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18話「接続」

 三年次が始まっても、学院はいつも通りに動いていた。


 進級の手続きが終わる。新しい時間割が配られる。科ごとの顔ぶれも少しだけ変わった。訓練があり、自習があり、食堂で飯を食う。そういう日々は、そのまま続いていた。


 特例審査の件だけが、まだ止まったままだった。



 呼び出しがあったのは、進級から四日目の午後。


 場所が教務の事務室ではなく、第三棟の小会議室だと聞いた時点で、普通の呼び出しじゃないとわかった。 学院内の評価なら、科の担当教官から直接伝えられる。わざわざ部屋を使うのは、もう少し面倒な話のときだ。


 部屋に入ると、教官が一人と、知らない人間が一人いた。


 俺は先に、その知らないほうを見た。


 同い年くらいに見える。けど、生徒には見えなかった。


 外部の機関は年齢で人を動かさない、とは聞く。たぶんそういうことなんだろうと思う。でも、それだけでもない気がした。


 座り方が違う。


 この部屋の外にも、自分の場所を持っている人間の座り方だ。なのに、少しだけ馴染んでいない。

 外から来た人間なんだろう、で済みそうなのに、妙に意識に残った。


 「座れ」と教官が言った。


 俺は椅子を引いて座る。


 「特例審査の件だ」と教官が続けた。

 「結果が出た。正式な進路確定ではない。外部連携の候補として、一定期間、観察と接続の対象になる。そういう扱いだ」


 結果が出た、と聞いても、何かが大きく動く感じはない。


 ようやくか、と思っただけだった。


 「わかるか」


 「だいたいは」


 そこで、隣の人間が初めて口を開いた。


 「通過でも、不通過でもない」


 静かな声だった。

 説明というより、言葉を置いて、こちらの反応を見ている感じがする。

 その声が、耳に残った。


 どこで聞いたのかは思い出せない。なのに、初めて聞く声としては落ち着かない。


 「観察の始まりに近い、と思ってくれ」


 俺は相手を見た。

 相手はすぐには続けない。こちらが何か返すのを待っていた。

 その待ち方も、少し妙だった。

 初対面にしては、間の取り方が近い。


 「……シオンです」


 名乗る前に、ほんの少しだけ間があった。


 「今期から教官補佐として入ります」


 掲示板で見た名前だ、と思った。

 でも残ったのは、名前より先に声のほうだった。



 教官が席を外すと、部屋にはシオンと俺だけが残った。

 シオンは手元の資料を閉じ、こっちを見る。その視線が、一瞬だけ止まった気がした。


 ただ見ているというより、何かを確かめるみたいな止まり方だった。

 でも、それはすぐ消えた。


 「補助科の生徒が今回の枠に上がってきたのは、初めてです」


 「そう聞いています」


 「自分でもそう思ってましたか?」


 「前例がないから止まってるんだろうとは思ってました。能力の話じゃなくて、扱い方の話で」


 シオンは少し黙った。

 否定もしないし、肯定もしない。こっちが言い終わるのを待ってから、次を置く。

 最初から、そういう話し方をする人間らしかった。


 「君が審査に上がった経緯は読みました」とシオンが言う。

 「ただ、記録は記録です。実際にどういう人間かは、まだこちらにもわかりません」


 「そうですね」


 「それを見る期間だと思って下さい」


 高く買われているわけじゃない、と俺は思った。

 見極めようとしている。それはわかる。ただ、それとは別に、少しだけずれていた。

 初めて会った相手を見るにしては、視線が近い。


 そう思ったけど、どこがどう変なのかまでは、うまく言えない。


 「一つ聞いていいですか」


 「どうぞ」


 「外部連携って、具体的にはどこの話ですか」


 シオンはまた少し間を置いた。

 迷っているというより、どこまで話すかを測っている顔だ。


 「今は、そこまで話す段階ではありません。観察期間が終わってからとなります」


 「わかりました」


 「納得しましたか?」


 「してないですけど、そういうものなんだろうとは思います」


 シオンの表情がほんの少しだけ緩んだ。

 笑ったわけじゃない。何かが少しほどけて、すぐ元に戻る。


 「正直ですね」


 「そうですか」


 「悪い意味ではありません」


 そこでまた、少し間があった。

 何か言いかけてやめたようにも見えたけど、結局、それ以上は言わなかった。


 シオンは立ち上がる。

 ドアに向かい、途中で一度だけ振り返った。

 視線が合った瞬間、今度ははっきり距離の狂いを感じた。


 知らない相手を見る目じゃない。

 でも、知っている相手を見る目とも少し違う。

 ただ、初対面にしては近すぎた。


 「訓練は見に行きます。そのつもりでいて下さい」


 それだけ言って、出ていった。



 廊下に出ると、学院の午後はそのまま続いていた。

 遠くで術式が展開される低い音がした。訓練棟のほうだ。もう三年次の訓練が始まっている。


 俺はしばらく、廊下の端に立ったままだった。


 結果は出た。

 でも、正式に何かが決まったわけじゃない。

 外部連携の候補として、観察される側に回った。今のところ、それだけだ。


 順位が上がったわけでもない。評価が変わったわけでもない。

 ただ、見られる軸が一つ増えた。

 学院の中にいることは変わらない。訓練も、授業も、日常も、そのままだ。


 でも今日から、俺を見る目の中に、学院の外の目が混じる。

 それ自体は、まあいい。


 気になったのは、シオンのほうだった。


 声。

 間。

 返答を待つ置き方。


 どれも、知らない相手として流すには少し残る。

 名前は知っている。掲示板でも見たし、さっき本人もそう名乗った。


 それなのに、名前より先に声のほうが頭に残っている。

 あの人間は最初から、俺をまったくの初対面として見ていなかった気がする。


 思い込みかもしれない。

 でも、そう切って捨てるには、少しだけ生々しかった。



 夜、自室に戻って机の前に座る。

 何かが大きく変わったわけじゃない。窓の外の光も、部屋の静けさも、いつも通りだ。


 でも、自分の名前だけが、今日から少し別の場所に置かれた気がした。

 学院の中だけでは収まらない場所だ。


 怖いとか、嬉しいとか、そういうはっきりした感情にはならない。

 ただ、もう学院の論理だけで自分のことを考えていられる位置にはいない。そんな感覚だけが静かに残る。


 それと同じくらい、知らないはずの名前が頭に残っていた。


 シオン。


 掲示板で見たときより、今のほうが少し重い。

 呼ばれる名前というより、置かれる名前みたいに聞こえる。

 なんでそう思うのかは、自分でもわからない。


 ただ、名前より先に、声のほうが残っていた。

 そのことだけが、うまく置き場を持たないまま、じわじわ残った。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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