第四話「流れを変える者」
ミハイルが、代表に通った。
その瞬間だけで、十分だった。
少なくともユウトには、そう思えた。
代表選考は、放課後のグラウンドで行われた。
防御魔術科から選考に出た生徒は、ミハイルを含めて四人。
形式は単純だ。
審査担当の教師の前で、一対一の模擬戦を一回ずつ行う。
結果と内容を総合して、代表を一名選ぶ。
ミハイルの対戦相手は、防御科の中では実力者として知られている三年生だった。
体格がいい。
防壁の展開も速い。
昨年の対抗演習に出た実績もある。
グラウンドの端で、ユウトは腕を組んで立っていた。
補助科の生徒が選考を見に来るのは珍しい。
何人かが視線を向けてきたが、ユウトは気にしなかった。
今はそれどころじゃない。
見るべきものがある。
(相手の展開、右側が強い。左に誘導できれば)
昨日までの練習で、ミハイルには二つのことを伝えていた。
一つ目は、防壁の角度。
二つ目は、相手の攻撃の癖を読んで展開のタイミングを合わせること。
どちらも、ミハイル自身がやらなければ意味がない。
ユウトにできるのは、見えていることを言葉にするところまでだ。
試合が始まった。
◇
相手の三年生が先に動いた。
右側から術式を展開し、ミハイルの正面へ圧力をかける。
速い。
昨年の代表経験者だけあって、展開の精度が高い。
ミハイルが防壁を張った。
斜めに。
角度がついている。
攻撃の力が横へ流れた。
正面で受け止めた場合より、明らかに消費が少ない。
(いい。タイミングも合ってる)
相手が二撃目を打ち込んだ。
今度は角度を変えて、左側から。
ミハイルが一拍遅れた。
防壁が正面に戻りかける。
崩れるか、と思った。
でも、持ち直した。
完全ではない。
それでも、崩れなかった。
三撃目。
相手が連続展開に切り替える。
速いテンポで術式を重ねてきた。
ミハイルの防壁が揺れる。
消費も増えている。
でも、層が減らない。
余裕を確保した分が、ここで生きていた。
四撃目の瞬間、ミハイルが動く。
防壁を斜めに展開したまま、相手の攻撃を横へ流す。
それと同時に、第三層を展開した。
薄い。
でも、たしかにそこにある。
三層構造が、初めて成立した。
相手の術式が、その第三層に当たって止まる。
グラウンドが静かになった。
審査教師が何かをボードに書き込んでいる。
周囲の生徒が顔を見合わせていた。
「ミハイルって、あんな動きできたっけ」
「三層展開、初めて見た気がする」
「誰かに教わったのか」
そういう声が聞こえた。
ミハイルが防壁を解いて、こちらを見た。
目が合う。
何も言わなかった。
でも、その顔には昨日の練習スペースとは別の何かがあった。
結果が出た、という顔だった。
◇
選考の結果が出たのは、三十分後だった。
審査教師が四人を前に立たせて、名前を読み上げる。
「防御科代表、ミハイル・ロンド」
ミハイルが小さく息を吐いた。
隣の生徒が驚いた顔をしていた。
三年生の対戦相手は、複雑な表情で前を向いている。
ユウトはグラウンドの端で、それを聞いていた。
(通った)
それだけ思った。
嬉しいとか、誇らしいとか、そういう感情が来るかと思ったが、来なかった。
ただ、見えていたことが合っていた。
その静かな確認だけが残った。
ミハイルが審査教師に何か聞かれて、答えている。
何を聞かれたのかは聞こえなかった。
ただ、ミハイルが「一人で考えました」と言ったのだけは聞こえた。
ユウトは何も言わなかった。
それでいいと思った。
◇
帰り際、ミハイルがユウトの隣に来た。
「通った」
「聞こえてました」
「お前のおかげだ」
「自分でやったんだと思います」
「そういうとこが面倒くさいんだよ、お前は」
ミハイルが前を向いたまま言う。
「でも、まあ、ありがとう」
ユウトは少し考えてから言った。
「対抗演習まで続けましょう」
「選考を通っただけで、本番はこれからです。相手科の代表の情報が出たら、また一緒に考えます」
「……そこまでやってくれるのか」
「やれることをやるだけです」
ミハイルが少し黙った。
「お前って、なんで補助科にいるんだろうな」
独り言みたいな言い方だった。
答えを求めているわけではなさそうだったので、ユウトも答えなかった。
廊下の角で、二人は別れた。
◇
翌日の朝、グラウンドでリアが自主練をしていた。
ユウトが渡り廊下を通りがかると、リアが顔を上げる。
「ミハイルが代表に通ったって聞いた」
「はい」
「あんたが関係してるんでしょ」
「少し手伝いました」
「少し、ね」
リアが模擬剣を下ろした。
青紫色の瞳が、まっすぐこちらを向いている。
「昨日の選考、見てた人間が何人かいた。ミハイルの動きが変わったって、今朝から話になってる」
「そうですか」
「あんたの名前も出てる」
「……それは困りますね」
「なんで」
「目立つと、やりにくくなることがあるので」
「補助科が、ってこと?」
「はい」
リアは少しの間、ユウトを見ていた。
やがて、模擬剣を構え直す。
「対抗演習まで、引き続き頼む」
「はい」
「ミハイルのことも続けてやってあげて」
「そのつもりです」
リアがそこで少しだけ間を置いた。
「……あんたって、自分の心配はしないの?」
ユウトは少し意外に思った。
そういう聞き方をされたのは初めてだった。
「自分のことは、あまり考えてないです」
「それが問題だと思う」
リアはそれだけ言って、また打ち込みを始めた。
踏み込みの音が、朝の空気に重く響いた。
その一言が、少しだけ残った。
◇
昼過ぎ、ユウトは図書室で過去の対抗演習の記録を調べていた。
ミハイルの対戦相手が決まれば、事前に傾向を把握しておきたかった。
(攻撃科の代表は、たぶんグランドだ)
去年の記録を見ると、レオ・グランドは対抗演習で全試合を一方的に制している。
ミハイルが当たる可能性は組み合わせ次第だが、当たったとしても正面からでは勝てない。
でも、負けるにしても、崩れて負けるのと粘って負けるのは違う。
粘れた、という事実は次につながる。
窓の外に、グラウンドが見えた。
放課後の自主練が始まっている。
リアが剣を振っている。
少し離れた場所で、ミハイルが防壁を展開している。
二人とも、別々の練習をしている。
でも、どちらもユウトには見えている。
(見えているなら、使えばいい)
いつもなら、「見えても、それだけだ」で終わるところだった。
でも今日は、その続きが来た。
それがいつから変わったのか、ユウトには分からない。
ただ、もう変わっていた。
◇
夕方、廊下でレオ・グランドとすれ違った。
正確には、すれ違いざまに止まられた。
レオが振り返る。
据わった目が、ユウトを見ていた。
「補助科」
「はい」
「ミハイルの選考、見ていたか」
「見ていました」
「あれはミハイル自身の実力か」
ユウトは少し考えた。
「本人がやりました」
「教えたのはお前か」
「少し話をしただけです」
「補助科が、防御科に」
レオが繰り返した。
嘲笑ではなかった。
ただ、事実を整理しているような言い方だった。
少しの間があく。
レオが前を向いた。
「対抗演習で会うかもしれないな」
それだけ言って、歩き出した。
足音が廊下に遠ざかっていく。
ユウトはその背中を見ていた。
「会う」という言葉の意味が、よく分からなかった。
補助科は対抗演習に出ない。
レオが何を指してそう言ったのか、判断がつかない。
(……何だったんだ、今の)
首を傾げながら、ユウトは歩き出した。
廊下の窓の外には、夕暮れが広がっていた。
対抗演習まで、あと十日だった。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




