第17話 (1) 悪役令嬢は、滞っている場所を見つけますわ
エルドレイン侯爵邸。
ヴェロニカは、侯爵の執務室に呼ばれていた
机の前に立つヴェロニカを一顧だにせず、熱心に書類を読む
やがて、のどの奥で低く笑うと書類を机に放り出した
「素晴らしい!リリアーナ嬢は、実に見事な『苗床』を整えてくれる」
「……お父様。それは、生徒たちが自立するための場所ですわ」
ヴェロニカの声は、微かに震えている。
「ああ、そうだとも。
自立し、将来の国を担う若者たちが一堂に会し、
同じ『仕組み』の上で評価される。
これほど効率的な青田買いの場があるかね?
私がわざわざ探す手間を、彼女が代行してくれたのだよ」
(……あの方は、自分の作った正しさが、
お父様の毒に染められていくことに気づいておられない。
……止めて差し上げるべきなの? それとも……)
ヴェロニカは、父の冷酷な笑みから目を逸らすことしかできなかった。
休日の生徒会室。
アレクシスとレイナードは、生徒会でまとめた実施計画書を前に、
二人だけの密談を交わしていた。
「さて、ここからが正念場だな」
「そうですね、現実社会の中で、どこまで通用するか」
「通用はするだろう。ある程度はな。そして、通用しない場合は、修正するだろう。
あるいは、俺たちが思いもよらない別の方法を取るかだ。」
「ずいぶんと信頼されてますね」
「彼女は、すべてがうまくいくとは思っていないさ。厳しいほどの現実主義だ。
そして、自分にも厳しい。責任をすべて矢面に立って受けようとするほどにな」
「置いて行かれますよ、殿下」
「そうならないように、こうして休みだというのに出てきているんだ」
「リリアーナ様にも、見てもらいたいですね、殿下の献身を」
からかうようにレナードは言ったが、すぐに真顔に戻った。
「早速に、問題が――」
同じ頃、リリアーナは、受入先のひとつ魔導具ギルドを尋ねていた
まだ、試行ということで、受け入れ先は、そんなに多くない。
リリアーナは、丁寧に一カ所ずつ尋ねていき、
綿密に打ち合わせを行っていた。
魔導具ギルドとは、
魔導具の製作・管理・流通・危険物処分・技術調査などを行う組織だ
幾つかの部署に分かれているが、今回受け入れを依頼しているのは
管理部門だった
ここは、強力な魔法効果を持つ魔導具を
住民や冒険者が勝手に使用しないよう、登録・台帳管理を行う部署だ
書類仕事と、その書類を元に魔道具を危険度のレベルごとにそれぞれの場所に保管する
だが、そこは打ち合わせをできる状況ではなかった
山積みの書類、散乱している魔導具、常に怒号が飛び交っている
「ひどいですね」
エミリアが顔をしかめる。
「見ての通りだ。協力したいのはやまやまだが、とても出来る状況じゃねえ」
分室長は、肩をすくめて言った
「いつもこの状況ですの?」
リリアーナは冷静に言った
その目は、それら全体を見渡している。
「ああ」
「なぜ、こうなるかは?」
「そんなことがわかりゃ、こうなっちゃいねえ!」
分室長ガルドが苛立たしく言う
「しばらく、見せていただいてもよろしいかしら?」
「邪魔にならなけりゃあな」
「ありがとう」
リリアーナは、吹き抜けの階段を上がり
2階から全体を見渡す
そこからは、人の動き、物の動きがよく分かった
リリアーナはそれらをつぶさに見守る
何一つ見落とさないように
エミリアはその橫で、
リリアーナが、何を見ているかを
懸命に見定めようとしていた
本人に聞いた方が早いだろう
リリアーナも教えてくれるかもしれない
けれど、それではだめだと感じていた
長い間リリアーナは、見つめ続けていたが、
不意に立ち上がると、階段を下りガルドに言った
「差し支えない程度に、事務仕事を手伝わせていただけるかしら?」
意外な申し出にガルドは、絶句した
だが、すぐに断ろうと口を開く
「人手が必要なのでしょう。解消とまではいきませんが
その場しのぎになるぐらいには、役立ちますわよ」
その言葉に、ガルドは押し切られたように頭を掻く。
「……分かった。おい、ピート!」
奥から、小柄な青年が飛び出してきた。
「は、はい!」
「このお嬢さん方を書類部署へ案内しろ」
「えっ!?」
青年は目を丸くした。
「だ、大丈夫なんですか!?」
「そんなこったあ、やってみねえとわからねえ!」
案内役のピートに連れられ、
リリアーナとエミリアは書類部署へ向かった。
そこは、まさに“紙の墓場”だった。
「……これは」
エミリアが絶句する。
床に積み上がった申請書。
棚に入りきらず、崩れ落ちた台帳。
誰がどの書類を扱っているのか分からない。
ピートが頭をかく。
「すまねえな。
ここは“登録済みの書類”と“未処理の書類”が混ざっててよ。
誰も全体を把握できてねえんだ」
リリアーナは静かに頷いた。
(……やはり、“流れ”が存在しませんわね)
彼女は書類の束を一つ手に取り、
その裏に書かれた小さな印に気づいた。
「ピートさん。この印は、どの部署のものかしら?」
「え? ああ、それは“鑑定班”の印だな」
「では、こちらの印は?」
「それは“封印班”だ」
リリアーナは微笑んだ。
「なるほど。書類は“部署ごと”に印がついているのですね?」
「まあ……そうだが……
誰も気にしてねえよ。
どうせ全部ここに戻ってくるからな」
(戻ってくる……?
つまり、“出口”が存在しないのですわね)
戻ってくる大量の書類は、最終的にピート他数名によって分けられていった
リリアーナは、書類の束をそっと置き
その作業の様子を鋭い目で見ていた
「ピートさん」
しばらくして、リリアーナはピートに作業の手を止めさせ
話をしながら、作業の流れの通り二人で歩き回っていく
エミリアは、作業を手伝いながら、その様子を見ていた
その夜、リリアーナの部屋は遅くまで灯りが付いていた
今日、見たこと、体験したこと
それらを合わせて、
頭の中でかみ砕き、反芻し、解釈する
繰り返し繰り返し
止まっていた流れが、どこで詰まるのか見えるまで
「リリアーナ様」
心配そうな声に、作業を中断する
目を開けると、エミリアがじっと見つめていた
「お疲れではないですか」
「ありがとう、エミリア様
けれど、大丈夫ですわ」
「でも、こんなに遅くまで」
「今回は、私の屋敷でも領地でも、学園でもありません
外の、未知の世界ですわ
その矢面に立ち、責任を引き受けるのですから」
「……リリアーナ様は、これからもお一人でされるのですか
私では役に立ちませんか?」
エミリアは、思わずリリアーナの手を握った
リリアーナは微笑みながら言った
「私は幼いときからこうでしたから」
エミリアへの答えにはなっていないことは分かっていたが
そう言うしかなかった
だが、リリアーナの手は思わずエミリアの手を握り返していた
エミリアははっとしてリリアーナを見た
その顔はかわらず微笑んでいた
エミリアは、そっと手を離しお辞儀をして言った
「おやすみなさい リリアーナ様」
去って行くエミリアの姿が消えると
リリアーナは、しばらく、じっと自分の手を見つめ続けた




