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第23話 悪役令嬢は、滞りの広がりを憂えますわ

一羽の伝書鳥が飛び立っていった。

リリアーナは、王太子アレクシスへ向け、直筆の手紙を送ったのだ。


辺境で流行しつつある病が

王都に壊滅的な影響を及ぼす可能性があること。

原因を解明できる優秀な学者や治療師を

早急に派遣されたいこと。

感染経路が不明である以上

考えられる限りの防疫措置を講じること。

そして何より――この病は「魔力を持つ者」を優先的に蝕む可能性が高いため

派遣する人員の魔力量は必要最低限に留めるべきであること。


並大抵の貴族では動かせない緊急伝書便だが

公爵家であるクラウディア家の権限を迷わず行使した。


見えなくなるまで鳥の軌跡を追っていたリリアーナは

鋭い双眸をそのままマルティナへと向けた。


「これで王都から、治療師や学者の先生方が来てくださいますわ」

「お嬢様、これからどうなさるのですか?」

「王都から専門家が到着するまで待ちます」


マルティナの胸に安堵がよぎる。

しかし、直後に紡がれた冷徹な言葉に

彼女の目が見開かれた。

「……と言いたいところですが、それでは遅すぎますわね」

リリアーナは、夕闇に沈みゆく宿場町を見下ろした。


「まず、この町の状況をつぶさに調べます」


リリアーナが視線を定めたのは

病人が伏せる診療所ではなく

経済の心臓部である「市場」だった。


翌朝、市場へ足を運んだリリアーナは

その情景を網膜に焼き付けていた。

露店は開いている。

しかし、並ぶ品が明らかに減っていた。

量も、種類も。そして何より、買い手の姿が消えていた。


埃っぽい八百屋の店先では、

老婆が一人、ぽつんと店番をしている。

「今日は随分と野菜が少ないのですね」

リリアーナが声をかけると、

老婆は深く刻まれた皺をさらに歪めて苦笑した。


「畑に出る若い衆が軒並み寝込んじまってねえ……」

「収穫ができないのですか?」

「いや、収穫はなんとかなってるんだよ。

 女も子どもも総出で泥にまみれてさ。

 ……けどね、せっかく収穫できても、それをここまで運べないんだ」


老婆は、誰も来ない街道の先を虚ろに見つめた。

「荷馬車を引く御者たちも、みんな倒れちまったからねえ」

「なるほど……」

リリアーナは静かに頷いた。

胸の奥で、カチリと構造の歯車が不穏な音を立てる。


次に足を止めたのは、鍛冶屋の前だった。

開け放たれた入り口から覗くと

いつもなら火の粉を散らしているはずの炉の火が

冷たく消え失せている。

「今日はお休みですの?」

気づいて振り返った大柄な職人は

煤に汚れた顔を申し訳なさそうに歪めた。

「……申し訳ねえ、お嬢さん。魔導炉の魔力調整役が倒れちまってな」

「他の方では代わりになりませんの?」

「炉の微細な魔力調整はあいつの固有魔法だったんだ。

 あいつしか出来ねえよ」

職人の隣では、若い弟子が黙って床の煤を掃き続けていた。

冷え切った炉の鉄臭い匂いだけが、狭い工房に充満している。


町共用の井戸には、底冷えする空気の中、長い列ができていた。

「なぜこれほど並んでいるのです?」

リリアーナが最後尾にいた、幼子を抱く若い母親に尋ねる。

「魔導ポンプの出力が落ちてるんですよ……」

母親は不安そうに、弱々しく流れる水を見つめた。

「修理を頼もうにも、その技術を持った職人さんが倒れてて。

 代わりの人が、どこを探してもいないんですよ」


さらに足を伸ばした荷馬車置き場では

十数台もの巨大な荷馬車が止まっていた。

荷台には、物資が積まれたままだ。

「出発しないのかしら?」

呆然と佇んでいた御者見習いの少年に声をかける。

少年は、ハッと我に返って拳を握りしめた。

「親方が……今朝倒れたんです」

 他の御者も、次々と……。馬は元気なんです。荷だってある。

 けど、俺たち見習いじゃ、魔導馬を操れないんです

 親方から、手綱の魔力制御を習う、ちょうど前だったから……」


宿へ戻ったリリアーナは机に羊皮紙を広げた。

羽根ペンを走らせ、町の簡易的な見取り図を描いていく。


診療所、市場、鍛冶屋、井戸、荷馬車置き場――。

リリアーナは、人の流れが途絶えた場所に

次々と「黒い印」を書き込んでいった。

マルティナは息を詰めてその横顔を見守る。


やがて、リリアーナは静かにペンを置いた。

黒い印で埋め尽くされた紙を見つめる。


「この病で、町のいくつかの機能が停止、あるいは停止しつつありますわ」


その一言で、マルティナは理解した。

リリアーナが本当に恐れているのは

病がもたらす熱や死そのものではない

病によって社会の動きが止まることなのだと。


そのときだった。

「クラウディア様!」

静寂を破り、宿の扉が激しく叩かれた。


転がり込んできたのは、息を切らした宿屋の主人だった。

その顔は青ざめ、目を見開いている。

「隣村でも同じ病が出た!

 しかも今度は……あっちの村の治療師が、

 一人残らず動けなくなっちまった!!」


主人の絶叫が、狭い部屋に木霊する。


リリアーナは、ゆっくりと立ち上がった。

その瞳には、厳しく、かつ圧倒的な覇気が宿っていた。


「……始まりましたわね」


彼女は窓の外、完全に夕闇に呑まれた宿場町を見つめた。

病は確実に広まりつつあった。

この小さな辺境の地だけでないのかもしれない。


そして、それらの何処かから王都へと至れば――。


国を揺るがす未曾有の災厄の幕開けになる

そのことを、この時はまだ、誰も知る由がなかった。

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