第六話「組み合わせと死角」
組み合わせが出た。
ミハイルの初戦は、剣術科だった。
しかも相手の名前は、まだ伏せられていた。
対抗演習の組み合わせ表が出たのは、朝のホームルーム前。
各科の掲示板に同時に貼り出される形式で、登校してきた生徒たちが次々と足を止めていた。
ユウトも人だかりの端から確認する。
防御科代表・ミハイル・ロンド。
一回戦の相手は、剣術科の代表だった。
(剣術科か)
ユウトは少し考えた。
防御科対剣術科。
純粋な打ち合いになれば、防御に特化したミハイルは攻撃力で劣る。
ただ、剣術科の戦い方は魔術科とは違う。
術式と剣技を組み合わせた複合攻撃が主体になるはずだった。
その流れが読めれば、防壁の展開タイミングを合わせられる。
(相手の代表が誰か、まだ分からない)
掲示板には名前が出ていなかった。
各科の代表名が正式に公示されるのは明日だ。
それまでは待つしかない。
ミハイルが隣に来た。
組み合わせ表を見て、少し黙る。
「剣術科か」
「はい」
「勝てると思うか」
「相手次第です。今日から情報を集めます」
「情報って、どうやって」
「観察です」
ミハイルは「そういうことか」と言って、また黙った。
そこを突っ込まないのは助かる。
でも、その分だけ期待されている気もした。
◇
昼休み、ユウトは剣術科の練習を見に行った。
対抗演習を前にした自主練で、数人が打ち合っている。
その中央で動いている生徒が、代表候補らしかった。
(速い。踏み込みのテンポが一定じゃない)
意図的に変えているのか。
ただの癖なのか。
数回見ているうちに、少しずつ見えてきた。
右の踏み込みが、左より半テンポ速い。
そこに気づかなければ、防壁のタイミングは合わない。
気づいていれば、合わせられる。
(ミハイルに伝えられるか)
問題はそこだった。
見えることと、体で再現できることは別だ。
リアのときも、ミハイルのときも、それは同じだった。
情報を渡すことはできる。
でも、動けるかどうかはミハイル次第だ。
十分ほど見てから、ユウトはその場を離れた。
見えたことをノートに書き留める。
今日はここまでだった。
◇
放課後の練習スペースで、ユウトはミハイルにノートを見せた。
「相手の踏み込みは、右の方が速い。意図的かどうかはまだ分からないですが、パターンとしては繰り返していました」
「つまり、右から来るタイミングが早い、ってことか」
「そうです。右への展開を少し前に出せれば、対応しやすくなるはずです」
「……難しいな」
ミハイルが正直に言った。
「左右で展開のタイミングを変えるって、今の俺にはまだ安定してない」
「分かっています」
「分かってて言うのか」
「できないことを分かった上で、どこまで近づけるか考えます」
ミハイルは少し苦い顔をした。
でも、否定はしなかった。
「やってみる」
構えを作る。
右側の展開を早める意識で、防壁を張った。
最初は左が遅れた。
二回目も同じ。
三回目で、ようやく少しだけ右が前に出る。
「今のは合ってます」
「合ってたか」
「ただ、魔力の配分が右に偏りすぎた。左が薄くなってます」
「そっちを気にすると右が遅れる」
「そうです。そこが今週の課題です」
十回ほど繰り返した。
三回に一回は合う。
でも、残りの七回は疲れが出るたびに元の形へ戻っていった。
集中しているうちはできる。
崩れるのは、連続で来たときだった。
実戦では、そこを狙われる。
(まだ体に入っていない)
ユウトは黙って見ていた。
時間は、もうあと七日しかない。
「本番まで間に合うかな」
ミハイルが呟いた。
今日は弱音に聞こえた。
「完璧にはならないです」
ユウトは正直に言った。
「疲れると戻ります。連続で来たら崩れる場面もあると思います」
「それを分かってて、どうしろと」
「崩れたときに、どう立て直すかを一緒に考えます。完璧じゃなくても、崩れた後で立て直せれば戦い方は変わります」
ミハイルは「……そうか」と言って、また構えを作った。
日が傾くまで繰り返した。
完璧にはならない。
それでも、崩れたあとに戻る速さは少しだけ上がっていた。
それが救いだった。
小さいけど、ゼロではない。
◇
帰り際、リアが練習スペースに顔を出した。
自主練のあとらしく、金髪が少し乱れている。
「組み合わせ見た。私の一回戦、攻撃科なんだけど」
開口一番、それだった。
「確認します。代表名は明日出ます」
「うん」
リアがユウトを見る。
「あんた、相手科の分析してるんでしょ。私の相手も見てほしい」
「分かりました」
リアは「じゃあ」と言って踵を返した。
夕暮れの光の中で、金髪が揺れた。
ミハイルが、ぼそっと言う。
「なんか、お前が参謀みたいだな」
ユウトは「違います」と言おうとして、やめた。
参謀。
その言葉が、思っていたより引っかかった。
戦場には出ない。
術式も撃てない。
でも、見えている。
見えているものを、動ける人間に渡す。
それを何と呼べばいいのか、ユウトにはまだ言葉がなかった。
「……そうかもしれないです」
初めて、否定しなかった。
ミハイルが少し驚いた顔をする。
それから「珍しいな」と言って、荷物を持った。
◇
翌朝、正式な代表名が掲示板に貼り出された。
ユウトは人だかりの端から確認する。
攻撃科代表。
レオ・グランド。
やはり、そうだった。
組み合わせを見ると、レオの一回戦の相手は防御科代表。
つまり、ミハイルだった。
掲示板の前が一瞬静かになる。
それから、すぐに声が上がった。
「ロンド、一回戦でグランドか」
「終わったな。選考で注目されたのに、初戦があれじゃ」
「防御科は運がないな」
通りがかった生徒たちが、そんな声を残して去っていく。
ユウトはそれを聞いていた。
否定はできなかった。
事実として、正面からぶつかればミハイルに勝ち目はない。
レオの出力を、今のミハイルの防壁で受け続けることはできない。
(どう戦うか、じゃない。どう粘るかを考える必要がある)
勝ちを目指す戦いではない。
それでも、何もできずに終わるのとは違う戦い方がある。
見えているなら、そこを探せる。
ミハイルが隣に来た。
掲示板を見て、何も言わない。
しばらく黙っていた。
「…………グランドかよ」
静かな声だった。
笑ってもいない。
諦めてもいない。
ただ、現実を確認している顔だった。
「はい」
「勝てないな」
「正面からは無理です」
「正面以外があるのか」
「あると思います。今日の練習で話しましょう」
ミハイルが少しだけユウトを見た。
それからまた掲示板に視線を戻す。
「……お前が言うなら、あるんだろうな」
確信ではない。
でも、諦めでもなかった。
◇
リアの一回戦の相手は、攻撃科の三年生だった。
観覧日に見た顔だ。
単発の出力は高い。
ただ、連続展開に入ると術式の精度が落ちる。
そこを突ければ、リアの剣技が活きる。
ユウトはノートに書き留めた。
二人分の情報を、頭の中で整理する。
ミハイルは、レオに粘る戦いをする。
リアは、相手の連続展開の乱れを突く。
それぞれに、やれることとやれないことがある。
(どちらも、完璧にはいかない)
それは最初から分かっていた。
でも、見えているほうが見えていないよりはいい。
ユウトはそう思っていた。
ただ、今日はもう一つ引っかかっていることがあった。
レオの欠陥は、まだ残っているはずだ。
一度の練習で治るものではない。
第三層の干渉は、出力を上げるたびに出てくる。
それを抱えたまま、レオは首席として代表に立つ。
欠陥があっても、誰も止められない。
欠陥があっても、誰も気づけない。
それでも、レオは勝ち続けている。
(俺には見えている。でも、それだけだ)
見えていても、レオの前に立てるわけじゃない。
見えていても、ミハイルを勝たせられる保証があるわけでもない。
見えることと、変えられることの間には、まだ大きな距離がある。
掲示板の前を離れるとき、ユウトはレオの名前をもう一度見た。
対抗演習まで、あと七日だった。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




