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第五話「首席の欠陥」

対抗演習まで、あと九日。


ミハイルとの練習は、放課後になるたびに続いていた。

場所は校舎裏の練習スペース。

日が傾くまでやる。

内容は毎回同じではなく、その日の状態を見ながら少しずつ変えていた。


「今日は左側の対応が遅かったです」


「分かってる。体がついてこない」


「焦らなくていいです。右が安定してきた分、左の意識が薄くなってる。順番の問題です」


「順番、か」


ミハイルが防壁を解き、息を整える。


「お前って、怒らないな」


「怒る理由がないので」


「普通、もっと急かすもんだろ。本番まで時間ないのに」


「急かして崩れたら意味がないです」


ミハイルは「そういうとこが変なんだよ」と言って、また構えを作った。


変、というのは否定ではない。

少なくとも、ミハイルの言い方にはそういう温度がなかった。

ユウトはそう思っていた。



翌朝、渡り廊下の窓からリアの自主練を見ていたとき、後ろから声がかかった。


「アーセル」


振り返ると、レオ・グランドが立っていた。

昨日の廊下で見たときと同じ、据わった目でこちらを見ている。


「少し時間があるか」


ユウトは少し迷った。

断る理由はない。

あるとすれば、この状況がよく分からない、それくらいだった。


「あります」


「来い」


それだけ言って、レオが歩き出す。


何なんだ、と思いながらも、ユウトはその後を追った。



連れて行かれたのは、攻撃科の練習棟の外だった。


人が少ない時間を選んだのだろう。

朝練の生徒が遠くに見えるくらいで、周囲に人の気配はほとんどない。


レオが立ち止まり、ユウトを振り返る。


「昨日の演習記録を見た。ミハイルの動きについて、何人かに聞いた」


「……そうですか」


「お前が関与していると言った者が複数いた」


ユウトは否定しなかった。


レオが続ける。


「補助科が、防御科の代表を作った」


「大げさな言い方だと思います」


「事実だろう」


「本人がやりました」


「それはミハイルの話だ」


レオの目が、まっすぐユウトを見ていた。

値踏みではない。

何かを確かめようとしている目だった。


「お前は何をした」


「見えたことを言葉にしただけです」


「見えた、というのは」


「防壁の角度が非効率だった。流す方向に使えば消費が減る。それを伝えました」


「一度見ただけで」


「はい」


レオが少し黙る。

腕を組み、何かを考えていた。


その沈黙が思ったより長くて、ユウトはただ待った。


やがて、レオが口を開く。


「俺の術式を見たことがあるか」


「観覧日に見ました」


「何か見えたか」


ユウトは一瞬、息が止まった。


レオ・グランド。

攻撃魔術科の首席。

対抗演習で全試合を制した実力者が、今、補助科の自分に「何か見えたか」と聞いている。


(どう答えるべきか)


正直に言うか。

それとも流すか。


でも、流せるような目ではなかった。

答えを知っている人間が、確認のために聞いている。

そんな目だった。


「……見えました」


「言え」


命令口調だった。

でも、怒気はない。


ユウトは一拍置く。


「五発目で術式がぶれていました。連続術式の負荷が第三層に集中して、干渉が起きかけた。本人がすぐ立て直したので、誰も気づいていなかったと思います」


レオがわずかに目を細めた。


「それだけか」


「継続すれば、長期戦で同じ箇所に負荷が集中します。相手がそこを狙えば、対処が遅れる可能性があります」


沈黙が落ちた。


レオが空を見る。

それから、またユウトを見た。


「自分でも分かっていた」


静かな声だった。


「第三層の干渉は、半年前から出ている。出力を上げるたびに再現する。原因は分かっていない」


ユウトは少し驚いた。


首席が、自分の欠陥を把握していた。

把握したまま、誰にも言えずにいた。


「……解析してもいいですか」


「それを聞くために呼んだ」


レオは正面に向き直り、術式を展開する構えを取った。


「見ろ」



レオが術式を展開する。


観覧日より出力は落としている。

でも、その分、流れはよく見えた。


第一層。

第二層。

第三層。

順に積み上がっていく。


(やっぱり、ここだ)


第三層の接続部分。

出力が上がるにつれて、微妙なズレが出ている。


術式の構造そのものではない。

展開の順序が、わずかに非効率だった。


「第三層を展開するとき、第二層の安定を待ってから接続していますか」


「そうしている」


「そこが原因だと思います。第二層が安定するまでの間に、第三層の接続点に負荷が溜まっている。第二層と第三層を同時に展開して、接続のタイミングをずらせば干渉が減るはずです」


レオが少し黙った。


「同時展開は難しい」


「最初は難しいですが、接続点だけ意識すれば出力は維持できると思います。見えている範囲では、ですが」


「確証はあるか」


「ありません。試してみないと分かりません」


正直にそう言った。


レオが「そうか」と言って、もう一度術式を展開する。

今度は第二層と第三層を同時に動かそうとしていた。


最初は崩れた。

第三層の接続点が揺れ、安定しない。


「接続点だけ先に固定して、そこから広げるイメージでやってみてください」


レオは頷かず、もう一度やった。


今度は、接続点を先に固定する。

そこから第三層が広がっていく。


干渉が減った。

完全ではない。

でも、明らかに安定した。


グラウンドの向こうで、朝練の生徒が声を上げた。

こちらを見ているわけではない。

ただの朝の喧騒だった。


その中で、ユウトとレオの間だけが妙に静かだった。


レオが術式を解く。


「…………」


何も言わない。

でも、その沈黙は否定ではない。

ユウトにはそう思えた。



しばらくしてから、レオが口を開いた。


「補助科が、これを見抜く」


「たまたま見えただけです」


「お前はいつもそう言うな」


レオは腕を組んだ。

どこか遠くを見るような目になっていた。


「俺は、戦えない者に価値はないと思っている」


「はい」


「今もそう思っている」


ユウトは黙って聞いていた。


「ただ」


レオが続ける。


「戦える者を、より強くする力が存在するとすれば、それは別の話かもしれない」


それだけ言って、レオは歩き出した。


認める、という言葉ではなかった。

歩み寄り、という感じでもない。


でも、昨日までとは少し違う何かがあった。


ユウトはその背中を見ていた。


(別の話、か)


レオにとっては、そういう整理なのだろう。

戦えない者の話ではない。

戦える者を、より強くする力の話だ。


自分の存在を、そういう言葉で認識されたのは初めてだった。

嬉しいとは思わなかった。


でも、何かが少しだけ動いた気がした。



その日の放課後。

ミハイルとの練習が終わったあとで、リアが来た。


二人が練習スペースの端に並んでいるところへ、リアがまっすぐ歩いてくる。


「今朝、グランドとどこかで話してたでしょ」


開口一番、それだった。


「少し話しました」


「何の話」


「術式の話です」


「あんたが、グランドと」


リアが少し黙った。

何かを考えている顔だった。


「グランドから来たのか、あんたから行ったのか」


「向こうから来ました」


「……なんで」


「見えたことを確認したかったみたいです」


リアとミハイルが顔を見合わせる。

ミハイルが「それって、つまり」と言いかけた。


「つまり何でもないです」


ユウトは遮った。


「ただ話しただけです」


でも、リアの目はそう受け取っていなかった。

青紫の瞳が、ユウトをじっと見ている。


「グランドがあんたを必要とした、ってことでしょ」


静かな声だった。


ユウトは返す言葉を探す。

でも、否定しきれる言葉が見つからない。


「……どうでしょう」


曖昧に答える。


リアは「そう」とだけ言って、踵を返した。


「対抗演習、楽しみになってきた」


それだけ言って歩き出す。

夕暮れの光の中で、金髪が揺れた。


隣でミハイルがぼそっと言う。


「お前、気づいてるか」


「何をですか」


「補助科のお前に、剣術科の上位と攻撃科の首席が関わってきてる」


「……たまたまだと思います」


「たまたまで済む話じゃないだろ、これ」


ユウトは少し考えた。

否定しようとして、できなかった。


リア。

ミハイル。

そしてレオ。


一週間前には、誰もユウトに何かを求めてこなかった。


「対抗演習まで、あと八日です」


ユウトは言った。


「今は、それだけ考えましょう」


ミハイルが「お前は本当に変なやつだな」と言って、荷物を持って歩き出した。

ユウトもその後を追う。


廊下の窓の外には、夕暮れが広がっていた。

グラウンドでは、まだ誰かが練習を続けている。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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