第三話「見るだけで分かる人間が」
リアの順位が、一気に四つ上がっていた。
しかも八位から四位だ。
さすがに目を引いた。
月初めの掲示板は、いつも人だかりができる。
ユウトはその端を通りがかって、剣術科の欄に目を止めた。
ソレイユ・リア。
先月八位。
今月四位。
四つ上がっていた。
(良かった。合ってた)
それだけ思って、また歩き出す。
背後で声がした。
「ソレイユって今月四位まで上がったぞ」
「先月八位だったのに、何があった」
「上位陣に食い込んでくるとは思わなかったな」
会話がそのまま廊下に流れていく。
ユウトはそれを聞きながら、補助科の棟へ向かった。
◇
昼休み。
ミハイルが、購買のサンドイッチを半分だけ食べた状態で机に突っ伏していた。
何だその潰れ方、と思って声をかける。
「どうしたんですか」
「実技の採点結果が返ってきた」
ミハイルは顔を上げないまま言った。
「また低い」
ユウトは隣の席に座る。
「何点でしたか」
「六十二。平均以下。防御特化で六十二って、どういう採点基準なんだよ」
ミハイルがようやく顔を上げた。
「攻撃力がないと点数が出ない仕組みになってるんだよ、あの評価って。防御に全部振ってるのに、攻撃の数値が低いからって減点される。おかしくないか」
「先生に言ったことありますか」
「言ったよ。バランスよく鍛えろって言われた」
ミハイルはサンドイッチの残りをかじった。
怒っているというより、疲れている顔だ。
「バランスって何だよ。専門科に来てるのに」
たしかに、とは思う。
思うが、そこで終わるのも違う気がした。
ユウトは少し考えてから口を開く。
「一個だけ聞いていいですか」
「なんだよ」
「先週の実技で、第二防壁を展開するとき、なんで正面に張ったんですか」
ミハイルが首を傾げた。
「正面に張るのが基本だろ。相手の攻撃を受け止めるために」
「受け止めるより、流す方向に使えば魔力消費が減ります」
「流す?」
「防壁を斜めに角度をつけて展開すると、攻撃の力を横に逃がせる。正面で全部受けるより、消費が三割は違うはずです。余った魔力を第三層の展開に回せれば、今より防御の層が一枚増やせる」
ミハイルはしばらく黙った。
サンドイッチを持ったまま、宙を見ている。
「……それ、本当に?」
「たぶん。試してみないと分からないですが」
「なんでそんなこと分かるんだよ」
ミハイルが少し前のめりになる。
「お前、先週の俺の実技見てたのか」
「観覧席にいたので」
「俺のことなんか見てないと思ってた」
ユウトは「通りがかりにだいたい全員見てます」と言った。
ミハイルが何とも言えない顔をする。
その顔は、少しだけ面白かった。
◇
放課後になると、ミハイルが「ちょっと付き合ってくれ」と言ってきた。
連れて行かれたのは、校舎裏の小さな練習スペースだった。
魔術科の生徒が個人練習に使う場所で、この時間帯はほとんど人がいない。
ミハイルが中央に立つ。
ユウトは壁際で腕を組んだ。
「やってみる」
ミハイルが防壁を展開する。
正面に。
いつも通りの形だった。
「今のが基本形ですね」
「ああ。これを斜めにするって、どのくらいの角度だ」
「三十度くらいから試してみてください。右に流すイメージで」
ミハイルが頷いて、もう一度展開した。
防壁の角度が変わる。
でも、展開のタイミングが遅い。
魔力の流れが少し詰まっていた。
「タイミングが少し遅いです。展開は踏み込みの直後じゃなくて、一拍前」
「一拍前って、踏み込む前に展開するってことか」
「攻撃が来てから反応するんじゃなくて、来ると読んで先に張るイメージです」
ミハイルがもう一度やる。
今度はタイミングが合ってきた。
ただ、角度が戻った。
元の癖が出ている。
「角度が正面に戻ってます」
「分かってるけど戻るんだよ」
ミハイルが少し苛立った声を出した。
「体が勝手にそっちに行く」
「癖は時間がかかります。まずはゆっくりでいいので、正しい形だけ繰り返してください」
ミハイルが深呼吸して、もう一度やる。
今度は、防壁の流れが変わった。
角度がついている。
展開のタイミングも早い。
魔力が逃げていく方向に、きちんと向きが揃っていた。
「……なんか、軽い」
「消費が減ってます。余裕が出てる分、次の展開が速くなるはずです」
ミハイルが防壁を解いて、ユウトを振り返る。
「お前、補助科でこんなことやってるの普通なの」
「普通じゃないと思います」
「だよな」
ミハイルが苦笑した。
「なんで今まで黙ってたんだよ」
ユウトは少し考える。
「言う相手がいなかったので」
ミハイルは何か言いかけて、やめた。
結局、「そうか」とだけ言って、また構えを作る。
「もう一回やる。見ててくれ」
日が傾くまで、二人はその練習スペースにいた。
◇
帰り支度をしていたユウトに、廊下でリアが声をかけてきた。
「ランキング、見た?」
「通りがかりに」
「四位まで上がった」
リアが言う。
「先生に聞いたら、連続動作の安定性が上がったって言われた。魔力制御の評価コメントから、粗さって言葉が消えた」
「良かったです」
「ちゃんと礼を言う」
リアがユウトを正面から見た。
目がまっすぐだった。
「ありがとう。あんたのおかげだ」
ユウトは返す言葉を探した。
こういう場面に慣れていない。
礼を言われること自体に、どう返せばいいのか分からなかった。
「自分で直したんだと思います。俺は見ただけで」
「見るだけで分かる人間が、どこにでもいると思うな」
リアはそれだけ言って、踵を返した。
足音が廊下の奥へ遠ざかっていく。
夕暮れの光の中で、金髪が揺れた。
ユウトはその背中を見ながら、うまく返せなかったことに気づく。
何か言えたはずだった。
でも、言葉が出てこなかった。
(見るだけで分かる人間が、どこにでもいると思うな)
そのままの言葉が、頭に残った。
自分の「見る力」を、価値として言ってくれた人間はこれまでほとんどいなかった。
半端者とか、火力がないとか。
そういう言葉には慣れている。
でも、見えていることそのものを、あの口調で言われたのは初めてだった。
少しだけ、落ち着かなかった。
◇
翌朝。
ミハイルが教室に入ってくるなり、珍しく表情があった。
眠そうでもない。
疲れてもいない。
何かを決めた顔をしている。
「防御科の代表選考、受けてみる」
席に座りながら、ぼそっと言った。
「昨日あれができたなら、もしかしたらと思って」
ユウトは少し考えた。
防御科の代表選考。
対抗演習まで二週間を切っている。
昨日の練習スペースで、ミハイルの防壁の流れが変わった瞬間を思い出す。
あれはまだ始まりにすぎない。
でも、始まりではあった。
「出るなら、手伝えることがあるかもしれません」
ミハイルが顔を上げる。
「本当に?」
「昨日の続きをやりましょう。選考まで時間はないですが、やれることはあります」
ミハイルは少しの間、ユウトを見ていた。
それからいつものぼんやりした顔に戻って、「分かった」と言った。
それだけだった。
でも、声の温度が少し違っていた。
窓の外では、グラウンドの朝練が始まっていた。
リア・ソレイユの金髪が、朝の光の中で動いている。
踏み込みのたびに、音が重くなっていた。
ミハイルはその方向を一度だけ見て、また前を向く。
(二人、か)
ユウトは、気づいたらそう思っていた。
言う相手がいなかった力が、今は二人に向いている。
それがどういう意味を持つのか、まだよく分からない。
ただ、悪い気分ではなかった。
でも、その先で何が起きるのかは、まだ何一つ見えていなかった。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




