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第26話 悪役令嬢は、繋がれた意志を信じますわ(1)

辺境の宿場町から少し離れた、クラウディア公爵領の小さな農村。


宿場町からクラウディア領へ通じる街道が閉ざされるより、数日前のこと。

すでに町を訪れた行商人が、この村にも立ち寄っていた。


ここにも、風邪によく似た「だるさ」を訴える村人がちらほらと現れ始めていた。


どんよりとした曇天の下、

村役場にクラウディア公爵家からの緊急命を携えた

一頭の早馬が猛烈な土煙を上げて駆け込む。


届けられた書状の命は、極めて簡潔だった。


・宿場町との往来を制限すること

・食料を備蓄すること

・村ごとに病人を正確に把握すること

・体調不良者を働かせてはならない

・健康な者で農作業を分担し、作業を止めないこと

・収穫物は各戸の生活に必要な分を除き、余剰の収穫物を村の共同倉庫で管理すること


但し、その他に、病気に関する様々な注意事項――病人の家を示す布の色、食料を渡す際の手順、

井戸を利用する時間帯などが細かく記されていた。


「……収穫を止めるな、だと?」

集まった村人の一人が、不安と苛立ちの混じった声を上げる。

「病人が増えてるんだぞ! 畑に出て倒れたらどうするんだ!」


「だからだよ!」

群衆を押し分けるようにして出た青年が、毅然と声を張った。

「あの人は、病気そのものより先に、

 俺たちが飢えて全滅することを心配してるんだ!」


「だが、こんな時こそ食料は各家庭に配らんと落ち着かん!」

村長が皺の深くなった顔で異議を唱えると、青年は即座に首を振った。

「配ったら足りなくなるんだ!」

「どういうことだ?」

「食料の絶対量は限られてる!

 個別に配っちまったら、底をついた家から順に飢えて終わる。

 だから共同で管理し、命を繋ぐために配分するんだ!」


そこまで行ってからリリアーナの指示書を指さす

「全部取り上げるって意味じゃない。

 各家が食う分を確認して、余った分を一か所に集めるんだ。

 どこかの家だけが先に尽きないようにな」


リリアーナの指示への村の対応が決まると、

青年は隣に控えていた少女に視線を送った。

それは、かつてリリアーナに問うた少女だった。


「ハナ! 病気について注意することはわかったか?

 熱のある人の家には、この『赤印の布』を玄関に結ぶんだ。

 ……それから、ご飯を持っていくときは絶対に部屋に入らず、

 戸口に置いて声をかけるだけにしろ!」


その青年こそ――かつてリリアーナの整えた土壌改善と無駄のない効率的な動線を

目の当たりにした、あの農夫の若者・ゴードだった。


「うん! 井戸の水汲みも、昨日から二人組みで時間をずらしてやってるよ!」

少女ハナが力強く頷き、赤布を抱えて走り去っていく。


村長たちが「ただの季節風邪だ」と楽観視しようとした時、

ゴードはリリアーナが残していった記録と教えを元に、

村の自主隔離をいち早く提案したのだった。


「あの人がやってきたことは、そういうことだったんだ。

 一人が倒れたら全部止まるようなやり方じゃ駄目だ。

 できる者で役割を回すんだよ」


ゴードは袖で汗を拭うと、

はるか遠く、雲の垂れこめる王都の空を見上げた。

かつて貴族に踏みにじられるだけだった自分たちに、

生き抜くための構造を示してくれたリリアーナ様。

その教えが今、静かに、けれど力強くこの村の平穏を守り抜こうとしていた。



王都の学園長室。

重厚な机に向かうアルフレッド・グランヴェル学園長は、

リリアーナから届いた極秘の手紙を読み終えると、深く、長く息を吐き出した。


『……学園長。病そのものを調べることも大切ですが、

 王都の機能が止まることを警戒してくださいませ。

 職務体験先から毎日届く報告を、一か所に集めてくださいませ。

 王都のどこから機能が止まり始めているのか、それによって見えるはずです。

 集めた情報をどのように王国へ届けるかは、学園長とアレクシス様にお任せいたします。』


学園長は眼鏡を外し、目元を叩くと、

窓の外で蠢く王都の街並みに視線を投げた。

「……見事というほかないな。

 病の直接的な恐怖よりも先に、組織の破綻を予見して手を打つか」


デスクの前には、凛とした佇まいのエミリアが立っていた。

彼女の手にも、リリアーナから届いた指示書が握られている。


・病名不明

・感染経路不明

・魔力保持者が優先的に動けなくなる

・社会機能の停止が始まっている

・職務体験制度を停止せず、受入機関との連絡を密にすること

・毎日の詳細な報告書を残すこと


そして、末尾に添えられた一文。

『エミリア様。

 学園長、アレクシス様に、各機関の状態を数字で把握する専用の記録班の

 立ち上げをお願いしています。

 あなたにもご協力をお願いいたします。

 どうか記録だけは止めないでください。必ず今後の役に立ちます』


エミリアは指先でその文字を愛おしそうになぞり、静かに呟いた。

「……はい」


彼女はまっすぐ学園長を見据えた。

「学園長先生。リリアーナ様の手紙にある通り、

 私に『学園内・緊急記録班』の指揮をお任せください」


エミリアの声には、かつての庇護されるだけだった弱々しさは微塵もなかった。


「リリアーナ様が王都におられない間、

 学園の、そして現場へ派遣された生徒たちの現場の線を守るのが私の役目です。

 ……彼女が戻られたとき、すぐにその指示で動けるように」


グランヴェル学園長は目を細め、力強く頷いた。

「緊急記録班の取りまとめを君に任せる。必要な人員と部屋はこちらで用意しよう。

 受け入れ先への正式な要請は、学園長名で出す。君は集まった報告を整理してくれ」


「はい!」


エミリアは一礼すると、迷いのない足取りで執務室を飛び出していった。

アリシア、サイラス、レオン――それぞれの現場で戦う仲間たちへ、

リリアーナの意図と指示を届けるために。

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