ショートストーリー(3) 論理と本能
人は見かけによらないものです。
けれど、本質を知ることは、とても難しく、
だからこそ、興味を持つのでしょう。
「アレクシス様!」
呼ばれて、顔をあげると、
レイナードが、驚いた顔でこちらを見ていた。
「なんだ、レイナード。何か用か?」
レイナードは、アレクシスが王になった時の
側近候補で、幼なじみだった。
「いえ、用はないんですが……何をしてるんです?」
その問いに、アレクシスは、書類を机の上に放り投げた。
「読んでいた」
レイナードが書類を手に取る。
「これは……」
意外そうにアレクシスを見る。
「罰ですか?」
「はあ?」
「いえ、このまえの、ほら」
将来の主人となるであろう者の失策を
はっきり言うのはどうかと、あいまいに濁す。
「そうじゃない。さすがに怒られたがな」
「そうでしょうねえ」
王も王妃も、アレクシスには甘い。
「それでは、どうして」
「俺が、読みたくなったからだ」
「えっ、アレクシス様が? 自主的に?」
「その態度は、なんか腹が立つな」
「だって、いつもは、いないか、昼寝してるかじゃないですか」
気をつけているが、二人だけだと、
幼なじみ同士の気安い口調になってしまう。
レイナードは、不意に気がついた。
「ああ、これは彼女の成果でしたね」
「そういうことだ」
アレクシスは、おもしろくなさそうに言った。
それは、王都の人々からの陳情と、
それにどう対応したか、その結果が記録されたものだった。
リリアーナの父が進言し実現された制度だが
その父に進言したのはリリアーナだと言われている
「責任と覚悟、ですか」
レイナードが紙をめくる。
「……あの断罪劇のあとで、これですか」
軽く息を吐く。
「完全にやり込められましたね」
「分かってるさ」
短く返す。
「軽率だった」
レイナードは少しだけ間を置いた。
「……ですが、あれは不自然でした」
「何がだ」
「あなたが、ああいう形で動くのは」
アレクシスは視線を落とした。
「提案された」
「誰にです?」
一瞬だけ、間があく。
「……あいつだ」
それ以上は言わない。
レイナードも追わなかった。
「尻尾を掴むため、ですか」
「ああ」
短く答える。
「だが」
紙の端を指で叩く。
「やり方は、最悪だったな
リリアーナも、エミリア嬢も巻き込んだ」
レイナードは肩をすくめた。
「それでも、結果だけ見れば、
リリアーナ嬢は完璧でした
少しも動じず、理で押し返した」
アレクシスは、何も言わなかった。
その言葉は、正しい。
誰が見ても、そうだった。
だが
「……違う」
ぽつりと、言う。
「え?」
レイナードが顔を上げる。
「何がです?」
「俺がリリアーナを責めたとき——」
リリアーナは——
「……揺れた」
ぽつりと、言う。
「え?」
レイナードが顔を上げる。
「何がです?」
アレクシスは、首を振った。
「なんでもない」
(だが)
視界の奥に、別の記憶が浮かぶ。
もっと前。
まだ幼かった頃。
何気ない会話の中で——
「……お前」
思い出しながら、口にする。
「その顔は、なんだ」
あのとき、そう言った。
理由は分からない。
ただ、そう見えた。
リリアーナは一瞬だけ止まり、
それから何も言わずに背を向けた。
そのまま歩いていく。
いつもより速い足取りで。
呼び止めようとして——やめた。
そのまま馬車に乗り込む。
扉が閉まる直前。
「……」
見えたのは、横顔ではなく——
後ろ姿。
その耳が、妙に赤かった。
(……あれは)
今でも分からない。
勘違いかもしれない。
ただの偶然かもしれない。
それでも——
「……同じ、か」
小さく呟く。
レイナードが聞き返す。
「何がです?」
「……いや」
首を振る。
言葉にできない。
できる気もしない。
「……気のせいかもしれん」
レイナードはあっさり頷いた。
「でしょうね」
迷いがない。
「少なくとも、誰もそんなものは見ていません」
「……そうだな」
否定しない。
それでも。
胸の奥に残るものは消えない。
あのときも。
今回も。
説明はできない。
理由も分からない。
それでも——
「……」
紙の上の文字を見る。
整っている。
理屈も通っている。
だが、それとは別のところで——
何かが引っかかる。
「……気に入らないな」
ぽつりと呟く。
だが。
目を逸らす気にはならなかった。




