第七話「本番」
対抗演習の当日は、朝から空気が違っていた。
グラウンドには特設の観覧席。
各科の生徒たちが、それぞれの場所に固まっている。
審査台の前には教師たちが並んでいた。
いつもの実技観覧とは、最初から様子が違う。
見る側も、見られる側も、今日は本気だ。
そんなことは、わざわざ言葉にしなくても分かった。
ユウトは補助科の生徒たちの端に立っていた。
補助科は出場しない。
観覧だけ。
そこはいつもと同じだ。
でも、今日は見ているものが違う。
開会の挨拶が始まる。
学院長が短く話した。
内容はほとんど耳に入らない。
ユウトはグラウンドを見ていた。
◇
一回戦の第一試合は、攻撃科対防御科。
つまり、レオ対ミハイルだ。
掲示板にその組み合わせが出た瞬間、観覧席がざわついた。
「初戦でグランドか」
「防御科、運ないな」
「もう終わりじゃないか」
そんな声があちこちから聞こえる。
否定はできなかった。
ユウトにも分かっていた。
正面からぶつかれば、ミハイルに勝ち目はない。
でも、今日のミハイルは、最初から正面で受けるつもりじゃないはずだった。
グラウンドの中央に、二人が出てくる。
レオ・グランドが右側に立つ。
いつもの据わった目で、正面を見ていた。
表情は変わらない。
相手が誰でも、たぶん同じ顔をするのだろう。
左側にはミハイル。
姿勢がいつもよりまっすぐだった。
ぼんやりした感じが、今日は薄い。
怖いのか、覚悟しているのか。
ユウトにはうまく分からない。
たぶん、その両方だった。
二人が向き合う。
審査教師が開始の合図を出した。
◇
レオが動く。
最初から出力を抑えていない。
対抗演習の首席は、格下相手でも手を抜かない。
それがレオの流儀なのか、今日が特別なのか。
そこまではユウトにも分からなかった。
ただ、観覧日より出力が高い。
それだけははっきりしていた。
一発目の術式が、ミハイルの正面へ走る。
ミハイルが防壁を展開した。
正面ではなく、斜めに。
角度をつけていた。
攻撃の力が横へ流れる。
観覧席がざわついた。
「受け止めなかった」
「流した?」
「防御科であんな展開、見たことない」
レオの二撃目が来る。
今度は角度を変え、左から。
ミハイルが一拍遅れた。
防壁が正面に戻りかける。
(崩れる)
ユウトは息を止めた。
でも、ミハイルは持ち直した。
完璧じゃない。
それでも、崩れなかった。
三撃目。
レオが連続展開に切り替える。
速いテンポで、術式を重ねてきた。
ミハイルの防壁が揺れる。
消費は増えている。
それでも、層は減らない。
四撃目。
ミハイルが動いた。
防壁を斜めに展開したまま攻撃を横へ流す。
その上で、第三層を薄く張る。
レオの術式が第三層に当たり、速度を落とした。
完全には止まらない。
でも、直撃でもない。
観覧席が静かになる。
レオが動きを止めた。
一秒にも満たない。
それでも、確かに止まった。
(見てる)
ユウトには分かった。
レオは今、ミハイルの防壁の構造を読んでいる。
首席は戦いながら相手を読む。
それができるから、頂点にいる。
五撃目が来た。
今度は正面ではなく、左右から同時だった。
ミハイルの防壁が左側で崩れる。
術式が通った。
ミハイルが後退する。
審査教師がポイントを記録した。
◇
ミハイルが構えを立て直す。
膝が少し震えていた。
でも、立っていた。
レオが次の術式を展開する。
六撃目。
七撃目。
連続展開が続く。
ミハイルは粘る。
崩れる寸前で立て直す。
ずっと、その繰り返しだった。
(長引いてる)
ユウトはそこで気づいた。
レオの想定より、この試合は続いている。
格下相手に対して、最初から高出力を維持したまま連続展開を重ねている。
それはつまり、ミハイルが想定以上に粘っているということだ。
その積み重ねが、今、レオの術式に出始めていた。
八撃目の展開の瞬間。
レオの第三層の接続部分が、わずかにぶれた。
観覧席の誰も気づかない。
審査教師も見ていない。
ユウトには見えた。
(干渉が出た)
高出力を維持したまま連続展開を続けたせいで、第三層に負荷が集中した。
ミハイルが粘り続けたせいで、レオは想定より長く術式を回している。
それが引き金だった。
一度の練習では、完全には消えていなかった欠陥。
それが今、ここで出た。
レオ自身も気づいたはずだ。
一瞬だけ、術式の展開が止まる。
ミハイルはその隙そのものは見ていない。
当然だ。
あれが見えるのは、ユウトだけだった。
でも、レオの動きが止まったことには気づいた。
理由が分からなくても、止まったこと自体は分かる。
練習で繰り返していた「相手の動きを読む」という感覚が、そこで働いた。
ミハイルが前へ出る。
防壁を展開したまま、距離を詰めた。
攻撃じゃない。
圧力だった。
距離を詰めることで、レオの連続展開の空間を潰す。
レオが後退した。
一歩だけ。
それでも、下がった。
観覧席がまたざわつく。
「グランドが下がった」
「防御科が押した?」
「何が起きてる」
でも、それは長く続かなかった。
レオが出力を調整する。
第三層の干渉を、自分で抑え込んだ。
構造を理解していなくても、体で立て直せる。
そこがレオの強さだった。
九撃目。
十撃目。
ミハイルの防壁が、少しずつ削られていく。
そして、十一撃目で崩れた。
ミハイルが膝をつく。
審査教師が試合終了を宣告した。
◇
結果は、一対一のポイント差だった。
ミハイルは一点を取っていた。
レオ相手に、防御科の生徒が一点を取る。
観覧席はざわついたままだった。
でもユウトには、その声が遠く聞こえていた。
ミハイルが立ち上がり、グラウンドを退場していく。
ユウトはその背中を見ていた。
膝の震えはまだ残っている。
でも、歩いていた。
退場口の手前で、ミハイルが一度だけ振り返る。
観覧席を見る。
ユウトと目が合った。
何も言わない。
ただ、小さく頷いた。
それだけだった。
(伝わった)
ユウトは思った。
勝てなかった。
でも、やれることはやった。
崩れる直前で立て直した。
一点も取った。
それが今のミハイルの全部だった。
それで十分だと、ユウトは思っていた。
観覧席の端で、声が聞こえる。
「ロンド、一点取ったな」
「グランドに?」
「珍しい。防御科が一点取ったの、去年はなかったぞ」
「何があったんだ、あいつ」
その声を聞きながら、ユウトは視線をグラウンドへ戻した。
レオが退場しようとしていた。
その足が、一瞬だけ止まる。
審査台のほうでも、観覧席の中央でもない。
補助科の生徒が固まっている、この方向だった。
据わった目が、ユウトを見る。
一秒にも満たない。
それだけだった。
すぐに前を向き、そのまま歩き出す。
(何だったんだ、今の)
ユウトには分からなかった。
確認なのか。
それとも、別の何かなのか。
まだ判断がつかない。
次のブロックの試合が始まろうとしていた。
掲示板に、リア・ソレイユの名前が表示される。
グラウンドの反対側から、金髪が歩いてくるのが見えた。
リアは前だけを見ていた。
足取りに迷いがない。
その目にユウトが映っているのかどうかは、分からない。
ただ、構えを作った瞬間、空気が変わった。
対抗演習は、まだ続いていた。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




