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第三話「見るだけで分かる人間が」

リアの順位が、一気に四つ上がっていた。

しかも八位から四位だ。

さすがに目を引いた。


月初めの掲示板は、いつも人だかりができる。

ユウトはその端を通りがかって、剣術科の欄に目を止めた。


ソレイユ・リア。

先月八位。

今月四位。


四つ上がっていた。


(良かった。合ってた)


それだけ思って、また歩き出す。

背後で声がした。


「ソレイユって今月四位まで上がったぞ」

「先月八位だったのに、何があった」

「上位陣に食い込んでくるとは思わなかったな」


会話がそのまま廊下に流れていく。

ユウトはそれを聞きながら、補助科の棟へ向かった。



昼休み。

ミハイルが、購買のサンドイッチを半分だけ食べた状態で机に突っ伏していた。


何だその潰れ方、と思って声をかける。


「どうしたんですか」


「実技の採点結果が返ってきた」


ミハイルは顔を上げないまま言った。


「また低い」


ユウトは隣の席に座る。


「何点でしたか」


「六十二。平均以下。防御特化で六十二って、どういう採点基準なんだよ」


ミハイルがようやく顔を上げた。


「攻撃力がないと点数が出ない仕組みになってるんだよ、あの評価って。防御に全部振ってるのに、攻撃の数値が低いからって減点される。おかしくないか」


「先生に言ったことありますか」


「言ったよ。バランスよく鍛えろって言われた」


ミハイルはサンドイッチの残りをかじった。

怒っているというより、疲れている顔だ。


「バランスって何だよ。専門科に来てるのに」


たしかに、とは思う。

思うが、そこで終わるのも違う気がした。


ユウトは少し考えてから口を開く。


「一個だけ聞いていいですか」


「なんだよ」


「先週の実技で、第二防壁を展開するとき、なんで正面に張ったんですか」


ミハイルが首を傾げた。


「正面に張るのが基本だろ。相手の攻撃を受け止めるために」


「受け止めるより、流す方向に使えば魔力消費が減ります」


「流す?」


「防壁を斜めに角度をつけて展開すると、攻撃の力を横に逃がせる。正面で全部受けるより、消費が三割は違うはずです。余った魔力を第三層の展開に回せれば、今より防御の層が一枚増やせる」


ミハイルはしばらく黙った。

サンドイッチを持ったまま、宙を見ている。


「……それ、本当に?」


「たぶん。試してみないと分からないですが」


「なんでそんなこと分かるんだよ」


ミハイルが少し前のめりになる。


「お前、先週の俺の実技見てたのか」


「観覧席にいたので」


「俺のことなんか見てないと思ってた」


ユウトは「通りがかりにだいたい全員見てます」と言った。

ミハイルが何とも言えない顔をする。


その顔は、少しだけ面白かった。



放課後になると、ミハイルが「ちょっと付き合ってくれ」と言ってきた。


連れて行かれたのは、校舎裏の小さな練習スペースだった。

魔術科の生徒が個人練習に使う場所で、この時間帯はほとんど人がいない。


ミハイルが中央に立つ。

ユウトは壁際で腕を組んだ。


「やってみる」


ミハイルが防壁を展開する。

正面に。

いつも通りの形だった。


「今のが基本形ですね」


「ああ。これを斜めにするって、どのくらいの角度だ」


「三十度くらいから試してみてください。右に流すイメージで」


ミハイルが頷いて、もう一度展開した。


防壁の角度が変わる。

でも、展開のタイミングが遅い。

魔力の流れが少し詰まっていた。


「タイミングが少し遅いです。展開は踏み込みの直後じゃなくて、一拍前」


「一拍前って、踏み込む前に展開するってことか」


「攻撃が来てから反応するんじゃなくて、来ると読んで先に張るイメージです」


ミハイルがもう一度やる。

今度はタイミングが合ってきた。

ただ、角度が戻った。

元の癖が出ている。


「角度が正面に戻ってます」


「分かってるけど戻るんだよ」


ミハイルが少し苛立った声を出した。


「体が勝手にそっちに行く」


「癖は時間がかかります。まずはゆっくりでいいので、正しい形だけ繰り返してください」


ミハイルが深呼吸して、もう一度やる。


今度は、防壁の流れが変わった。

角度がついている。

展開のタイミングも早い。

魔力が逃げていく方向に、きちんと向きが揃っていた。


「……なんか、軽い」


「消費が減ってます。余裕が出てる分、次の展開が速くなるはずです」


ミハイルが防壁を解いて、ユウトを振り返る。


「お前、補助科でこんなことやってるの普通なの」


「普通じゃないと思います」


「だよな」


ミハイルが苦笑した。


「なんで今まで黙ってたんだよ」


ユウトは少し考える。


「言う相手がいなかったので」


ミハイルは何か言いかけて、やめた。

結局、「そうか」とだけ言って、また構えを作る。


「もう一回やる。見ててくれ」


日が傾くまで、二人はその練習スペースにいた。



帰り支度をしていたユウトに、廊下でリアが声をかけてきた。


「ランキング、見た?」


「通りがかりに」


「四位まで上がった」


リアが言う。


「先生に聞いたら、連続動作の安定性が上がったって言われた。魔力制御の評価コメントから、粗さって言葉が消えた」


「良かったです」


「ちゃんと礼を言う」


リアがユウトを正面から見た。

目がまっすぐだった。


「ありがとう。あんたのおかげだ」


ユウトは返す言葉を探した。

こういう場面に慣れていない。

礼を言われること自体に、どう返せばいいのか分からなかった。


「自分で直したんだと思います。俺は見ただけで」


「見るだけで分かる人間が、どこにでもいると思うな」


リアはそれだけ言って、踵を返した。

足音が廊下の奥へ遠ざかっていく。

夕暮れの光の中で、金髪が揺れた。


ユウトはその背中を見ながら、うまく返せなかったことに気づく。

何か言えたはずだった。

でも、言葉が出てこなかった。


(見るだけで分かる人間が、どこにでもいると思うな)


そのままの言葉が、頭に残った。


自分の「見る力」を、価値として言ってくれた人間はこれまでほとんどいなかった。

半端者とか、火力がないとか。

そういう言葉には慣れている。


でも、見えていることそのものを、あの口調で言われたのは初めてだった。


少しだけ、落ち着かなかった。



翌朝。

ミハイルが教室に入ってくるなり、珍しく表情があった。


眠そうでもない。

疲れてもいない。

何かを決めた顔をしている。


「防御科の代表選考、受けてみる」


席に座りながら、ぼそっと言った。


「昨日あれができたなら、もしかしたらと思って」


ユウトは少し考えた。

防御科の代表選考。

対抗演習まで二週間を切っている。


昨日の練習スペースで、ミハイルの防壁の流れが変わった瞬間を思い出す。

あれはまだ始まりにすぎない。

でも、始まりではあった。


「出るなら、手伝えることがあるかもしれません」


ミハイルが顔を上げる。


「本当に?」


「昨日の続きをやりましょう。選考まで時間はないですが、やれることはあります」


ミハイルは少しの間、ユウトを見ていた。

それからいつものぼんやりした顔に戻って、「分かった」と言った。


それだけだった。

でも、声の温度が少し違っていた。


窓の外では、グラウンドの朝練が始まっていた。

リア・ソレイユの金髪が、朝の光の中で動いている。

踏み込みのたびに、音が重くなっていた。


ミハイルはその方向を一度だけ見て、また前を向く。


(二人、か)


ユウトは、気づいたらそう思っていた。

言う相手がいなかった力が、今は二人に向いている。


それがどういう意味を持つのか、まだよく分からない。

ただ、悪い気分ではなかった。


でも、その先で何が起きるのかは、まだ何一つ見えていなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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