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第13話 見えない善意を見える形にしますわ

エミリアの日常に少し変化があった。


学園では、リリアーナとほとんど共に過ごしていたが、

今は、全員で整理したあの部屋を任されたのだ。


まだ、部屋には誰も来ない。

いや、ただ一人、アリシアが時たま顔を出す。


特に用があるわけでない。しかし、アリシアがいるとわかると

少しずつ自分の話をするようになった。

 

内側に立つことを覚えたが、それでも、多くの不満があること、

面と向かって言っていいときと、そうでないときがあると分かって、

迷って、結局言葉が出なくなるときがあることなど。


「私に話されたことは、リリアーナ様にもお話ししますが、よろしいの?」


アリシアはちょっと照れたように言った。


「かまわないわ。本当は直接言いたいのだけれど、あの方、苦手で」


エミリアはクスクス笑った。


「それも言っていい?」


アリシアはあわてて首を振った。




「あの部屋を、エミリアに任せているのか?」


アレクシスは、意外そうに言った。


「ええ」


「てっきり、あなたがするのだと思ってましたが」


と、レイナード


「それじゃあ、誰も寄りつかないだろう?」


と言ったヴォイドは、すぐさま、レイナードに口をふさがれている。


「あの場所が、役目をはたすためには、エミリア様が必要なのです」


学園では、朝には教室が整っている。


机は揃い、椅子は戻り、黒板は拭かれている。

だが、それを誰がやったのか、知っている者は少ない。


「便利ですわね」

リリアーナが言う。


昼前、備品置き場の前で、小柄な少年が大きな箱を抱えてふらついていた。


「何をしていらっしゃるの」

「び、備品の補充を……」

「一人で?」

「いつも、です」


名をサイラスという。

誰かに命じられたのではなく、“気づいた者がやる感じ”で、

いつの間にか彼の役目になっていたらしい。


「よろしくありませんわね」

リリアーナは言った。


その日の午後。

学園長室。


「裏方業務を記録します」

「反対ですな」


アレクシスの提案に、学園長は即答した。


「理由を」

「見えぬ労を見える化すれば、評価目当ての労働が増える」

「……」

「善意は、数えた瞬間に質を変えることがある」

「なるほど」

「礼を求める者、印を求める者、目立つ裏方。それは本当に必要ですかな」


誰もが答えに窮した中、リリアーナがあっさり頷いた。


「必要ですわ」

学園長がわずかに眉を上げる。

「見えぬまま消える善意より、形になって残る労の方が次へ渡せますもの」

「純粋でなくてもよいと?」

「ええ」

「ほう」

「少しの打算があっても、続く形の方がましですわ」


学園長は長くリリアーナを見た。

そして、低く笑った。


「あなたは、善意そのものを信仰してはおらぬのですな」

「信仰は危ういですもの

 残る形に変える方が、よほどましですわ」


学園長はゆっくり頷いた。


「条件付きで許可しましょう」

「承りますわ」

「条件は三つ。

 一つ、評価ではなく記録とすること。

 二つ、順位をつけぬこと。

 三つ、誰がどれほど偉いかではなく、何が学園を支えたかを残すこと」

「結構ですわ」


翌日。

掲示板に貼り出された。


『裏方業務記録 試行開始』


教室整備。

備品補充。

共有卓片づけ。

清掃仕上げ。

修繕報告。


見た者は、笑った

不満を漏らした


「何これ」

「裏方まで帳面つけるのか?」


だが、やりはじめると空気が変わる。


記録欄に名前が残る。

それを見て、初めて周囲が気づく。


いつも「誰か」がやっていたのではない。

「同じ者」が、ずっとやっていたのだと。


「……これ、サイラスが毎朝やってたのか」

「共有卓の片づけ、ルイーズ様がこんなに?」

「備品の修繕報告、ニコラスが?」


やがて、講義後に自分から机を戻す生徒が増えた。

そして、サイラスが初めて「助かった」と言われた。


その日の夕方、エミリアが管理する部屋に、サイラスが初めて顔を出した。



学園長が、生徒会が提出してきた記録帳を閉じて言う。


「確かに、評価の競争にはならなかった」

「当然ですわ」

「なぜですかな」

「誰が偉いかではなく、何が学園を支えていたかしか書いておりませんもの」


学園長は少しだけ遠くを見る。


「見えぬままの労を、尊いものと呼んで済ませていた時期がありました」

「そうですの?」

「ええ。だが尊いまま消えるものは、たいてい継がれぬ」


学園長は、静かに目を伏せた。


夜、学園長は、研究ノートの余白に、新たに一行。


『善意を保存する術を、この子は知っている』


そこには

『悪役令嬢たる者、善意が通る場よりも、

 善意が崩れる場を見よ。

 人は善意で動く。

 だが、善意は偏る。偏った善意は、続かない。』

     「悪役令嬢となるための秘伝書」より


と書き記してあった。

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