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第六話「組み合わせと死角」

組み合わせが出た。

ミハイルの初戦は、剣術科だった。

しかも相手の名前は、まだ伏せられていた。


対抗演習の組み合わせ表が出たのは、朝のホームルーム前。

各科の掲示板に同時に貼り出される形式で、登校してきた生徒たちが次々と足を止めていた。


ユウトも人だかりの端から確認する。


防御科代表・ミハイル・ロンド。

一回戦の相手は、剣術科の代表だった。


(剣術科か)


ユウトは少し考えた。


防御科対剣術科。

純粋な打ち合いになれば、防御に特化したミハイルは攻撃力で劣る。

ただ、剣術科の戦い方は魔術科とは違う。


術式と剣技を組み合わせた複合攻撃が主体になるはずだった。

その流れが読めれば、防壁の展開タイミングを合わせられる。


(相手の代表が誰か、まだ分からない)


掲示板には名前が出ていなかった。

各科の代表名が正式に公示されるのは明日だ。

それまでは待つしかない。


ミハイルが隣に来た。

組み合わせ表を見て、少し黙る。


「剣術科か」


「はい」


「勝てると思うか」


「相手次第です。今日から情報を集めます」


「情報って、どうやって」


「観察です」


ミハイルは「そういうことか」と言って、また黙った。


そこを突っ込まないのは助かる。

でも、その分だけ期待されている気もした。



昼休み、ユウトは剣術科の練習を見に行った。


対抗演習を前にした自主練で、数人が打ち合っている。

その中央で動いている生徒が、代表候補らしかった。


(速い。踏み込みのテンポが一定じゃない)


意図的に変えているのか。

ただの癖なのか。

数回見ているうちに、少しずつ見えてきた。


右の踏み込みが、左より半テンポ速い。


そこに気づかなければ、防壁のタイミングは合わない。

気づいていれば、合わせられる。


(ミハイルに伝えられるか)


問題はそこだった。


見えることと、体で再現できることは別だ。

リアのときも、ミハイルのときも、それは同じだった。


情報を渡すことはできる。

でも、動けるかどうかはミハイル次第だ。


十分ほど見てから、ユウトはその場を離れた。

見えたことをノートに書き留める。

今日はここまでだった。



放課後の練習スペースで、ユウトはミハイルにノートを見せた。


「相手の踏み込みは、右の方が速い。意図的かどうかはまだ分からないですが、パターンとしては繰り返していました」


「つまり、右から来るタイミングが早い、ってことか」


「そうです。右への展開を少し前に出せれば、対応しやすくなるはずです」


「……難しいな」


ミハイルが正直に言った。


「左右で展開のタイミングを変えるって、今の俺にはまだ安定してない」


「分かっています」


「分かってて言うのか」


「できないことを分かった上で、どこまで近づけるか考えます」


ミハイルは少し苦い顔をした。

でも、否定はしなかった。


「やってみる」


構えを作る。

右側の展開を早める意識で、防壁を張った。


最初は左が遅れた。

二回目も同じ。

三回目で、ようやく少しだけ右が前に出る。


「今のは合ってます」


「合ってたか」


「ただ、魔力の配分が右に偏りすぎた。左が薄くなってます」


「そっちを気にすると右が遅れる」


「そうです。そこが今週の課題です」


十回ほど繰り返した。


三回に一回は合う。

でも、残りの七回は疲れが出るたびに元の形へ戻っていった。


集中しているうちはできる。

崩れるのは、連続で来たときだった。

実戦では、そこを狙われる。


(まだ体に入っていない)


ユウトは黙って見ていた。

時間は、もうあと七日しかない。


「本番まで間に合うかな」


ミハイルが呟いた。

今日は弱音に聞こえた。


「完璧にはならないです」


ユウトは正直に言った。


「疲れると戻ります。連続で来たら崩れる場面もあると思います」


「それを分かってて、どうしろと」


「崩れたときに、どう立て直すかを一緒に考えます。完璧じゃなくても、崩れた後で立て直せれば戦い方は変わります」


ミハイルは「……そうか」と言って、また構えを作った。


日が傾くまで繰り返した。

完璧にはならない。

それでも、崩れたあとに戻る速さは少しだけ上がっていた。


それが救いだった。

小さいけど、ゼロではない。



帰り際、リアが練習スペースに顔を出した。

自主練のあとらしく、金髪が少し乱れている。


「組み合わせ見た。私の一回戦、攻撃科なんだけど」


開口一番、それだった。


「確認します。代表名は明日出ます」


「うん」


リアがユウトを見る。


「あんた、相手科の分析してるんでしょ。私の相手も見てほしい」


「分かりました」


リアは「じゃあ」と言って踵を返した。

夕暮れの光の中で、金髪が揺れた。


ミハイルが、ぼそっと言う。


「なんか、お前が参謀みたいだな」


ユウトは「違います」と言おうとして、やめた。


参謀。

その言葉が、思っていたより引っかかった。


戦場には出ない。

術式も撃てない。

でも、見えている。


見えているものを、動ける人間に渡す。


それを何と呼べばいいのか、ユウトにはまだ言葉がなかった。


「……そうかもしれないです」


初めて、否定しなかった。


ミハイルが少し驚いた顔をする。

それから「珍しいな」と言って、荷物を持った。



翌朝、正式な代表名が掲示板に貼り出された。


ユウトは人だかりの端から確認する。


攻撃科代表。

レオ・グランド。


やはり、そうだった。


組み合わせを見ると、レオの一回戦の相手は防御科代表。

つまり、ミハイルだった。


掲示板の前が一瞬静かになる。

それから、すぐに声が上がった。


「ロンド、一回戦でグランドか」

「終わったな。選考で注目されたのに、初戦があれじゃ」

「防御科は運がないな」


通りがかった生徒たちが、そんな声を残して去っていく。

ユウトはそれを聞いていた。

否定はできなかった。


事実として、正面からぶつかればミハイルに勝ち目はない。

レオの出力を、今のミハイルの防壁で受け続けることはできない。


(どう戦うか、じゃない。どう粘るかを考える必要がある)


勝ちを目指す戦いではない。

それでも、何もできずに終わるのとは違う戦い方がある。

見えているなら、そこを探せる。


ミハイルが隣に来た。

掲示板を見て、何も言わない。

しばらく黙っていた。


「…………グランドかよ」


静かな声だった。


笑ってもいない。

諦めてもいない。

ただ、現実を確認している顔だった。


「はい」


「勝てないな」


「正面からは無理です」


「正面以外があるのか」


「あると思います。今日の練習で話しましょう」


ミハイルが少しだけユウトを見た。

それからまた掲示板に視線を戻す。


「……お前が言うなら、あるんだろうな」


確信ではない。

でも、諦めでもなかった。



リアの一回戦の相手は、攻撃科の三年生だった。

観覧日に見た顔だ。


単発の出力は高い。

ただ、連続展開に入ると術式の精度が落ちる。

そこを突ければ、リアの剣技が活きる。


ユウトはノートに書き留めた。


二人分の情報を、頭の中で整理する。


ミハイルは、レオに粘る戦いをする。

リアは、相手の連続展開の乱れを突く。


それぞれに、やれることとやれないことがある。


(どちらも、完璧にはいかない)


それは最初から分かっていた。

でも、見えているほうが見えていないよりはいい。

ユウトはそう思っていた。


ただ、今日はもう一つ引っかかっていることがあった。


レオの欠陥は、まだ残っているはずだ。


一度の練習で治るものではない。

第三層の干渉は、出力を上げるたびに出てくる。

それを抱えたまま、レオは首席として代表に立つ。


欠陥があっても、誰も止められない。

欠陥があっても、誰も気づけない。

それでも、レオは勝ち続けている。


(俺には見えている。でも、それだけだ)


見えていても、レオの前に立てるわけじゃない。

見えていても、ミハイルを勝たせられる保証があるわけでもない。


見えることと、変えられることの間には、まだ大きな距離がある。


掲示板の前を離れるとき、ユウトはレオの名前をもう一度見た。


対抗演習まで、あと七日だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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