ショートストーリー(10) 準備と対立
アレクシスたち生徒会の面々が、エミリアの部屋に呼ばれて行くと
そこには、すでに多くの生徒がいた。いや、生徒以外の人物も。
「ミナ! あなた、どうしてここに?」
そこには、仕立ての修行中のミナがいた。
「リリアーナ様が、劇に出られるってエミリア様に聞いて、
それなら、リリアーナ様のお衣装は私が作らなきゃって」
「い、いえ、私が出るとは決まっていませんわ」
ふんすっという鼻息がでそうなミナの勢いに、たじろぎながらそう言うと
「何をおっしゃるのですか、主役はお嬢様しかあり得ませんわ」
声高らかに言い切ったのは
「マルティナ! あなたまで——」
「もちろんお嬢様の舞台化粧を担当するためです。
このマルティナ、腕によりをかけてお嬢様を装ってみせます!」
思わずエミリアを見る。
その顔は、ボールを拾ってきた子犬のような表情でリリアーナを見ている。
「ユリウス、これはどういう——」
言いながら、ユリウスを見ると、すでにぐったりと机に突っ伏している。
力なく顔を上げると、恨めしげに生徒会の面々を見る
「どうして、俺だけにするんだ。ひどいじゃないか」
「どうした?」
「どうしたもこうしたもない。ここの連中、俺の言うことを一切聞かない。
自分たちでみんな決めちまうんだ!」
「あら、学園祭の劇と言ったら、恋愛劇、これ以外ないでしょ」
アリシアが当然のように胸を張って言う。
「そうですよねえ」
ルイーザが同意する。
「俺はもっと高尚なものを——」
「いつも、自分の思い通りのものができると思ったら大間違いよ
世の中はもっと厳しいのよ」
「うっ」
「これは、ユリウスを鍛えるいい機会ですね」
レイナードが嬉しそうに、アレクシスを振り返る
「ああ、そうだな」
そう言ったとたん、全身に寒気が走った。
慌ててリリアーナを見て、
「リリアーナ、いいだろうか?」
と、おそるおそる尋ねる。
「私に異存などございませんわ」
微笑みながら答えるリリアーナからは、
アレクシスだけが感じる冷気が漂っていた
エミリアは、必要なものをそろえるため部屋を出た
その足取りはしっかりして、目は常に前を見ている
以前の彼女とは別人のようだった
「ずいぶん、張り切っているのね」
静かな声が、背後からかけられて、足を止める。
ヴェロニカ・エルドレインが立っていた。
整った姿勢。感情を抑えたまなざし。
エミリアは、思わず背筋を伸ばす。
「ヴェロニカ様……」
「劇の準備かしら?」
「はい」
「わるいけど、少し時間をいただけるかしら?」
「もちろんです」
ヴェロニカは静かにエミリアを見た。
「あなたは、本当に――」
ため息をつくように言う。
「リリアーナ様のやりかたが、正しいと思っているのね」
エミリアは、無意識に息を止めた。
「どういうことですか?」
戸惑いながら言葉を返す。
ヴェロニカの声は静かだ。
「整っている。動いている。うまくいっている
それは事実です。でも、それで――」
ほんのわずかに、言葉が鋭くなる。
「いいのかしら?」
「でも……助かった人はいます!」
エミリアの声が強くなった。
「困っていた人が、動けるようになって、
私もそうだし、他にもたくさんの人が……
実際にこの目で見てきました」
ヴェロニカは、そのことは否定しなかった。
「私も、リリアーナ様のやってらっしゃる事は正しいと思っているわ」
「だったら、どうして?」
ヴェロニカは視線を落とした。
「でもね、正しさは……簡単にねじ曲げられるのよ」
エミリアは息を呑んだ。
「ねじ曲げられる……?」
「そう。正しいものほど、利用されやすい」
ヴェロニカの声がわずかに震える。
「あなたは知らないでしょうけど、
正しさは、外からの力で簡単に歪むのよ」
ヴェロニカは苦笑した。
(だから、壊れるくらいなら…… そう思ってしまう)
「それがなんだっていうんです!」
思いもよらない答えに、思わずたじろぐ。
「正しいかなんて関係ない、あの方は、前に進ませてくれた。
昨日より、今日。今日より明日。
あの方はずっと前を向いて進んでいるんです。
私は――」
エミリアの言葉には、迷いも、かつての卑屈さもなかった。
「あの方の隣に、立てるようになりたい!」
走り去る彼女の背中を、ヴェロニカはただ立ち尽くして見送るしかなかった。
エミリアの言葉が、繰り返し彼女のなかで響いていた
(そうだ、わたしは、あなたにな――)
その願いの遠さに、ヴェロニカは悲しいため息をついた。




