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第27話 悪役令嬢は、繋がれた意志を信じますわ(2)

王都の一角に不気味にそびえ立つエルドレイン侯爵邸。


自室の机でペンを走らせていたヴェロニカの元に、

地方の町村の深刻な異変、そして王都調査隊の派遣と、

リリアーナが現場で指揮を執っているという噂が飛び込んできた。


ヴェロニカの指先が、カタカタと静かに震える。


(……始まったのね。お父様が仰っていた有事が……)


ヴェロニカは、書いている途中だった手紙を破り捨てた。

誰かに救いを求めるのではない。

己の足で、己の声で、

実の父親の冷酷な野望に向き合わなければならない。


彼女は黒いドレスの裾を強く握り締め、意を決して立ち上がった。


長い廊下を抜け、冷たい空気に満ちた父の執務室の扉を開ける。

そこには、国を侵す病の影で、

何事もないかのように書類に目を通す実の父親――エルドレイン侯爵がいた。


「クラウディア様は現地に留まりました」

ヴェロニカの声が固く響く。


侯爵は書類から目を離さず、薄く笑った。

「そうだろうな。あの子ならそうする」

「止めないのですか!」

「なぜ止める必要がある? 彼女は今、

 最も効率的で、最も美味しい場所に立っているというのに」

「……美味しい場所?」


侯爵は緩やかにペンを置き、娘を正面から見据えた。

「私はただ、ここで静かに待つだけでいいのだよ」


ヴェロニカの顔から血の気が引いていく。

「そのあと、お父様は何をなさるおつもりですか」

「空席となった場所に、必要な者を置くだけだ」


「彼女は必ず倒れる」

侯爵は振り返り、冷酷な光を孕んだ瞳で言い放った。

「そして彼女が疲弊し、膝を突いたあとこそが――本当の勝負なのだ」


ヴェロニカが机の上の書類に気づく。

「これは……?」

「混乱が起きた時、正しさだけでは物資は動かん。

 動かせる者が、命令する権利を得る」


反論を試みる。

「クラウディア様は、お父様が思うほど簡単には折れませんわ」

ヴェロニカが表情を強張らせながら、ようやく絞り出した言葉に、侯爵は笑った。

「だからこそ、折れた時の価値がある」


ヴェロニカはそれ以上は反論せず、執務室をあとにした。


冷たい廊下を歩きながら、胸の奥の動悸が激しく打つ。

机の上にあったのは、病人の数を記した報告書ではなかった。

穀物倉庫、荷馬車、薬草商会、王都へ続く街道。


父が見ているのは、人の命ではない。

命を握るための道筋なのだ。


リリアーナがどれほど美しい防壁を築こうとも、

父はその壁が疲弊して崩れるのを狙い、

そこへ支配という名の毒を流し込む。


(あの方は……クラウディア様は、一人で国全体を背負おうとしておられる。

 ……私だけが、お父様の恐ろしい狙いを知っているのに、

 このまま目を閉ざしているなんて絶対にできない……!)


ヴェロニカは自身の胸元を力強く押し当てた。


重厚な自室の扉を再び開けるヴェロニカの瞳には、

かつてない悲壮な覚悟が宿っていた。


ヴェロニカは、先ほど破り捨てた手紙を拾い集めた。

新しい紙を取り出し、今度は迷わず宛名を書く。


エミリア・――。


父の娘としてではなく、一人の生徒として。

彼女は初めて、自分の知る危険を誰かへ繋ごうとしていた。



同じ頃、夕闇に包まれた宿場町。


リリアーナは仮設の本部に閉じこもり、

机いっぱいに広げた情報の一覧と向き合っていた。


各施設、物流のルート、患者の発生数、備蓄物資の残量

――そのすべてを、冷徹な筆致で書き込んでいく。


そこへ、王都から到着した調査隊の文官が入ってきた。

息を吐き、疲労の滲む顔で声をかける。

「……まだ起きておられたのですか、クラウディア嬢」

「ええ」

リリアーナはペンを止めず、淡々と答える。

「たった一つの小さな町で、これだけの機能が停止していますわ」


彼女は静かに顔を上げた。その瞳には、灯火の光を跳ね返す冷ややかな覇気がある。


「王都は、この百倍以上のです」


羊皮紙のページを、サラリと捲る。


「王都へ戻る便は、いつ出ますの?」

「明朝です」

「では、この一覧を持たせてくださいませ」


リリアーナは、停止した施設の一覧ではなく、その隣に別の欄を作った。


『代替できる者』

『残された日数』

『止まった場合に影響する場所』


「止まった場所を数えるだけでは遅いのです」


文官が息を呑む。


「次に止まる場所を、先に動かしますわ」

『悪役令嬢たる者、己の手が届かぬ場所を恐れるなかれ。


貴女が穿った『正しき流路』は、貴女が不在の時であっても、

そこに留まる者たちの血肉となり、自ら水を通し続ける。


背を預けよ。言葉を届けよ。

貴女が蒔いた種は、いまや暗雲を破る強固な大樹となりて、

押し寄せる嵐を防ぎ止める盾となるのだから。』

          「悪役令嬢となるための秘伝書」より

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