を受け取った。


そこには、見覚えのある重厚な家紋が押されていた。

――エルドレイン侯爵家。


学園長の表情が険しくなる。

エミリアは静かに封を切り、中に納められた手紙を開いた。


『エミリア様。

今後、外部から食料、薬草、荷馬車、倉庫などの多大な支援が申し出られるでしょう。

どうか、それらを「善意」という言葉だけで受け入れないでください。


提供者。

数量。

条件。

返済義務の有無。

そして、支援先を選ぶ権限を誰が持つのか。

そのすべてを、必ず詳細に記録してください。


特に、エルドレイン家と関係する商会からの申し出には、

十分にお気をつけくださいませ。

    ヴェロニカ・エルドレイン』

読み終えたエミリアは、しばらく指先を止めたまま動かなかった。


学園長が静かに問う。

「……本物か」

「そう思います。筆跡もヴェロニカ様のように思われます」

「実の父親を告発したのか」


エミリアは手紙を凝視し、やがて静かに首を振った。

「いいえ。……まだ、すべてを明かしてはおられません」

「ほう」

「けれど……ご自身が知る危険の証を、

誰かへ繋ごうとなさったのだと思います」


エミリアはすぐさま新しい記録用紙を引き寄せた。

報告書の最上部に、新しい項目を強い筆致で書き加える。


支援元

支援条件

返済義務

人員選定権


学園長がその紙を見つめる。

「それを記録するつもりか」

「はい」

「侯爵家を直接的に敵に回すことになるかもしれんぞ」


エミリアの指先が、ほんの一瞬だけ震えた。

だが、彼女はペンを絶対に止めなかった。


「記録することは、敵対することではありません」


それは、かつてリリアーナから与えられた教えを、

そのままなぞった言葉ではなかった。

エミリア自身が戦うために選んだ、彼女自身の考えだった。


「見えないまま、構造を差し出さないためです」

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