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第24話 構造のカルテを作りますわ

「お嬢様……!」

マルティナがたまらず

リリアーナの仕立ての良い上着の袖をぎゅっと握りしめた

その指先は、かすかに震えている。

「この病気がもし王都に広がってしまったら……」

「最悪の事態になりますわ」

リリアーナの声が

かつてないほどに鋭く響いた


「お嬢様

 すぐにお屋敷へ戻って私たちの領地を封鎖しましょう!

  今ならまだ、国境の関門を閉ざせば間に合います!」


マルティナの提案は、一領地を守るためには極めて正しい正論だった。

公爵領の民と土地と作物を守るためには

今すぐ病の広がった土地とは繋がりを断つべきだ。


「そうね、マルティナ。

 あなたは、すぐに戻って街道を閉鎖してちょうだい

 病の広がった土地からは、あり一匹も入ってこないようにね

 ただし、こちらの領地からの、救援物資はいつでも動かせるように」


「どういうことでしょう?」

マルティナは、意外な命令に戸惑いの表情で聞いた

「この病を広げなくする方策は閉鎖で間違いないですわ

 けれど、それは病を食い止めるためであって

 この街を見捨てるためのものではありませんわ」


リリアーナは窓の外

混乱の気配を孕んで静まり返る宿場町をもう一度見つめ

自身の細い指を白くなるほど強く握りしめた。


「わたくしは医者ではありませんから

 病気そのもので死ぬ人間を助けることはできませんわ。

 ……けれど!」


リリアーナの瞳に、すべての不条理をねじ伏せる悪役令嬢としての圧倒的な覇気が宿る。


「社会の停止によって命を落とす人を、一人でも減らすことはできますわ。

 社会の崩壊は、なんとしてでも防ぎます!」

「……お嬢様」


宿場町を吹き抜ける夜風は、どこまでも重く冷たかった。


「幸いなことに、この病は、感染力の強い死病ではないようですわ」


リリアーナは向き直り、毅然と続けた。


「ですが、人が倒れ、仕事が止まり、物流が止まり、水が止まり、

 生活のすべてのインフラが連鎖的に止まり始めている

 その状況は、死病と変わりません」


リリアーナはバルコニーから、じっと夜の町を見渡す。


「これは、社会という名の巨大な構造が、病に侵され始めていますわ」

昼間に見た光景が、脳内で黒い印のついた構造図として明滅していた。

その一つ一つを冷徹に繋ぎ合わせながら、彼女は静かに、けれど固く拳を握った。

胸の奥で、激しい義務感が炎となって燃え上がる。


「社会の構造の病であれば、私にできることはあります

 ……いえ、それこそが、わたくしの役目です

 この町で、その治療方法を確立させるのです!」


マルティナは言葉を失い、ただ主人の姿を仰ぎ見た。

そこにいるのは、己の領地のみを貪る傲慢な公爵令嬢ではない。

混沌の渦中で国全体を救わんと見据え始めた、一人の気高き為政者の姿だった。



その頃、エルドレイン侯爵邸には情報がもたらされていた。


「各地の辺境の宿場町にて、奇妙な病が広がっております」

影の中から現れた部下が、一枚の極秘報告書を恭しく差し出す。


侯爵はそれを指先で受け取り、静かに目を通した。

書類に踊る「魔力の不自然な枯渇」という文字を見つめ、のどの奥で低く笑う。

「……なるほど、そういうことか」


部下がさらに声を潜めて続ける。

「クラウディア家のご令嬢も、すでに現地へ向かい、滞留している模様です」


侯爵は満足そうに口元を歪めた。

「ふっ、彼女らしい。実に見事な動きだ」

「いかがいたしましょう。我が方から手を回し、妨害、あるいは隔離を……」

「何もしない」


遮られた部下は、思わず驚愕して顔を上げた。「放置、ですか」


侯爵は首を横に振り、卓上に広げられた『王都職務体験制度』の精緻な設計図を、

愛おしそうになぞった。


「病は私の味方でも敵でもない。ただの自然現象だ」

爪の先が、美しく整えられた物流の流路をカリリと引っ掻く。

「制度というものは、平時にはその美しさと正しさを示す。

 ……だが、ひとたび有事となれば」


侯爵は顔を上げ、暗闇の向こうを見つめて低く笑った。

「誰が本当に、そのシステムの上で生殺与奪の権力を持つかを示すものだ。

 ……クラウディア嬢、君の磨き上げた美しい構造が、

 本物の地獄でどこまで通用するか、試される時だな」

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