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第四話「流れを変える者」

ミハイルが、代表に通った。

その瞬間だけで、十分だった。

少なくともユウトには、そう思えた。


代表選考は、放課後のグラウンドで行われた。

防御魔術科から選考に出た生徒は、ミハイルを含めて四人。


形式は単純だ。

審査担当の教師の前で、一対一の模擬戦を一回ずつ行う。

結果と内容を総合して、代表を一名選ぶ。


ミハイルの対戦相手は、防御科の中では実力者として知られている三年生だった。

体格がいい。

防壁の展開も速い。

昨年の対抗演習に出た実績もある。


グラウンドの端で、ユウトは腕を組んで立っていた。

補助科の生徒が選考を見に来るのは珍しい。

何人かが視線を向けてきたが、ユウトは気にしなかった。


今はそれどころじゃない。

見るべきものがある。


(相手の展開、右側が強い。左に誘導できれば)


昨日までの練習で、ミハイルには二つのことを伝えていた。


一つ目は、防壁の角度。

二つ目は、相手の攻撃の癖を読んで展開のタイミングを合わせること。


どちらも、ミハイル自身がやらなければ意味がない。

ユウトにできるのは、見えていることを言葉にするところまでだ。


試合が始まった。



相手の三年生が先に動いた。


右側から術式を展開し、ミハイルの正面へ圧力をかける。

速い。

昨年の代表経験者だけあって、展開の精度が高い。


ミハイルが防壁を張った。

斜めに。


角度がついている。

攻撃の力が横へ流れた。

正面で受け止めた場合より、明らかに消費が少ない。


(いい。タイミングも合ってる)


相手が二撃目を打ち込んだ。

今度は角度を変えて、左側から。


ミハイルが一拍遅れた。

防壁が正面に戻りかける。


崩れるか、と思った。

でも、持ち直した。

完全ではない。

それでも、崩れなかった。


三撃目。

相手が連続展開に切り替える。

速いテンポで術式を重ねてきた。


ミハイルの防壁が揺れる。

消費も増えている。


でも、層が減らない。

余裕を確保した分が、ここで生きていた。


四撃目の瞬間、ミハイルが動く。


防壁を斜めに展開したまま、相手の攻撃を横へ流す。

それと同時に、第三層を展開した。


薄い。

でも、たしかにそこにある。

三層構造が、初めて成立した。


相手の術式が、その第三層に当たって止まる。


グラウンドが静かになった。


審査教師が何かをボードに書き込んでいる。

周囲の生徒が顔を見合わせていた。


「ミハイルって、あんな動きできたっけ」

「三層展開、初めて見た気がする」

「誰かに教わったのか」


そういう声が聞こえた。


ミハイルが防壁を解いて、こちらを見た。

目が合う。


何も言わなかった。

でも、その顔には昨日の練習スペースとは別の何かがあった。

結果が出た、という顔だった。



選考の結果が出たのは、三十分後だった。


審査教師が四人を前に立たせて、名前を読み上げる。


「防御科代表、ミハイル・ロンド」


ミハイルが小さく息を吐いた。

隣の生徒が驚いた顔をしていた。


三年生の対戦相手は、複雑な表情で前を向いている。

ユウトはグラウンドの端で、それを聞いていた。


(通った)


それだけ思った。


嬉しいとか、誇らしいとか、そういう感情が来るかと思ったが、来なかった。

ただ、見えていたことが合っていた。

その静かな確認だけが残った。


ミハイルが審査教師に何か聞かれて、答えている。

何を聞かれたのかは聞こえなかった。


ただ、ミハイルが「一人で考えました」と言ったのだけは聞こえた。


ユウトは何も言わなかった。

それでいいと思った。



帰り際、ミハイルがユウトの隣に来た。


「通った」


「聞こえてました」


「お前のおかげだ」


「自分でやったんだと思います」


「そういうとこが面倒くさいんだよ、お前は」


ミハイルが前を向いたまま言う。


「でも、まあ、ありがとう」


ユウトは少し考えてから言った。


「対抗演習まで続けましょう」


「選考を通っただけで、本番はこれからです。相手科の代表の情報が出たら、また一緒に考えます」


「……そこまでやってくれるのか」


「やれることをやるだけです」


ミハイルが少し黙った。


「お前って、なんで補助科にいるんだろうな」


独り言みたいな言い方だった。

答えを求めているわけではなさそうだったので、ユウトも答えなかった。


廊下の角で、二人は別れた。



翌日の朝、グラウンドでリアが自主練をしていた。


ユウトが渡り廊下を通りがかると、リアが顔を上げる。


「ミハイルが代表に通ったって聞いた」


「はい」


「あんたが関係してるんでしょ」


「少し手伝いました」


「少し、ね」


リアが模擬剣を下ろした。

青紫色の瞳が、まっすぐこちらを向いている。


「昨日の選考、見てた人間が何人かいた。ミハイルの動きが変わったって、今朝から話になってる」


「そうですか」


「あんたの名前も出てる」


「……それは困りますね」


「なんで」


「目立つと、やりにくくなることがあるので」


「補助科が、ってこと?」


「はい」


リアは少しの間、ユウトを見ていた。

やがて、模擬剣を構え直す。


「対抗演習まで、引き続き頼む」


「はい」


「ミハイルのことも続けてやってあげて」


「そのつもりです」


リアがそこで少しだけ間を置いた。


「……あんたって、自分の心配はしないの?」


ユウトは少し意外に思った。

そういう聞き方をされたのは初めてだった。


「自分のことは、あまり考えてないです」


「それが問題だと思う」


リアはそれだけ言って、また打ち込みを始めた。

踏み込みの音が、朝の空気に重く響いた。


その一言が、少しだけ残った。



昼過ぎ、ユウトは図書室で過去の対抗演習の記録を調べていた。


ミハイルの対戦相手が決まれば、事前に傾向を把握しておきたかった。


(攻撃科の代表は、たぶんグランドだ)


去年の記録を見ると、レオ・グランドは対抗演習で全試合を一方的に制している。

ミハイルが当たる可能性は組み合わせ次第だが、当たったとしても正面からでは勝てない。


でも、負けるにしても、崩れて負けるのと粘って負けるのは違う。

粘れた、という事実は次につながる。


窓の外に、グラウンドが見えた。

放課後の自主練が始まっている。


リアが剣を振っている。

少し離れた場所で、ミハイルが防壁を展開している。


二人とも、別々の練習をしている。

でも、どちらもユウトには見えている。


(見えているなら、使えばいい)


いつもなら、「見えても、それだけだ」で終わるところだった。

でも今日は、その続きが来た。


それがいつから変わったのか、ユウトには分からない。

ただ、もう変わっていた。



夕方、廊下でレオ・グランドとすれ違った。


正確には、すれ違いざまに止まられた。

レオが振り返る。

据わった目が、ユウトを見ていた。


「補助科」


「はい」


「ミハイルの選考、見ていたか」


「見ていました」


「あれはミハイル自身の実力か」


ユウトは少し考えた。


「本人がやりました」


「教えたのはお前か」


「少し話をしただけです」


「補助科が、防御科に」


レオが繰り返した。

嘲笑ではなかった。

ただ、事実を整理しているような言い方だった。


少しの間があく。

レオが前を向いた。


「対抗演習で会うかもしれないな」


それだけ言って、歩き出した。

足音が廊下に遠ざかっていく。


ユウトはその背中を見ていた。


「会う」という言葉の意味が、よく分からなかった。

補助科は対抗演習に出ない。

レオが何を指してそう言ったのか、判断がつかない。


(……何だったんだ、今の)


首を傾げながら、ユウトは歩き出した。

廊下の窓の外には、夕暮れが広がっていた。


対抗演習まで、あと十日だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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