第二話「点数にならない力」
翌朝、リアが待っていた。
しかも、明らかに俺を探していた。
朝から何だ、と思った。
ユウトは少し早めに登校していた。
それはいつものことだ。
補助科の教室は棟の端にある。
廊下が混む前に移動したほうが楽だった。
理由はそれだけ。
中庭を抜けて、渡り廊下に入る。
その先に、リア・ソレイユがいた。
「いた」
開口一番、それだった。
探していた、という顔をしている。
「……おはようございます」
「昨日の話、続きがある」
続き。
その言葉に、ユウトは少し迷った。
昨日の模擬戦のことなら、自分にはもう言うことはない。
言いたいことは全部言ったはずだった。
「肩の件は、あれで全部です」
「そっちじゃない」
リアは足を止めて、ユウトを正面から見た。
朝の光の中でも、金髪はよく目立つ。
青紫色の瞳が、まっすぐこちらを向いていた。
「あんた、他の人間の術式も同じように見えるの」
ユウトは少し考える。
「……人によりますが、大体は」
「レオ・グランドは?」
「昨日の観覧で見ました」
「どうだった」
どうだった、と聞かれても答えにくい。
グランドは首席だ。
その評価に水を差すような話を、剣術科の生徒にしていいのか。
そこはすぐに判断できなかった。
「強いと思います」
とりあえず、そう答えた。
「それだけ?」
「……細かい話は、あまり人前でするものじゃないと思っていて」
リアは少し黙った。
それから、「ここには誰もいない」と言った。
渡り廊下を見回す。
たしかに、人の気配はない。
朝の早い時間帯だった。
ユウトは一拍置いてから口を開いた。
「五発目で術式がわずかにぶれました。連続術式の負荷が第三層に集中していて、干渉が起きかけた。本人がすぐ立て直したので問題にはなりませんでしたが、あの出力で長期戦になれば、どこかで同じことが起きると思います」
リアはじっとユウトを見ていた。
「……それ、グランド本人は気づいてると思う?」
「どうでしょう。立て直しは速かったので、感覚的には掴んでいるかもしれません。ただ、原因の構造まで把握しているかは分かりません」
「あんたは把握してる」
「見えただけです」
リアはしばらく考えていた。
やがて「分かった」とだけ言って歩き出す。
そこでユウトは、少しだけ迷ってから声をかけた。
「あの」
リアは止まらない。
「何のために聞いたんですか」
振り返らないまま、リアが答えた。
「あんたが何者か、確認したかっただけ」
それきり、足音が遠ざかっていった。
何者か。
そんな言い方をされると、少しだけ落ち着かない。
でも、その理由を考える前に一時間目が近づいていた。
◇
一時間目が始まる前。
ユウトは教室の自分の席でノートを開いた。
補助魔術科の授業は、他科とかなり違う。
攻撃術式の理論や剣技の実践ではなく、中心になるのは魔力の補助、付与、回復の座学だ。
戦闘の主役を支える技術。
建前としてはそういうことになっている。
でも実際の授業は、「現場で使える」場面をほとんど想定していない。
理由は単純だった。
補助科の卒業生の大半は、前線に出ないからだ。
セルディア王立魔導学院は、国内の魔術・武術の担い手を育てる機関だ。
卒業後の進路として多いのは、国軍の術士部隊、貴族家付きの魔術師、民間の術式工房、そのあたりになる。
戦闘職に就く生徒の大半は攻撃科か剣術科。
防御科がそれに次ぐ。
補助科は後方支援か、研究職か、あるいは別の道だ。
前線に立つ前提で語られること自体が、そもそも少ない。
「だから補助科は評価されにくいんだよ」
隣でミハイルが言った。
いつの間にか席についていた。
「数値で測れないことをやってるのに、評価は数値でしかつけられない。制度の設計が終わってる」
「珍しく怒ってる」
「怒ってない。ただ事実を言ってる」
ミハイルは頬杖をついた。
「今月の科別ランキング見たか。補助科、また最下位だったぞ」
「見た」
「お前は何も思わないの」
ユウトは少し考える。
「思っても変わらないので」
「それが問題なんだよな」
ミハイルはそう言ったが、それ以上は追及しなかった。
科別ランキングは月ごとに更新される。
評価軸は、実技点、試験点、貢献度の三項目だ。
補助科は実技点がそもそも低く設定されている。
貢献度の基準も、攻撃・防御の補助実績で測られるため、単独では数値が上がりにくい。
制度として不利が組み込まれている。
ユウトもそう思っていた。
ただ、それを言ったところで何か変わるわけでもない。
変えられる立場でもなかった。
そう思っているうちに、授業が始まった。
◇
昼休み。
ユウトは購買で買ったパンを持って、人気のない階段の踊り場に向かった。
食堂は混む。
補助科の生徒が攻撃科や剣術科の生徒に混ざって座ることは、禁止されているわけじゃない。
でも、自然とそうはなっていなかった。
明示的な棲み分けではない。
ただ、なんとなくそうなっている。
ユウトは、それを気にするより静かな場所を選ぶほうが楽だった。
踊り場の窓から外を見る。
中庭でリアが一人で剣を振っていた。
昼休みに自主練をしている。
今朝の話の続きがあるのか。
それとも、ただの習慣なのか。
ユウトには分からない。
ただ、踏み込みのたびに肩の入り方を確かめるような動きが、昨日とは少し違っていた。
意識して直そうとしている。
(でも、まだ右のほうが早い)
パンを一口食べる。
わざわざ言いに行く理由はない。
五分ほど見ていると、リアが顔を上げた。
窓越しに、ユウトと目が合う。
気まずくなって視線を外そうとした、そのときだった。
リアが手招きをした。
え、呼ぶのか。
そう思ったが、無視する理由もなかった。
◇
中庭に降りると、リアは模擬剣を地面に置いていた。
「見てたでしょ」
「……すみません」
「謝らなくていい。見ててどうだった」
ユウトは一瞬だけ迷った。
正直に言うかどうか。
でも、結局は言うことにした。
「まだ右のほうが早いです。意識はできてるんですが、無意識に戻っている」
「やっぱりそうか」
リアは眉を寄せた。
「自分でも違和感はあった。どうすればいい」
「ゆっくり反復するしかないと思います。意識して直す段階で速く動こうとすると、体が元の癖に戻る。しばらくは遅くていいから、正しいタイミングで繰り返すほうが先です」
「遅くしたら実戦で使えない」
「使えない動きを速くしても、使えないままです」
リアがユウトを見た。
少し間が空く。
「……正論だな」
「すみません」
「だから謝るなって言ってる」
リアは模擬剣を拾い、構えを作った。
今度はゆっくりと、踏み込みの動作だけを繰り返し始める。
速さは半分以下だった。
それでも、肩の入り方を意識しているのが分かる。
ユウトは黙って見ていた。
十回ほど繰り返したところで、リアが止まる。
「どう」
「さっきより揃ってます」
「そっちから見ると、どこを見てるの」
「全体です。どこか一点というより、流れで見てます」
「流れ」
リアがその言葉を繰り返した。
「魔力の、ってこと?」
「それも含めて、体の動きと魔力の動きが合ってるかどうか、みたいな感じです。うまく説明できないんですが」
リアはしばらく考えていた。
昼の光の中で、金髪がわずかに揺れている。
「補助科で、その目を持ってるのか」
「役に立てることは少ないですが」
「少なくはないと思う」
リアはそう言った。
断言するような口調だった。
「少なくとも昨日、私には役に立った」
ユウトは何も言えなかった。
こういう言われ方には慣れていない。
否定されるほうが、むしろ普通だった。
「一つ聞いていいか。あんたはなんで補助科にいるの。その目があれば、他の科でも――」
「火力がないので」
ユウトは遮った。
「見えても、自分では何も撃てない。試験でそう判定されたから、補助科になりました」
「見えるのに、撃てない」
「はい」
リアは何か言いかけて、止まった。
言葉を選ぶような間がある。
「もったいないな」
もったいない。
そう言われたのは初めてだった。
役立たずとか、半端者とか。
そういう言葉には慣れている。
でも、もったいない、は違った。
自分の中に何かがあることを前提にした言い方だった。
ユウトは返す言葉を見つけられない。
「一回だけ、速い動きで試していいか」
リアが言った。
「ゆっくりじゃなくて、実戦に近い速さで。今の感覚が使えるか確かめたい」
ユウトは少し考える。
「まだ定着しきってないので、崩れると思いますが」
「それでもいい。崩れた場所を確認したい」
リアが構えを作る。
今度は速い。
昨日と同じ、実戦に近いテンポで踏み込んだ。
一撃目。
肩が少しだけ遅れた。
完全には直っていない。
でも、昨日とは違う。
踏み込みと魔力のタイミングが、わずかだが揃っていた。
打ち込みの音が、昨日より重い。
「……今のは」
中庭の端で様子を見ていた剣術科の生徒が声を上げた。
昼練をしていた二人組だった。
「ソレイユ、さっきと動きが変わりましたよね」
「気のせいじゃないですよね、あれ」
リアは模擬剣を下ろし、ユウトを見た。
「使える」
短く言った。
それだけだった。
でも、その二文字は、昨日の「ありがとう」より重かった。
たしかな手応えがあった。
(定着すれば、もっと揃う)
ユウトは黙ってそう思った。
声には出さない。
◇
「また来ていいか」
リアが言った。
「対抗演習まで、定期的に見てほしい」
「……対抗演習まで、ですか」
「来月だ。それまでに実戦で使えるレベルまで持っていきたい」
ユウトは少し黙った。
対抗演習。
各科の代表が出て、他科と模擬戦を行う。
結果が科別ランキングに直結する、学院最大の評価イベントだ。
補助科は代表を出さない。
本来なら、自分には関係のない話のはずだった。
「……自分でよければ」
「あんたがいい」
リアは模擬剣を構え直した。
「他の誰も、私の右肩が問題だって言わなかったから」
それで話は終わった。
リアは再び打ち込みを始める。
昼の光の中で、金髪が揺れる。
さっきより、踏み込みの音が重い。
補助科には関係のない話。
そのはずだった。
でも、少なくとも今は、もうそう言い切れなかった。
◇
放課後、ユウトが廊下を歩いていると、掲示板の前に人だかりができていた。
近づいてみると、来月の日程を告げる張り紙が貼られている。
第二回科別対抗演習 来月第三週実施予定
各科代表選出は二週間後
人だかりの中に、レオ・グランドがいた。
腕を組んで張り紙を見ている。
表情は特に変わらない。
その隣には、剣術科の生徒が一人いた。
何か話している。
声までは聞こえなかったが、リアの名前だけは拾えた。
レオの視線が、わずかに動く。
興味というより、確認するような目だった。
その視線が、掲示板からユウトのほうへ流れる。
補助科の腕章のところで止まった。
一秒にも満たない。
それだけだった。
何も言わず、視線はまた掲示板へ戻る。
(……なんだ、今の)
ユウトには分からなかった。
ただ、レオの目が止まった。
その事実だけが残る。
◇
「お前、さっきのレオ見たか」
掲示板から少し離れたところで、ミハイルが小声で言った。
いつの間にか隣に来ていた。
「ソレイユの話、されてた。なんか動きが急に変わったって、剣術科で噂になってるらしい」
「そうですか」
「お前、関係あるんじゃないか」
ユウトは少し黙る。
「さあ」
「さあって……」
ミハイルが呆れた顔をした。
それから、ふと掲示板の張り紙を見る。
「俺、防御科の代表選考、受けてみようかな」
ぼそっと言った。
「どうせ無理だと思うけど。ただ、なんかそういう気分になった」
ユウトはミハイルを見た。
それから掲示板を見る。
補助科は代表を出さない。
毎回そうだ。
でも今日、リアは「対抗演習まで見てほしい」と言った。
関係のない話のはずだった。
「出るなら、手伝えることがあるかもしれません」
気づいたら、そう言っていた。
ミハイルが顔を上げる。
「本当に?」
「対抗演習まで、一緒に考えましょう」
ミハイルは少しの間、ユウトを見ていた。
それから、「お前がそう言うなら」と言って、張り紙から目を離した。
その瞬間、補助科には関係ないと思っていたはずの対抗演習が、少しだけ自分のほうへ近づいてきた気がした。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




