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第七話「本番」

対抗演習の当日は、朝から空気が違っていた。


グラウンドには特設の観覧席。

各科の生徒たちが、それぞれの場所に固まっている。

審査台の前には教師たちが並んでいた。


いつもの実技観覧とは、最初から様子が違う。


見る側も、見られる側も、今日は本気だ。

そんなことは、わざわざ言葉にしなくても分かった。


ユウトは補助科の生徒たちの端に立っていた。


補助科は出場しない。

観覧だけ。

そこはいつもと同じだ。


でも、今日は見ているものが違う。


開会の挨拶が始まる。

学院長が短く話した。

内容はほとんど耳に入らない。

ユウトはグラウンドを見ていた。



一回戦の第一試合は、攻撃科対防御科。


つまり、レオ対ミハイルだ。


掲示板にその組み合わせが出た瞬間、観覧席がざわついた。


「初戦でグランドか」

「防御科、運ないな」

「もう終わりじゃないか」


そんな声があちこちから聞こえる。

否定はできなかった。


ユウトにも分かっていた。

正面からぶつかれば、ミハイルに勝ち目はない。


でも、今日のミハイルは、最初から正面で受けるつもりじゃないはずだった。


グラウンドの中央に、二人が出てくる。


レオ・グランドが右側に立つ。


いつもの据わった目で、正面を見ていた。

表情は変わらない。

相手が誰でも、たぶん同じ顔をするのだろう。


左側にはミハイル。


姿勢がいつもよりまっすぐだった。

ぼんやりした感じが、今日は薄い。


怖いのか、覚悟しているのか。

ユウトにはうまく分からない。

たぶん、その両方だった。


二人が向き合う。


審査教師が開始の合図を出した。



レオが動く。


最初から出力を抑えていない。


対抗演習の首席は、格下相手でも手を抜かない。

それがレオの流儀なのか、今日が特別なのか。

そこまではユウトにも分からなかった。


ただ、観覧日より出力が高い。

それだけははっきりしていた。


一発目の術式が、ミハイルの正面へ走る。


ミハイルが防壁を展開した。

正面ではなく、斜めに。

角度をつけていた。


攻撃の力が横へ流れる。


観覧席がざわついた。


「受け止めなかった」

「流した?」

「防御科であんな展開、見たことない」


レオの二撃目が来る。

今度は角度を変え、左から。


ミハイルが一拍遅れた。

防壁が正面に戻りかける。


(崩れる)


ユウトは息を止めた。


でも、ミハイルは持ち直した。

完璧じゃない。

それでも、崩れなかった。


三撃目。


レオが連続展開に切り替える。

速いテンポで、術式を重ねてきた。


ミハイルの防壁が揺れる。

消費は増えている。

それでも、層は減らない。


四撃目。


ミハイルが動いた。


防壁を斜めに展開したまま攻撃を横へ流す。

その上で、第三層を薄く張る。


レオの術式が第三層に当たり、速度を落とした。

完全には止まらない。

でも、直撃でもない。


観覧席が静かになる。


レオが動きを止めた。


一秒にも満たない。

それでも、確かに止まった。


(見てる)


ユウトには分かった。

レオは今、ミハイルの防壁の構造を読んでいる。


首席は戦いながら相手を読む。

それができるから、頂点にいる。


五撃目が来た。


今度は正面ではなく、左右から同時だった。


ミハイルの防壁が左側で崩れる。

術式が通った。


ミハイルが後退する。

審査教師がポイントを記録した。



ミハイルが構えを立て直す。


膝が少し震えていた。

でも、立っていた。


レオが次の術式を展開する。


六撃目。

七撃目。


連続展開が続く。

ミハイルは粘る。

崩れる寸前で立て直す。

ずっと、その繰り返しだった。


(長引いてる)


ユウトはそこで気づいた。


レオの想定より、この試合は続いている。


格下相手に対して、最初から高出力を維持したまま連続展開を重ねている。

それはつまり、ミハイルが想定以上に粘っているということだ。


その積み重ねが、今、レオの術式に出始めていた。


八撃目の展開の瞬間。


レオの第三層の接続部分が、わずかにぶれた。


観覧席の誰も気づかない。

審査教師も見ていない。


ユウトには見えた。


(干渉が出た)


高出力を維持したまま連続展開を続けたせいで、第三層に負荷が集中した。

ミハイルが粘り続けたせいで、レオは想定より長く術式を回している。

それが引き金だった。


一度の練習では、完全には消えていなかった欠陥。

それが今、ここで出た。


レオ自身も気づいたはずだ。

一瞬だけ、術式の展開が止まる。


ミハイルはその隙そのものは見ていない。

当然だ。

あれが見えるのは、ユウトだけだった。


でも、レオの動きが止まったことには気づいた。

理由が分からなくても、止まったこと自体は分かる。


練習で繰り返していた「相手の動きを読む」という感覚が、そこで働いた。


ミハイルが前へ出る。


防壁を展開したまま、距離を詰めた。


攻撃じゃない。

圧力だった。


距離を詰めることで、レオの連続展開の空間を潰す。


レオが後退した。


一歩だけ。

それでも、下がった。


観覧席がまたざわつく。


「グランドが下がった」

「防御科が押した?」

「何が起きてる」


でも、それは長く続かなかった。


レオが出力を調整する。

第三層の干渉を、自分で抑え込んだ。


構造を理解していなくても、体で立て直せる。

そこがレオの強さだった。


九撃目。

十撃目。


ミハイルの防壁が、少しずつ削られていく。


そして、十一撃目で崩れた。


ミハイルが膝をつく。

審査教師が試合終了を宣告した。



結果は、一対一のポイント差だった。


ミハイルは一点を取っていた。


レオ相手に、防御科の生徒が一点を取る。

観覧席はざわついたままだった。


でもユウトには、その声が遠く聞こえていた。


ミハイルが立ち上がり、グラウンドを退場していく。

ユウトはその背中を見ていた。


膝の震えはまだ残っている。

でも、歩いていた。


退場口の手前で、ミハイルが一度だけ振り返る。


観覧席を見る。

ユウトと目が合った。


何も言わない。

ただ、小さく頷いた。

それだけだった。


(伝わった)


ユウトは思った。


勝てなかった。

でも、やれることはやった。


崩れる直前で立て直した。

一点も取った。

それが今のミハイルの全部だった。


それで十分だと、ユウトは思っていた。


観覧席の端で、声が聞こえる。


「ロンド、一点取ったな」

「グランドに?」

「珍しい。防御科が一点取ったの、去年はなかったぞ」

「何があったんだ、あいつ」


その声を聞きながら、ユウトは視線をグラウンドへ戻した。


レオが退場しようとしていた。


その足が、一瞬だけ止まる。


審査台のほうでも、観覧席の中央でもない。

補助科の生徒が固まっている、この方向だった。


据わった目が、ユウトを見る。


一秒にも満たない。

それだけだった。


すぐに前を向き、そのまま歩き出す。


(何だったんだ、今の)


ユウトには分からなかった。


確認なのか。

それとも、別の何かなのか。

まだ判断がつかない。


次のブロックの試合が始まろうとしていた。


掲示板に、リア・ソレイユの名前が表示される。


グラウンドの反対側から、金髪が歩いてくるのが見えた。


リアは前だけを見ていた。

足取りに迷いがない。


その目にユウトが映っているのかどうかは、分からない。


ただ、構えを作った瞬間、空気が変わった。


対抗演習は、まだ続いていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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