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第21話 悪役令嬢は、現場に残された芽を送り出しますわ

王都職務体験制度、本格実施。

学園の正門前には、それぞれの受け入れ機関へと赴く馬車が並んでいた。


「リリアーナ様、行ってまいりますわ」

アリシアが、いつものように傲然と

しかし、その瞳に確かな熱を宿して一礼した。

サイラスも、レオンも、それぞれの荷物を抱えてそれに続く。


リリアーナは扇で口元を隠し、冷淡に言い放った。

「ええ。わたくしの作った完璧な構造ですもの。

 泥を塗るような真似は許しませんわ」


「当然ですわ。わたくしたちが『正しさの形』を証明してみせます」

アリシアたちは、誇らしげに馬車へと乗り込んでいった。


見送るエミリアが、小さく息を吐く。

「皆さん、本当に頼もしいですわね。

 リリアーナ様の仕組みが、彼らを変えましたのね」

「……どうかしらね」

リリアーナは、去りゆく馬車のわだちを見つめながら、

胸の奥の小さなざわつきを抑え込んでいた。



「だから違うと言っているでしょう」

朝から険しい声が響く。


「また始まったぞ」

「新米小娘が……」


職員たちが顔をしかめるが、アリシアはどこ吹く風だ。

目の前の台帳を閉じると、


「危険物第三種の保管数が合いません」

「誤差だ」

「誤差ではありません」


職員たちは頭を抱えた。

「面倒くせえ……」

アリシアは眉をひそめる。

「危険物管理において、面倒だから確認しないという選択肢は存在しません」

その言葉に、職員たちはますます顔をしかめた。


「またやってるな」

その様子を、ピートは少し離れた場所から苦笑しながら見ていた。

彼は、今では正式に管理補佐として働いている。


「なあピート、あの嬢ちゃん、なんとかならねえのか」

「なんともならねえよ」

「なんでだ」

ピートは少し考え、そして肩をすくめた。


「昔の俺を見てるみたいだからな」

職員は意味が分からず首を傾げた。

「どこがだよ……」



アリシアは保管庫の中を歩いていた。


台帳、保管棚、移動記録、登録番号、一つ一つを見比べる。


「……あったわ」


第三保管棚にあるはずの危険物が、第五保管棚へ移されていた。

登録記録なし、移動記録なし。


ピートの元に戻ると、その結果を報告する。

ピートはすぐに、アリシアとともに確認した。


アリシアは台帳を机に置いた。

「誰が動かしたのか分からない。」

「そうだな、それが問題だ」


「一つ聞いてもよろしいかしら」

「なんだ」

「あなたは、なぜ私を庇ったのです」


ピートは頭を掻いた。

「別に庇ってねえよ」

「他の職員から苦情が出ていたと思いますが」

「見える奴が嫌われるのは慣れてるからな」


アリシアは少し黙り、珍しく視線を落とした。

「そうですわね」

「お前もか」

「ええ」

ピートは笑って、肩をすくめた。

「だろうな」


二人して分室長室へ乗り込んみ、ガルドに報告する。

「お前ら」

「なんですの」

「なんですか」

二人同時だった。

ガルドは盛大にため息をつく。

「面倒くさい」

「は?」

「なんですって?」


ガルドは笑った。

「だが必要だ」

二人は顔を見合わせ、

ほんの少しだけ、同じような表情で眉をひそめた。


アリシアに与えられた本来の仕事は、

リリアーナとピートが整えた『色分けシステム』に基づき、

持ち込まれる魔導具の申請書を台帳へひたすら転記する作業だった。

リリアーナが作った新しいフォーマットのおかげで

作業は驚くほどスムーズに進んでいた。


「おいおい、そこまで細かくチェックすんのかよ」


ピートは、アリシアの手元の動きを見て、感心したように、

けれど周囲の職員に聞こえないよう、少し声を潜めて言った。


だが、アリシアはペンを止め、

ある一枚の申請書をじっと見つめままだ。


「ピートさん。この『緑(安全)』の札が貼られた申請書、少し変ですわ」


「え? ぶ、ブラムの親方が貼ったんだろ?

 なら間違いねえよ。俺たちがやるのは、

 この流れを滞らせないことだし……」

ピートは、生真面目な顔で書類を覗き込む。


「ええ、ブラム様の選別は完璧です。

 変なのは、この書類の『インク』ですわ」

アリシアは書類を光に透かした。


「この申請書、一見すると管理局指定の公式インクですが、

 魔力の残留濃度がわずかに薄いですわ。

 それに……文字の筆圧が、他のページと比べて一分いちぶほど浅い。

 別の人間が、後から書き換えたような形跡があります。

 ……処理の『出口』が綺麗になった途端、

 こういう不届きな真似をする虫が湧くのですわね」


アリシアの偏執的なまでの「観察眼」と「美意識」

その言葉を聞いた瞬間、ピートの目が、

一瞬だけ鋭く見開かれた。


ピートはゴクリと唾を呑み、周囲に他の職員がいないことを確認すると、

さらにアリシアに顔を近づけた。


「……その『文字のノイズ』、他の書類からも見つけ出せるのか?」


アリシアは、誇らしげに胸を張った。


「わたくしの目を侮らないで頂戴。

 リリアーナ様の作られた美しい台帳に、

 不揃いな文字や偽物が混じるなど、

 わたくしの美意識が許しませんもの」


アリシアはふん、と鼻を鳴らしてその書類に『要確認』の付箋を貼った。


「やっぱり……クラウディア嬢ちゃんの周りの奴らは、みんな凄えんだな」


ピートは、その書類を見ながら、しばらく考え込んでいたが、

アリシアに向かって言った


「分かった。これは俺が責任を持って、

 ガルド分室長に確認に回すよ。

 これからも気づいたら教えてくれ

 俺の方で処理をしておくから」


アリシアが肯くのを見て、ピートはわずかに満足げな笑みを浮かべた。




「おい、学生。大商会の書類が『合格』の判を押されてるんだ、

 そのまま倉庫へ通せよ。

 余計な仕事を増やすな」

王都の物流を司る商業ギルドの巨大な倉庫。

ギルドの先輩職員が、面倒くさそうにサイラスの手元を遮った。


サイラスの仕事は、段階別マニュアルに基づき、

搬入された物資の数と台帳を照合することだった。


大商会から持ち込まれた書類は

綺麗で、一切の不備がなかった。


「いえ、大元の数字だけでなく、

 現場の数字にも、気を配るべきです」


サイラスは頑として譲らず、

荷馬車を引いてきた平民の御者や、

荷降ろしをする泥まみれの職人たちに直接声をかけ、

彼らが個人的につけている手垢のついた帳簿を覗き込んでいた。


「へんですね、この麻袋、書類には『特級小麦』ってあるが、

 こちらの帳簿には『乾燥魔生姜の混入あり』って書いてあります」


「へ? そんな細かいこと、大商会の書類には書いてねえよ」

「調べてみてください」

「また、面倒くさいことを言いやがって」


だが、調べてみると、サイラスの言うとおりだった


サイラスは、現場の平民たちに帳簿を貸してもらい

彼らの泥臭い数字を自分のノートに書き留めていく

その理由も教えて貰いながら。



「おい、そこの小僧! 危ねえからそこを動くな!」

職人たちの怒号が飛び交う工房組合。

レオンは貴族の子息でありながら、

上着を脱ぎ捨て、泥と油にまみれて巨大な棚を動かしていた。


魔法管理局で提案のあった「滑車による動線管理」は、

リリアーナによって、こちらにも情報が提供され

こちらの作業にあわせるために

職人たちは、自分たちの作業スペースを物理的に再配置していた。


「職人頭、工具の配置をあと三歩右へ寄せるだけで、

 貴方がたが次の工程に移るまでの『手の迷い』の時間が

 削減できます」


職人たちは最初「学園のガキが生意気な」と鼻で笑っていたが、

レオンが自ら重い鉄製品を運び、

職人たちが「どの瞬間に最も手を止めているか」を熱心に記録する姿を見て、

次第に口を閉ざした。


「……なるほどな。

 いつもこの作業のときに道具を探してたが、

 ここに棚がありゃあ、流れるように次の作業にいける」

「ええ。構造を整えれば、

 皆さんの職人としての腕が、

 そのまま最高の結果として出力されます」

レオンは汗を拭い、ニカッと笑った。


それを見ながら、古株の職人が、レオンを睨んで言った。

「そんなんじゃあ、まだまだだな」

「えっ?」


意表を突かれて、レオンは、その職人をまじまじと見た。


「確かに効率は上がった。

 だが、おれたちは早く作りたいんじゃねえ!

 いいもんを作りてえんだ!」


古株の職人は、レオンだけでなく、

レオンの言葉に肯いていた職人たちも睨みつけた。


「それを忘れるな!」


その言葉は、レオンの増長しかけていた心を見透かしているように鋭く刺さった。



王都職務体験制度の本格稼働。

それと共に、制度そのものを利用した裏の動きも活発になる。

すでに、その芽は潜まされ、制度に寄生しようと目論んでいる。


それを防ぐことが出来るのか

制度の中で、人は役割を果たす。

それがなければ仕組みは回らない。

だが、人は機械ではない。


考え、迷い、修正する。

その芽は、確かに育ち始めていた。

しかし――


そんな人間の愚かな駆け引きを嘲笑うように、

災厄は静かに近づいていた。

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