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第17話(2) 悪役令嬢は、滞っている場所を見つけますわ

書類部署の奥。

ピートは、崩れた台帳の山を前に、深いため息をついていた。


(……また、昨日より増えてる)


彼は慣れた手つきで書類を拾い上げ、

裏の印を確認し、棚の隙間に押し込む。


誰も気づかない、褒めない。

評価もしない。


だが、ピートがこうして毎日“最低限の流れ”を作っていたからこそ、

この部署は完全に止まらずに済んでいた。


それでも――


「おいピート! また書類が混ざってるぞ!」

「お前、昨日ちゃんとやったのか!?」


怒号だけは飛んでくる。


(……俺のせいじゃねえよ。

 でも、言っても分かんねえしな)


そんなときだった。


「ピートさん。

 この印は、どの部署のものかしら?」


振り返ると、今日、上司から仕事の説明を命じられた

リリアーナが書類を手にしていた。


「あ、ああ……それは鑑定班の印だ」

「では、こちらは?」

「封印班だな」


リリアーナは静かに微笑んだ。


「あなたは……よくご存じなのですね」


ピートは目を瞬いた。


「え? いや……まあ、毎日触ってるから……」


「毎日触っているだけで、

 ここまで正確に流れを把握できるものではありませんわ」


誰にも言われたことのない言葉だった。


リリアーナは、散乱した書類の山を指さした。


「ピートさん。

 この山は、あなたが仕分けた後のものですわね?」


「えっ……なんで分かるんだ?」


「階段の上から見たとき、この山だけ揃っていましたもの

 見ると、印の向きが揃っています。

 あなたは、無意識に読みやすい向きに直している」


ピートは息を呑んだ。


(……そんなこと、誰も気づかなかったのに)


「あなたがいなければ、

 この部署はとっくに崩壊していましたわ」


ピートの胸が熱くなる。


「……俺なんか、ただの下っ端ですよ」


「いいえ。

 流れを知っている者は、どんな現場でも宝ですわ」


その言葉は、ピートの胸の奥に深く刺さった。


(昨日、帰り際に思ったんだ。

 もうやめちまおうかって。

 どうせ誰も見てねえし、俺がいなくても同じだろって……

 でも、見てくれる人がいた)


翌日、リリアーナは、エミリアと共に再び魔導具管理局を訪れていた

昨日と同じく、混乱のまっただ中にいる分室長に近づく


「分室長。まずは書類の流れを整えますわ」

「流れ……?」

「ええ。

 書類が、どこから来て、どこへ行くのか

 その線が存在しないから、混乱が生まれているのです」


リリアーナは、机の上に、一枚の紙を置いた

そこには、昨夜、リリアーナが描いた簡易フローチャートが書かれていた


受付

 ↓


鑑定班(印:青)

 ↓


危険度分類(印:赤)

 ↓


封印班 or 登録班(印:緑)

 ↓


台帳更新(印:黒)

 ↓


保管庫へ移動


分室長は目を丸くした。


「なんだこれは…… こんな単純なことが……?」


「単純だからこそ、誰も気づかないのですわ。

 進む線がなければ、人は迷います。

 書類も同じです」


リリアーナは続けた。


「まずは、書類を印の色ごとに分けます。

 鑑定班の印は青、封印班は緑……

 色で分けるだけで、流れが見えるようになりますわ」


分室長は腕を組みフローチャート図を見つめた。


「……確かに。これなら混乱せずに誰もができる!」


リリアーナはうなずく。


「そして、この流れを一番理解しているのは――」


リリアーナはピートを見た。


「あなたです」


ピートは思わず後ずさった。


「お、俺が……?」


「ええ。

 あなたは、誰よりも現場の動きを知っている。

 ですから――」


リリアーナは静かに告げた。


「この部署の流れの番人になっていただけませんか?」


分室長が驚いて声を上げる。


「お、おい嬢ちゃん!

 ピートはただの下働きだぞ!?」


「下働きではありませんわ。

 流れを守っていた者です」


ピートは震える声で言った。


「む、無理だ!

 俺が指示なんかしたら……!」


「流れを途切れさせなかった方たちにしかできませんわ」


その瞬間、

ピートの中で何かが音を立てて動き出した。


リリアーナはピートに言った。


「まずは、色ごとに分けましょう。

 あなたが指示を出してください」


「お、俺が……?」


「ええ。あなたが一番、正しい流れを知っていますもの」


ピートは深呼吸し、職員たちに向き直った。


「青は鑑定班!

 赤は分類班!

 緑は封印班!

 黒は台帳班だ!」


職員たちがざわつく。

「はぁ?

 なんで雑用の指示なんか聞かなきゃなんねえんだ」


「お前いつから上役になった?」


だが、ピートの声は揺れなかった。

そして何人かは、すでに動き出していた。


「ここが止まってる理由は、流れがねえからだ!

 まずは色で分ける!

 それだけで動き出す!」


分室長が腕を組んで言った。


「……やってみろ。

 ピート、お前の言う通りに動く」


職員たちが動き始める。


最初は意味を十分理解しない者もおり

混乱を招いた


だが、流れは徐々に整理され大きなうねりになっていく


青の山が運ばれ、

赤の山が整理され、

緑の棚が空き、

黒の台帳が更新に回る。


昨日まで怒号が飛び交っていた部署が、

少しずつ動きを取り戻していく。


分室長は呆然と呟いた。


「……お前、

 ずっと分かってたのか」


ピートは照れくさそうに頭を掻いた。


「いや……俺はただ……

 嬢ちゃんが見つけてくれただけだよ」


分室長は深く息を吐いた。


「クラウディア嬢……

 あんたの言う通りだ。

 この部署には流れが必要だった」


リリアーナは微笑む。


「私はただ、皆さまの働きを見える形にしただけですわ」


分室長は頭を下げた。


「……受け入れよう。

 インターン生を預かる。

 ピートがいれば、現場は回る」


ピートは驚いて声を上げた。


「お、俺が……?」


「お前が“流れの番人”だ。

 頼んだぞ」


ピートはゆっくりと頷いた。


「……やってみます」


その声は、昨日よりもずっと強かった。


リリアーナたちが分室を出ようとすると

ピートたちが、駆け寄ってきた


「お嬢さん、ありがとう

 おれたちが認められたのは

 あんたのおかげだ」

リリアーナが首を振った

「いいえ、あなたたちが、雑用という厳しい状況の中で

 それでも、見限らず折れず、仕事をつないできた

 あなたたち自身がつかみとったものですわ」

「それでも、そのきっかけは、あんただ」


リリアーナは、ふっと笑った

「私は、あの分室長をやりこめただけですわ

 悪役令嬢として」

一瞬ぽかんとしたピートだが、すぐに盛大に笑い出した

「悪役令嬢、ねぇ……

 そんな悪役なら、何度でも来てほしいもんだ」

仲間もみんな同じように笑い出した


帰りの馬車の中、

不思議そうにエミリアに聞くリリアーナ

「ピートさんたちは、なぜあんなに笑ったのでしょうね?」

「は、はあ……」

どう答えたものかと思案するエミリアだった


二人は知らなかった

その夜、ピートの家の前に

静かに馬車が止まったことを

『悪役令嬢たる者、万能の神を演じるなかれ。

 

 全てを自らの手で握ろうとすることは、

 全てを自らの手からこぼし落とすことと同義である。

 

 真の支配とは、権限を握ることではなく、

 『誰が何をするか』というルールを支配することにある。

 

 バラバラなパーツに適切な名前を与え、一つの巨大な歯車に組み上げたとき、

 貴女が指一本動かさずとも、世界は勝手に正解へと回り出すのだ。』

                「悪役令嬢となるための秘伝書」より

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