第五話「首席の欠陥」
対抗演習まで、あと九日。
ミハイルとの練習は、放課後になるたびに続いていた。
場所は校舎裏の練習スペース。
日が傾くまでやる。
内容は毎回同じではなく、その日の状態を見ながら少しずつ変えていた。
「今日は左側の対応が遅かったです」
「分かってる。体がついてこない」
「焦らなくていいです。右が安定してきた分、左の意識が薄くなってる。順番の問題です」
「順番、か」
ミハイルが防壁を解き、息を整える。
「お前って、怒らないな」
「怒る理由がないので」
「普通、もっと急かすもんだろ。本番まで時間ないのに」
「急かして崩れたら意味がないです」
ミハイルは「そういうとこが変なんだよ」と言って、また構えを作った。
変、というのは否定ではない。
少なくとも、ミハイルの言い方にはそういう温度がなかった。
ユウトはそう思っていた。
◇
翌朝、渡り廊下の窓からリアの自主練を見ていたとき、後ろから声がかかった。
「アーセル」
振り返ると、レオ・グランドが立っていた。
昨日の廊下で見たときと同じ、据わった目でこちらを見ている。
「少し時間があるか」
ユウトは少し迷った。
断る理由はない。
あるとすれば、この状況がよく分からない、それくらいだった。
「あります」
「来い」
それだけ言って、レオが歩き出す。
何なんだ、と思いながらも、ユウトはその後を追った。
◇
連れて行かれたのは、攻撃科の練習棟の外だった。
人が少ない時間を選んだのだろう。
朝練の生徒が遠くに見えるくらいで、周囲に人の気配はほとんどない。
レオが立ち止まり、ユウトを振り返る。
「昨日の演習記録を見た。ミハイルの動きについて、何人かに聞いた」
「……そうですか」
「お前が関与していると言った者が複数いた」
ユウトは否定しなかった。
レオが続ける。
「補助科が、防御科の代表を作った」
「大げさな言い方だと思います」
「事実だろう」
「本人がやりました」
「それはミハイルの話だ」
レオの目が、まっすぐユウトを見ていた。
値踏みではない。
何かを確かめようとしている目だった。
「お前は何をした」
「見えたことを言葉にしただけです」
「見えた、というのは」
「防壁の角度が非効率だった。流す方向に使えば消費が減る。それを伝えました」
「一度見ただけで」
「はい」
レオが少し黙る。
腕を組み、何かを考えていた。
その沈黙が思ったより長くて、ユウトはただ待った。
やがて、レオが口を開く。
「俺の術式を見たことがあるか」
「観覧日に見ました」
「何か見えたか」
ユウトは一瞬、息が止まった。
レオ・グランド。
攻撃魔術科の首席。
対抗演習で全試合を制した実力者が、今、補助科の自分に「何か見えたか」と聞いている。
(どう答えるべきか)
正直に言うか。
それとも流すか。
でも、流せるような目ではなかった。
答えを知っている人間が、確認のために聞いている。
そんな目だった。
「……見えました」
「言え」
命令口調だった。
でも、怒気はない。
ユウトは一拍置く。
「五発目で術式がぶれていました。連続術式の負荷が第三層に集中して、干渉が起きかけた。本人がすぐ立て直したので、誰も気づいていなかったと思います」
レオがわずかに目を細めた。
「それだけか」
「継続すれば、長期戦で同じ箇所に負荷が集中します。相手がそこを狙えば、対処が遅れる可能性があります」
沈黙が落ちた。
レオが空を見る。
それから、またユウトを見た。
「自分でも分かっていた」
静かな声だった。
「第三層の干渉は、半年前から出ている。出力を上げるたびに再現する。原因は分かっていない」
ユウトは少し驚いた。
首席が、自分の欠陥を把握していた。
把握したまま、誰にも言えずにいた。
「……解析してもいいですか」
「それを聞くために呼んだ」
レオは正面に向き直り、術式を展開する構えを取った。
「見ろ」
◇
レオが術式を展開する。
観覧日より出力は落としている。
でも、その分、流れはよく見えた。
第一層。
第二層。
第三層。
順に積み上がっていく。
(やっぱり、ここだ)
第三層の接続部分。
出力が上がるにつれて、微妙なズレが出ている。
術式の構造そのものではない。
展開の順序が、わずかに非効率だった。
「第三層を展開するとき、第二層の安定を待ってから接続していますか」
「そうしている」
「そこが原因だと思います。第二層が安定するまでの間に、第三層の接続点に負荷が溜まっている。第二層と第三層を同時に展開して、接続のタイミングをずらせば干渉が減るはずです」
レオが少し黙った。
「同時展開は難しい」
「最初は難しいですが、接続点だけ意識すれば出力は維持できると思います。見えている範囲では、ですが」
「確証はあるか」
「ありません。試してみないと分かりません」
正直にそう言った。
レオが「そうか」と言って、もう一度術式を展開する。
今度は第二層と第三層を同時に動かそうとしていた。
最初は崩れた。
第三層の接続点が揺れ、安定しない。
「接続点だけ先に固定して、そこから広げるイメージでやってみてください」
レオは頷かず、もう一度やった。
今度は、接続点を先に固定する。
そこから第三層が広がっていく。
干渉が減った。
完全ではない。
でも、明らかに安定した。
グラウンドの向こうで、朝練の生徒が声を上げた。
こちらを見ているわけではない。
ただの朝の喧騒だった。
その中で、ユウトとレオの間だけが妙に静かだった。
レオが術式を解く。
「…………」
何も言わない。
でも、その沈黙は否定ではない。
ユウトにはそう思えた。
◇
しばらくしてから、レオが口を開いた。
「補助科が、これを見抜く」
「たまたま見えただけです」
「お前はいつもそう言うな」
レオは腕を組んだ。
どこか遠くを見るような目になっていた。
「俺は、戦えない者に価値はないと思っている」
「はい」
「今もそう思っている」
ユウトは黙って聞いていた。
「ただ」
レオが続ける。
「戦える者を、より強くする力が存在するとすれば、それは別の話かもしれない」
それだけ言って、レオは歩き出した。
認める、という言葉ではなかった。
歩み寄り、という感じでもない。
でも、昨日までとは少し違う何かがあった。
ユウトはその背中を見ていた。
(別の話、か)
レオにとっては、そういう整理なのだろう。
戦えない者の話ではない。
戦える者を、より強くする力の話だ。
自分の存在を、そういう言葉で認識されたのは初めてだった。
嬉しいとは思わなかった。
でも、何かが少しだけ動いた気がした。
◇
その日の放課後。
ミハイルとの練習が終わったあとで、リアが来た。
二人が練習スペースの端に並んでいるところへ、リアがまっすぐ歩いてくる。
「今朝、グランドとどこかで話してたでしょ」
開口一番、それだった。
「少し話しました」
「何の話」
「術式の話です」
「あんたが、グランドと」
リアが少し黙った。
何かを考えている顔だった。
「グランドから来たのか、あんたから行ったのか」
「向こうから来ました」
「……なんで」
「見えたことを確認したかったみたいです」
リアとミハイルが顔を見合わせる。
ミハイルが「それって、つまり」と言いかけた。
「つまり何でもないです」
ユウトは遮った。
「ただ話しただけです」
でも、リアの目はそう受け取っていなかった。
青紫の瞳が、ユウトをじっと見ている。
「グランドがあんたを必要とした、ってことでしょ」
静かな声だった。
ユウトは返す言葉を探す。
でも、否定しきれる言葉が見つからない。
「……どうでしょう」
曖昧に答える。
リアは「そう」とだけ言って、踵を返した。
「対抗演習、楽しみになってきた」
それだけ言って歩き出す。
夕暮れの光の中で、金髪が揺れた。
隣でミハイルがぼそっと言う。
「お前、気づいてるか」
「何をですか」
「補助科のお前に、剣術科の上位と攻撃科の首席が関わってきてる」
「……たまたまだと思います」
「たまたまで済む話じゃないだろ、これ」
ユウトは少し考えた。
否定しようとして、できなかった。
リア。
ミハイル。
そしてレオ。
一週間前には、誰もユウトに何かを求めてこなかった。
「対抗演習まで、あと八日です」
ユウトは言った。
「今は、それだけ考えましょう」
ミハイルが「お前は本当に変なやつだな」と言って、荷物を持って歩き出した。
ユウトもその後を追う。
廊下の窓の外には、夕暮れが広がっていた。
グラウンドでは、まだ誰かが練習を続けている。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




