第18話 悪役令嬢は、気づかぬ場所を明らかにしますわ
リリアーナは、学園生活の合間を縫って、連日魔法具管理局を訪れていた
ガルド分室長から、局の他班が抱える問題点についても
是非にと請われ、助言を求められていたのだ。
彼の部署は、流れを得て少しずつ改善されていっているが、
別部署は相変わらずだった
リリアーナとエミリアは手分けして各部署を回った
同じ部署を日を違えて、一人づつ見回り
そして、夜にはエミリアと二人で、
自分たちの見たこと、感じたこと、修正すべき点、その方法について
議論を重ねた
今日は、分室長の部屋で、その結果を報告に来ていた
「すまないな、忙しい中を毎日来てもらって」
「いえ、お世話になる機関の方の依頼ですもの
何を置いても駆けつけますわ」
その話に入ろうとしたとき、職員が駆け込んできた
「分室長! 大変です!
封印班から危険物の所在不明の報告が来ました!」
「所在不明だと?!」
「昨日の混乱で、A級危険物がどこにあるか分からなくなったそうです!」
エミリアが青ざめる。
「そ、それって……!」
「暴走すれば、街一つ吹き飛ぶレベルだ」
分室長の声が震えていた。
リリアーナは静かに言った。
「分室長、昨日整えたのは書類の流れだけですわ」
「……ああ」
「ですから、魔導具そのものの流れは、まだ整っていません」
分室長は息を呑んだ。
「つまり……?」
「書類が正しく動いても、
魔導具が正しく動くとは限らないということですわ」
エミリアが呟く。
「……構造の穴……」
リリアーナは頷いた。
「ええ、線は一本では足りません。
魔導具の移動経路にも線を引く必要がありますわ」
封印班の部屋に向かうと、職人たちが怒鳴り合っていた。
「俺は知らねえぞ!」
「昨日の混乱で誰が持ってったんだよ!」
「書類は戻ってきたのに、魔導具が戻ってねえんだ!」
リリアーナが静かに言う。
「皆さま。責任を押し付け合っても、魔導具は戻りませんわ」
職人たちが黙る。
「まずは移動経路を洗い出します。
誰が、いつ、どこへ運んだのか。
書類と魔導具の線を一致させるのです」
職員の一人が呟く。
「……そんなこと、今まで誰も考えなかった……」
「だからこそ、今やるのですわ」
「おや」
低い声がした。
奥から現れたのは、痩せた中年の男だった。
疲労の色が濃い目。
「またおいでになったのですかな」
分室長補佐――モーガン・ウエイン。
封印班の責任者だった。
その目の下には、濃い隈ができていた。
「次の鑑定記録は!?」
「未鑑定品の保管棚が足りません!」
「危険指定第三級が一件消えてるぞ!」
声が飛び交う。
誰もが目の前のことに必死だ
全体を見ている者はいない。
リリアーナは、静かに周囲を見回していた。
「違う! その箱は未鑑定棚じゃない!」
「でも空いてる場所がなくて――」
「勝手に置くな!」
「じゃあどこへ置けばいいんです!」
若い職員がいらだった声で叫ぶ。
別の場所では、机に突っ伏している鑑定官がいた。
横には、空になった魔力回復薬。
「気絶です」
エミリアの目線に気がついて、モーガンが答えた
「昨夜から封印処理を連続で行っていましたので」
リリアーナは、その会話の最中も、視線を止めなかった。
棚、記録、人の流れ、箱の位置、未整理の台帳、そして
「……やはり」
ぽつりと言った。
モーガンが振り向く。
「何がです?」
リリアーナは、積み上がった木箱を見る。
「この班は、滞っているのではありませんわ」
「は?」
「滞っている場所が、見えていないのです」
モーガンが眉をひそめた。
「どういう意味ですかな」
リリアーナは、未鑑定品保管棚へ歩み寄る。
そこには、大量の木箱が積まれていた。
危険指定札も、鑑定済み札も、半端なまま混在している。
「分類が崩れていますわ」
「……それは、分かっています」
モーガンが疲れた声で答える。
「ですが、鑑定が追いつかない」
「だから崩れるのです」
リリアーナは即答した。
「すべてを鑑定しようとするから」
その場の職員たちが、一斉に彼女を見る。
「未鑑定品は、鑑定前に危険度だけ分けるべきですわ」
「そんなことは――」
年配の鑑定官が口を開く。
「素人判断で危険物を分けろと?」
「いいえ」
リリアーナは静かに首を振る。
「触れてよい物と、触れてはならない物を分けるのです」
職員たちは黙ってしまう
「未鑑定でも、共通する異常反応はありますわね」
「……ある」
「発熱」
「異音」
「魔力漏出」
「精神干渉」
「移動痕」
リリアーナは棚を見る。
「ならば、最初にそれだけ分ければよい」
「簡単に言うが――」
鑑定官が苛立つ。
「誰が判断する!」
「記録係ですわ」
全員が止まった。
「……記録係?」
「ええ」
リリアーナは、部屋の隅にいるエミリアと少女を見た。
目立たぬように縮こまっている少女に
先ほどからエミリアが、しきりに声をかけている
ふたりは、棚と台帳を何度も見比べていた。
リリアーナとエミリアの目が合う
エミリアが頷いて、少女を連れてリリアーナの元へやってくる
リリアーナが少女に声をかける
「あなた」
少女がびくりと肩を震わせる。
「はいっ」
「その棚、二日前と配置が違いますわね」
「……分かるんですか?」
「あなたは気づいていたのでしょう?」
少女は、おずおずとうなずく。
「第三棚の呪具が……少しずつ中央へ寄ってるんです」
その瞬間、空気が変わった。
鑑定官が振り返り、大声で問う
「何!?」
少女はビクッと体を震わせた
エミリアが支えるように、少女の方に手をやる
「最初は気のせいかと…… でも、他の箱も……」
モーガンが顔色を変える。
「なぜ報告しなかった!」
少女は縮こまった。
「私、鑑定官じゃないので……」
沈黙。
リリアーナが静かに言った。
「見えていましたのに」
少女を見ながら言う
「記録係に、発言権がなかったのですわね」
誰も反論できなかった。
その後、リリアーナは、
エミリアとの話し合いで
チェックしていた部署の問題点を指摘していった
危険物搬送。
重い箱を、人の力だけで力任せに運んでいる。
「落としたらどうなるんですの?」
「爆発する可能性があります」
「なのに、一人で運んでいる?」
「人手が――」
エミリアが、力仕事担当だった若者を連れてくる
「この方が、提案があるそうです」
「滑車を使えば、接触を減らせます」
全員が若者を見た
「……なんで今まで言わなかった」
「俺、運搬係なんで」
彼は苦笑した。
「口出す立場じゃないかと」
鑑定官。
「鑑定官が、箱の開封から記録確認まで全部やっていますわね」
「当然でしょう」
「当然ではありません」
リリアーナは即答した。
「高度な判断をする者は、それに集中できる仕組みが必要です
鑑定以外の部分を他の者が行うよう、流れを考えてください」
未鑑定品が適当に、空いた棚に仮置きされている
置き場所がないからだ
その結果、危険物が混ざる。
「未鑑定専用区画を作ってください」
「そんな場所は――」
「必要ですわ。
でなければ、また混ざります」
その声は、静かだった。
だが逆らえない。
一角に、仮設の未鑑定区画が作られた。
発熱反応
精神干渉反応
移動痕あり
魔力漏出
無反応
札が並ぶ。
鑑定官たちは、最初こそ反発していた。
だが
「……待て」
一人が棚を見る。
「処理順が見える」
別の鑑定官らが言う。
「危険物が混ざってない」
「開封事故が減るぞ」
ガルドが、信じられないものを見るように棚を見ていた。
「今まで……全部一緒に積んでいたのか……」
リリアーナは淡々と言った。
「だから、滞っている場所が見えなかったのです」
リリアーナとエミリアが魔法具管理局を去るとき
分室長ガルドとモーガン二人が見送りに来た
「よろしいのですか? 忙しいでしょうに」
「言ってくれるな 十分反省してるからよ」
苦笑いしてガルドが言った
「いえ、私は――」
「分かってるよ、冗談だ」
ガルドは真剣な顔になる
「本当に助かった、礼を言う」
深々と礼をするガルド
その横でモーガンも同じく頭を下げる
「私たちは、現場にいながら現場を見ていなかった
そのことを思い知らされましたよ」
モーガンの声音には、苦い後悔の響きがあった
「それでも、業務が破綻しなかったのは
魔法具管理局の皆様が、自分たちの役目を果たしていたからですわ
私たちは、それを正しい場所に移しただけです」
そう言ってから、リリアーナは二人に向かって頭を下げた
「私たちも非常に多くの気づきを得ましたわ
こちらこそお礼を申し上げます」
意外な言葉に、ガルドとモーガンは顔を見合わせた
「そしてお二人にお願いしたいことがありますの
よろしいでしょうか」
「も、もちろんだ。俺たちに出来ることなら何でも言ってくれ」
戸惑いながらガルドが言った
「今回私たちは、線と場所を整えました
けれど、それは、その場所に職員の皆様を
駒のように当てはめるためのものではありません
あの少女や若者のように、ひとりの人間として
それぞれを見ていってほしいのです」
「人は機能的な仕組みができると、それのみを見て
人を見なくなります
それだけは、どうかお忘れなきようお願いします」
そう言って、リリアーナは再度深々と頭を下げた
エミリアも同じく深々と頭を下げた
その心に深い憂いを宿しながら
『悪役令嬢たる者、形なき『澱』を見逃すな。
水が濁るのは、器が汚れているからではない。
入り口と出口の狭間で、流れがせき止められているからだ。
一山の混沌を、全て力技で紐解こうとしてはならぬ。
名もなき者の気づきに名前を与え、正しい位置へと配置したとき、
混沌はたちまちにして、貴女の覇道を支える強固な防壁へと変わるのだから。』
「悪役令嬢となるための秘伝書」より




