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第16話 悪役令嬢は、学園に「外の橋」をかけますわ

「反対です!」


強い口調で、その教師は言った。

その言葉に、多くの教師がうなずいている。


学園祭の余韻がまだ冷めやらぬうちに行われた職員会議。

生徒会が提案した、外部体験制度についての反応だ。


春の学園祭が終わり、本格的に授業が行われる、このタイミングで、

教師側からすれば、やっかいなことを提案されて迷惑顔だった


「なぜです?」


アレクシスは落ち着いた声で尋ねた。

反対が出るのは想定内だ。


「学園は高潔な理論を学ぶ場だ。

 泥臭い実務や金勘定を持ち込むなど、教育の冒涜でしかない!」


「そうだ、それに、学外活動に時間を割けば、

 伝統ある講義の時間が削られてしまう。どの講義を削れというのか」


「貴族の子息が平民の職人に頭を下げて教えを請うなど、

 階級社会の根幹を揺るがしかねない」


次々と出る反論。


だが、

「実務を知らぬ者が語る理論は、土台のない建築と同じ。

  いずれ崩れて民の上に落ちますわ。」


「知識を『生きた力』にするには、

  学問と現場を往復させなければなりませんわ

  そうやって作り上げてこそ、伝統ある講義になるのですわ。

  時間の多さではありません」


「真の貴族は、泥にまみれてもその気高さが汚されることなどありません」


リリアーナがことごとく論破する。


悔しげに顔をゆがめる教師たち。それでも、納得はしない。

彼らの目はある人物に向かう。


学園の重鎮ゲルハルト教授。

学園長の盟友であり、「学園の生ける良心」とされる人物。


「殿下。あなたたちの案は、

 将来の統治者たちを『事務屋』や『職人』に落としめるものだ。

 彼らに必要なのは現場の技術ではなく、国を導くための高潔な理念なのだよ」


先代学園長の教え子で、王宮での教育係を務めたこともあり、

教育に対して非常に情熱的な人物だ。

彼の言葉は重い。


それでも、リリアーナの舌鋒は揺るがない。


「現場を知らぬ高潔さは、『無知』と同じですわ。

 無知な支配者が善意で下す決断は、残酷な刃になりますわ」


アレクシスが言う


「私たちが求めているのは、生徒を職人にすることではありません。

 職人を『正しく使いこなす』ためには、その構造を理解しなければできません

 これは、統治する側の『武装』と考えています」


ゲルハルト教授が重々しく言う。


「理屈は分かる。だが……学園が培ってきた誇りは、

 実務で測れるほど軽いものではないのだ」


(もはや、論理的な「正解」を求めているのではありませんわね)


リリアーナは議論の疲れとは違う、重いものを感じていた。


(感情という盾を、どう突き破るのか……難しいですわね)


会議は翌日に続くことになった。


リリアーナが屋敷の戻ると、玄関ホールに、小柄な影が立っていた。


「ミナ……?」


ミナは、ぎゅっと拳を握りしめていた。


「リリアーナ様……

 あの、明日の話し合い……わ、私にも……話をさせてください!」


リリアーナは目を瞬いた。


「あなたが……?」


ミナは深くうなずいた。

リリアーナはじっとミナを見つめた。


「明日、あなたが立つ場所は、やさしい場所ではありませんよ

 それでも?」


「わかっています」

ミナがリリアーナを見つめる。その目に揺らぎはなかった。

リリアーナは小さくため息をつく。


「わかりました。けれど、私の判断で退出させるかもしれません。

 それでも、いいかしら?」


「はい!」


うれしそうに答えてから、ミナは言った


「やっぱり、リリアーナ様はやさしいです」


リリアーナは心外というふうに答えた


「悪役令嬢に優しさはありませんわ。私はあなたを利用しようとしているのですもの」




教師たちは、昨日よりも険しい表情で集まっていた。


最初は、昨日の繰り返しだった。


正論であっても、それだけで、

伝統という根の張った大木を動かすことは難しい。


どちらの主張も出尽くした頃、

リリアーナが手を上げる。


「少しお時間をいただいても、よろしいでしょうか」


ゲルハルト教授が、いぶかしげに問うた。


「なにかね?」


「私の知り合いが、どうしてもこの場でお話ししたいと申しております。

 許可をいただけますでしょうか」


「自分たちだけでは無理だと思って、協力者を呼んだか。かまわんよ。

 結論はかわらんだろうがね」


それには答えず、リリアーナは礼をしてから、入口のドアを開け、

ミナを呼び入れた。


気後れしたように、おずおずと入ってきたミナだが、

エミリアやアレクシスを見つけて、ほっと息を吐いた。


「ご存じの方もおられるかもしれませんが、紹介いたします。

 私のドレスを仕立ててもらっているミナ嬢ですわ。」


場の教師たちは、意外な人物の登場に戸惑っていた。


ミナが一歩前に出た。


「ミナと申します」


ミナは深呼吸し、震える声で話し始めた。


「私は……夢を持っていました。仕立ての仕事に就くっていう。

 でも、ずっと、届かないと思っていました。

 仕立ての仕事が好きでも、平民の私には、そんな場所なんてないって……」


「でも、リリアーナ様が……

 その場所を作ってくださったんです。

 私のような者でも、役に立てる場所を……」


声の震えはとまらない。それでも続ける。


「裁縫クラブの人たちが、私に教えを求めてくれるようになって……

 演劇クラブの衣装も任せてもらえて……

 私、初めて……自分の役割を持てたんです」


リリアーナの手が、胸のまえできゅっと握られた。


「私のような仕立て見習いが、学園の方々に教えるなんて、

 以前の私なら夢にも思いませんでした」


「お嬢様が私に場所をくださった。

 それは私にとって、一生に一度あるかないかの奇跡です」


「でも、世の中には私と同じように、

 夢を持っても、立つ場所がなくて……

 諦めてしまう子が、数えきれないほど……」


ミナは涙ににじむ目でリリアーナを見た


「だから、お嬢様お一人の手では、無理なんです」


「でも、お嬢様は、みんなに場所をって思ってらして

 私……なんにもできないけど……

 少しでも、そのお手伝いがしたいんです……!」


ミナの目から涙がこぼれた。


リリアーナの手が、ミナの肩に置かれる。


「ありがとう、ミナ。もう、十分ですわ」


その声は、自分でも不思議に思うほど震えていた。


手を取り、部屋の外に連れ出す。


ミナは、興奮が冷め、改めて自分の行動に驚き、震えだした


「ミナ?」


その問いかけに、ミナは思わずリリアーナに抱きついた。


そして、リリアーナもまた、強くミナを抱きしめた。


室内では、アレクシスが立ち上がり、教師たちを見回しながら言った。


「すべての国民が平等であることは難しい。だが――」


アレクシスは、ゲルハルト教授をまっすぐに見つめた。


「すべての者が、自分にふさわしい場所を選び、進んでいく仕組みが出来るのなら、

 それは、あなたたち教師が、生徒たちに一番望んでいることではないのか」


ゲルハルト教授が息を呑んだ、他の教師たちも。


長い沈黙のあと、一人の教師が小さく呟いた。


「……確かに。私たちは、生徒たちに未来を選ぶ力を持ってほしいと……

 ずっと、そう願ってきた……」


別の教師も続く。


「外の世界を知ることは……可能性の場所ですか。確かに、必要なのかもしれませんね」


すべての教師が納得したわけではない。だが、天秤の傾きは明らかだった。


学園長は、ゲルハルト教授に目をやり、頷きを確認してから言った。


「計画は続けなさい。ただし、慎重に、段階を踏んで」


アレクシスは深く頭を下げた。


ほどなく、会議は終了した。


人気のなくなった部屋に学園長は一人佇む。


「賽は投げられた。どう転ぶか、我々は見守るしかない」


秘伝書に書かれてあった一節が胸に響く。

『正しき場所は、安全な場所ではない

 正しさを保つより、さらに厳しき道と心せよ』


そして、同じように秘伝書に思いをはせる者


(あれは、何だったのでしょう)


ミナに声をかけたとき、何故自分は震えたのか

何故彼女を抱きしめたのか


ふと、農村の少女を思い出した。

彼女の訴えに「ごめんなさい」と言った

あのときも、どうしてそう言ったのか分からなかった


秘伝書を思い出すが、答えが出ない


(どちらも悪役令嬢にふさわしくありませんのに)


答えの出ない問いを繰り返しながら、リリアーナは深く、深く息を吐いた。

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