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第一話「補助科の目」

魔導学園では、撃てない人間に価値はない。

少なくとも、そういう空気がある。

ユウト・アーセルは、その「撃てない側」だった。


セルディア王立魔導学院。

国内でも指折りの名門だ。


でも、補助魔術科の腕章は目立たない灰色をしている。

攻撃魔術科は赤。

防御魔術科は青。

剣術科は白。


それに比べると、灰色はどこか言い訳めいて見えた。

ユウトはそう思っていた。

本人がそう思うのだから、周囲がどう見ているかはだいたい分かる。


入学して一年と少し。

その灰色が何を意味するか、この学院の生徒なら誰でも知っている。


補助科は、戦えない者たちのクラスだ。


ユウト自身は、自分の顔はどこにでもありそうなものだと思っている。

背は少し低め。

体つきも細い。


目だけが、少し違う。

暗い茶色の、落ち着きすぎた目だ。

よく「何を考えているか分からない」と言われる。


考えていないわけじゃない。

ただ、口に出す機会が少ないだけだった。



月に一度、全科合同の実技観覧日がある。


各科の代表がグラウンドへ出て、術式や技を披露する。

他科の生徒は、それを見学する。


学院のパンフレットには、交流と相互理解のためと書いてあった。

でも、ユウトは違うと思っている。


あれは交流じゃない。

序列の確認だ。


どの科が強いか。

誰が突出しているか。

見る側も見られる側も、それを分かったうえで来ている。


補助科の生徒たちは、グラウンドの端に固まっていた。

五人ほど。

全員が灰色の腕章だ。


ユウトは、その固まりから少し離れたところに一人で立っていた。

浮いているわけではない。

でも、わざわざ混ざる理由もなかった。


「補助科は端で見てればいい。採点もしないし、する意味もないからな」


担当教師はそう言って、もう補助科のほうを見ていなかった。

最初から視線はグラウンドに向いている。


近くにいた攻撃科の男子が、隣の友人に小声で何かを言った。

二人が小さく笑う。


ユウトには聞こえていた。

聞こえていたけれど、何も言わなかった。


言い返しても変わらない。

むしろ目立つだけだ。


灰色の腕章をつけた人間が何か言っても、この場所では雑音にしかならない。

それが、この一年で覚えたことだった。


ユウトは小さく頷いて、グラウンドを見る。


最初に出てきたのは、防御魔術科の代表だった。

地味だが堅実な展開で、教師からは「基礎が安定している」と評価される。


次は攻撃魔術科の女子。

鋭い単発術式を三連続で的に当て、見学席に感心したような静けさが広がった。


そのあと、レオ・グランドが前に出た。


空気が変わった。


攻撃魔術科の首席は、立つだけで場を持っていく人間だった。

背が高い。

肩幅もある。

日に焼けた肌に、明るい金褐色の髪。

顔立ちは整っているのに、柔らかさがない。


どこを見ているのか分からない、据わった目をしていた。

笑わない顔、というより、笑う必要を感じていない顔だ。


魔力を練り始めると、周囲の生徒が自然と半歩引いた。

誰かに言われたわけでもない。

ただ、そうなった。


術式が展開される。

光の奔流が的へ走る。

着弾の瞬間、土煙が上がった。

一拍遅れて歓声。

続けて二発、三発。

連続術式が的を次々に消していく。


教師がボードに数値を書き込みながら、珍しく表情を動かしていた。


「さすがはグランドだな」


隣の攻撃科の男子が呟いた。

ユウトに向けた言葉ではない。

ただ、口から出ただけだ。


ユウトはグラウンドを見ていた。


(――第三層、少しズレてる)


レオの術式の流れを、ユウトの目が無意識に追う。


魔力の筋道が光になって見えるわけじゃない。

ただ、なんとなく分かる。


どこに負荷がかかっているか。

どこで歪みが生まれているか。

説明しろと言われても困る。

子どもの頃からそうだった。


見ていると、見えてくる。

それだけだ。


(あのまま連続で撃ったら、干渉が起きる。出力を下げるか、間隔を空けないと)


次の瞬間、レオの五発目がわずかにぶれた。


的を外したわけではない。

でも、軌道が揺れた。

着弾点が数センチずれる。


レオ本人がすぐ立て直したので、大半の生徒は気づいていない。

教師も数値だけを追っていた。


ユウトには、最初から分かっていた。

声に出す理由がないから、黙っていただけだ。


レオが評価を終えてグラウンドを引き上げる。

周囲の生徒が自然と道を空けた。


レオはユウトのほうを見なかった。

補助科の生徒に目を向ける理由など、彼にはない。


でも、その五発目のぶれだけは、ユウトの中に残った。



観覧が終わってから、ユウトは人の流れを外れて歩いた。


廊下を抜け、中庭へ続く角を曲がったところで、向こうから来た生徒と肩が触れそうになる。


「っ」


相手が用紙を取り落としそうになり、とっさにつかみ直した。


剣術科の腕章。

そこでユウトは、今日は剣術科の実技評価日だったことを思い出す。


近くで見て、一瞬だけ言葉に詰まった。


目を引く。

その言い方が、これ以上なく正確に当てはまる相手だった。


肩のあたりで切り揃えられた明るい金髪。

肌は白い。

顔立ちは絵から抜け出たみたいに整っている。


でも、柔らかさがない。

切れ長の目は薄い青紫色で、感情を映さない硝子みたいに澄んでいた。


美しい。

でも、近づきがたい。


怒っているのか。

ただそういう顔なのか。

ユウトには分からなかった。


リア・ソレイユ。

剣術科でも上位の名前として、ランキングで何度か見たことがある。


こういう顔をしているとは思っていなかった。


拾うのを手伝おうとして、ユウトが屈みかけたとき、用紙の表面が視界に入る。


つかみ直した拍子に、一瞬だけ文面がこちらを向いた。

評価シートの書式は補助科のものと同じだ。


数値の列。

所見欄。

手書きの文字が数行。


全部は読めない。

でも、「制御」と「粗さ」だけが目に飛び込んできた。


(剣術科で、魔力制御の粗さ)


ユウトの視線が、反射的にリアの利き手へ動く。

右手だった。


構えを作るときの癖が、体の軸のズレとして出ているとすれば――


「何か言いたいことでもある?」


リアがユウトを見ていた。


用紙をしっかり手元に引き寄せたまま、まっすぐこちらを見ている。

強い目だった。

値踏みではない。

真正面から向かってくる目だ。


「いえ」


「補助科が私の評価票を見て、何か分かることでもあるの」


「……何でもないです」


ユウトは先に目を逸らし、そのまま歩き出した。


リアが何か言いかけた気がした。

でも、振り返らない。


(余計なことを考えた)


言ったところで何になる。

補助科の自分が剣術科の上位生徒に何か言えば、どういう顔をされるかくらい想像がつく。


今朝の笑い声が、まだ耳に残っていた。


だいたい、見えたからといって全部口に出す必要はない。

自分は、そういう立場じゃない。


そう片づけて、ユウトは歩き続けた。


けれど、「制御」と「粗さ」の二文字だけは頭に残ったままだった。



午後の自習時間。

ユウトは教室の隅の席でノートを開いていた。


授業の予習ではない。

今日のレオの術式の流れを図に起こしていた。


どこで負荷が集中したか。

どこで干渉が起きたか。

文字だけでは分かりにくいので、自分なりの記号で整理する。


誰かに見せるものではない。

ただの習慣だった。


「何それ」


ミハイル・ロンドが隣から覗き込んできた。


防御魔術科の腕章。

癖のある黒髪は、いつも少し寝ぐせっぽい。

顔もどこか眠そうだ。


背はユウトより頭一つ分高い。

でも、姿勢が悪いせいで、そこまで高く見えない。

成績は中位より下。


それでも、話していると分かる。

この男は思ったよりずっと物を考えている。

ただ、それを表に出すのが面倒なのか、いつもどこかぼんやりしていた。


一年の頃からの顔見知りだ。


「今日のグランドの術式」


「……グランドって、首席の?」


「ああ」


ミハイルがノートをまじまじと見て、首を傾げる。


「これ、何が書いてあるか全然分からないんだけど」


「干渉が起きた箇所の記録」


「干渉って、あの完璧な評価で?」


「完璧じゃなかった」


ユウトは言った。


「五発目で術式がぶれた。誰も気づいてなかったけど」


ミハイルが少し黙る。


「……お前、毎回こういうの書いてるの」


「特に気になったやつだけ」


「なんで気になるの」


ユウトはペンを止めて、少し考えた。


「見えるから」


それ以上は、うまく説明できなかった。


ミハイルは「そういうもんか」とだけ言って、自分の教科書に目を戻した。


追及しないのが、ミハイルのいいところだった。

ユウトもまたノートに戻る。


(見えても、それだけだ)


分析して、整理して、ノートに書いて終わる。

それを誰かのために使ったことは、これまでほとんどない。


使う機会もなかったし、使える立場でもなかった。


補助科は数値に出ない。

評価されない。

必要とされない。


ユウトは、ずっとそう思っていた。


でも、その「それだけ」が本当にそれだけなのか、まだ少し分からなくなっていた。



放課後になり、ユウトは図書室へ向かうつもりで外回りの廊下を歩いていた。


グラウンドが見える角を曲がったところで、模擬戦の音が聞こえる。

足が自然に止まった。


剣術科の生徒が数人、魔力を付与した模擬剣で打ち合っていた。

放課後の自主練らしい。


その端で、リア・ソレイユが構えている。

夕暮れの光の中でも、あの金髪はよく目立った。


ユウトは、そのまま通り過ぎるつもりだった。


一合目。


リアの踏み込みは速い。

剣筋も鋭い。

体幹が強く、無駄な動きがない。

かなりの練習量だと分かる動きだった。


ただ、何かが噛み合っていない。


(――右側の出力が、踏み込みのたびにぶれてる)


足が止まった。


利き手側だけ、魔力制御のタイミングが半拍ずれている。

剣の動きに、魔力がついてきていない。


連続攻撃に入った瞬間、威力にムラが出る。

そこが隙になる。


相手の生徒が、その隙間を突いた。

リアが一歩下がる。


また同じ展開だ、という顔をしていた。

原因が見えないまま繰り返している顔だ。


二合目。


踏み込んだリアの連続攻撃が、また途中でリズムを崩す。

相手が体勢を整え直し、カウンターに入る。

リアは防いだが、さらに下がった。


「……くっ」


舌打ちが漏れる。


三合目が始まる前に、ユウトは口を開いていた。


「右の踏み込みのとき、魔力の送り出しが半拍遅れています」


言ってから、少しだけ後悔した。


リアが動きを止めて振り返る。

ユウトと目が合う。


周囲の剣術科の生徒の視線も集まる。

補助科の腕章は、どうしても目に入る。


一人が小さく「補助科?」と呟いた。

もう一人は、訝しげな顔をしている。


「……何?」


「構えの癖だと思います。右を踏み込むとき、肩が先に入るから魔力経路が一瞬詰まる。肩の動きを少し抑えれば、タイミングが揃うはずです」


言い切った。


リアの眉がわずかに動く。

青紫の瞳が、ユウトをまっすぐ見ていた。


値踏みするような間がある。


「補助科が、剣術科に何か言えることがあるとは思ってなかった」


「すみません、出すぎたことを――」


「もう一回言って」


リアの声が遮った。


「肩を、どうするって」


ユウトは一拍置き、もう一度繰り返した。

今度は少し丁寧に、踏み込みと肩の動きのタイミングについて話す。


リアは黙って聞いていた。

途中で頷きもしない。

ただ、最後まで聞いていた。


聞き終えると、何も言わずに相手の生徒へ向き直る。


構えを作る。

踏み込む。


今度は、肩より先に足が出た。

魔力が剣の動きに追いつく。


打ち込みの音が、さっきより明らかに重く響いた。

相手の生徒が体勢を崩す。


リアは止まらない。

二撃、三撃。

タイミングが揃ったまま続いていく。


連続動作が、初めて本当に連続動作として機能していた。


最後の一撃で、相手の模擬剣が弾き飛ばされる。


グラウンドが静かになった。


「……今の」


さっき「補助科?」と呟いた生徒が、思わず声を出す。


「ソレイユの動き、さっきと全然違くないか」


「誰が言ったんだ、あれ」


視線がユウトに集まる。

灰色の腕章に集まる。


リアは剣を下ろし、ゆっくりユウトを見た。


驚いているのか。

考えているのか。

怒っているのか。

よく分からない顔だった。


感情がまだ整理されていない顔。

たぶん、それに近かった。


「……名前は」


「ユウト・アーセルです」


「補助科ね」


「はい」


リアは一度視線を外し、また戻してくる。


「なんで分かったの」


「見ていたら、分かりました」


「それだけ?」


「それだけです」


リアは何か言いかけて、やめた。

代わりに、一度だけ短く頷く。


それから踵を返し、模擬戦の位置へ戻っていった。


夕暮れの光の中で、金髪が揺れる。


ユウトも歩き出した。


(余計なことを言った。でも、合ってた)


合っていたことは、少しだけ嬉しかった。

認められたいわけではない。


ただ、見えていたものが本当に見えていたと確かめられるのは、悪い気分じゃない。

それだけだ。

それ以上ではない。


廊下の角を曲がるとき、背後でもう一合始まる音がした。

さっきより重い着地音。


リアが踏み込んでいる。

タイミングが揃っている。


ユウトは振り返らなかった。


でも、その音だけは、しばらく耳に残った。



グラウンドに残って打ち込みを繰り返しながら、リア・ソレイユはもう三度、同じことを考えていた。


肩を抑えるだけで、こんなに変わるのか。


午前中の評価結果を思い出す。

「魔力制御に粗さが残る」。


原因が分からないまま、何週間も繰り返してきた。

教師に聞いても、「練習量が足りない」としか言われなかった。


それを、補助科の生徒が一度見ただけで当てた。


リアは模擬剣を構え直す。

踏み込む。

重い音。

また揃っている。


(あいつ、何が見えてたんだ)


その答えは、まだ分からない。


ただ、明日もあの灰色の腕章を見かけたら、今度は自分から声をかけよう。


リアはそう思っていた。

その時点では、まだそれが何を変えるのか、自分でも分かっていなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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