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第25話 構造のカルテを読み解きますわ

王都、威風堂々とした王城。

一羽の伝書鳥がもたらした情報が、王太子の執務室の扉を叩いた。


「殿下!」

血相を変えた侍従が駆け込んでくる。


アレクシスはただ事ではない気配を察し、即座に封を切った。

リリアーナの流麗で、かつ切迫した筆跡が一気に目に飛び込んでくる。

読み進めるにつれ、彼の端正な顔が驚愕と危機感に染まっていく。

「リリアーナ……!」


手紙の最後の一行を読み終えるより早く、アレクシスは椅子を蹴立てて立ち上がった。

その瞬間だった。激しい音を立ててドアが開き、

息を切らせたレイナードが飛び込んできた。

「殿下!」

「レイナード、お前もすでに知っているのか」

「はい、大商会や旅人の私的な情報網です。

 辺境のいくつかの村で、原因不明の奇病が爆発的に広がっています」


二人は一瞬だけ、互いの瞳の奥にある最悪の予感を交わした。

「陛下のもとへ向かうぞ」

「ええ、すぐに」

重なる言葉は、それだけで十分だった。


厳かなる玉座の間。

国王は、二人の若者がもたらした緊急報告を、

肘掛けに深く背を預けたまま静かに聞いていた。

話し終えたアレクシスを見据え、王は低く、短い声を絞り出す。

「どこまで広がった」


アレクシスが卓上に素早く地図を広げ、赤い染みを指し示した。

「現時点では、リリアーナが滞在している宿場町を中心に、

 周辺の数か所です。ですが、拡大の速度が異様に早い」


王はさらに、鋭い眼光を崩さずに問う。

「それによって、街はどうなっている」


一歩前に出たレイナードが、手帳を開いて即座に答える。

「様々なところに影響が出ているようですが、まだ詳細な報告は来ておりません。

 唯一、リリアーナ様の一報が具体的な影響を報告されております。」

「ほう、リリアーナ嬢が?」

王は、ちらっとアレクシスを見た。

それを受けてアレクシスが、引き続いて報告する。

「物流の停止、井戸などの魔導ポンプの管理不能、工房の魔導具保守の麻痺、鍛冶の停止。

 そして、患者を診た治療師自身の機能停止を知らせてきております。」


王は無表情に頷き、ゆっくりと玉座から立ち上がった。

重厚な足取りで窓の外、王都の景色を見つめたまま、アレクシスに向かって言った

「病そのものを診るのは、医師や治療師の役目だ。

 ……だがな、アレクシス。

 王が診なければならないのは、病によって『病んだ国』そのものだ」


その毅然とした一言で、

玉座の間の空気が一気に見違えるほどの重圧に満ちた。

「直ちに国を挙げた総合調査隊を編成せよ。

 高位の治療師、魔導学者、そして薬草の専門家を集めろ」


王は少しだけ視線を落とし、深く考えてから付け加えた。

「……それと、王都の優秀な行政官も数名、必ず同行させよ」


背後に控える近衛たちや文官が、一斉にざわめいた。

「行政官も、ですか? 病の調査に、事務方が何をするというのです」


「医師は病を診る。行政官は国を診る。」

王は静かに、けれど絶対の真理を告げるように振り返った。

「今回必要なのは、その両方だ。」



三日後。

土煙を上げて街道を駆け抜けた王都からの大規模な調査隊が、

リリアーナの待つ宿場町へと到着した。

町はすでに、三日前よりもさらに活気を失い

どんよりとした停滞感に包まれていた。


すぐさま即席の共同本部が立ち上げられ

専門家たちが動き出す。


高位の治療師が患者の脈を診て回復魔法を唱え

薬草学者が地元の薬草の効果を調べ

魔導学者が周囲の空間に漂う魔力濃度を測定していく。


行政官たちは、被害に遭った世帯の数や備蓄の状況を、冷徹に記録していった。


しかし、数日の調査の結果を基に、

本部に集まった専門家たちの顔は、一様に苦渋に満ちた色に染まっていた。


「……分かりません。呪いの類でも、既知の毒素でもない」

「治療は効いている。熱も咳も和らぐ。だが魔力だけが元に戻らん。」



「薬草も効いている。身体は楽になる。だが翌日また倒れる。」


「治療魔法をかければかけるほど、

 こちらの魔力まで底が抜けたように吸い取られていく……。

 魔力だけが、異常に回復しないんだ」


「既知のいかなる医学書にも、このような症例は載っていない……!」


重苦しい、死のような沈黙が会議室を支配する。

誰もが頭を抱え、お手上げだと首を横に振る中で


リリアーナだけは、机の上に広げられた町の見取り図と、

行政官が持ってきた影響をうけている機器・施設報告とその関係情報を、じっと見つめていた。


・街灯(魔導灯)が夜間に点灯しなくなっている


・転移門の維持管理ができなくなってきている


・結界の維持が弱まり魔物侵入の危険が増している


・冷蔵庫代わりの保存魔導具が何カ所か止まり食料が腐り始める


・浄水施設の魔導具が停止の可能性が高くなっている


・鍛冶炉が使えず武器・農具修理が滞っている


・通信魔導具が停止し情報伝達が使えない


彼女の目は、町の機能停止率、物流の遮断ルート、そしてインフラの途絶。

それらすべてが網の目のように絡み合う、町そのものの崩壊現象を見つめていた。


(病ではありませんわ)


「町の地図を1枚いただけますか?」


リリアーナの意外な申し出に戸惑いながらも手渡した。

受け取ると、リリアーナは見取り図に印を付け始める。


調査隊全員が不思議そうに、その作業を見ていた。

一人の治療師が尋ねる。


「何をされておられるのですか?」

リリアーナは手を止めずに答えた。

「止まり始めた場所に印をつけているのです。」


さらに印を付けつづける。

「ここも……。

 ……こちらも。

 ……ここも時間の問題。」


誰も意味が分からない。


「違いますわ。」

全員がリリアーナを見た。


点を赤い線で結び始める。

「止まった仕事が、次の仕事を止めている。」


もう一本、もう一本と、線を引き続ける


「人が倒れたから町が止まっているのではありません。」


夕暮れの赤い陽光が、窓からリリアーナの美しい横顔を斜めに照らし出す。


「町が止まり始めたから、さらに人が倒れる。」


彼女は、ゆっくりと立ち上がり、

茜色から紫へと沈みゆく町を冷徹に見つめながら、静かに告げた。


「これは――社会という名の構造を、この病が、内側から病みさせ始めているのですわ」

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