表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

断章④「エルナの記録」

私は、制度を信じている。

信じている、というより、

信じたいと思っている。


その方が、楽だから。


でも、楽だと思える瞬間は、

あまり多くない。



父は国軍の術式審査官だ。

子どもの頃から、

その仕事を近くで見ていた。


審査、という仕事は、

人を評価することだ。


この人間には価値がある。

この人間には価値がない。


制度の基準に照らして、

そう判断する。


父はそれを、淡々とやっていた。

感情を乗せずに、

基準通りにやっていた。


それが正しいことだと、

子どもの頃は思っていた。



父の仕事場に、

一度だけ連れて行ってもらったことがある。

小学生くらいの頃だった。


審査を待っている人間が、

廊下に並んでいた。


いろんな顔があった。

緊張している顔。

諦めている顔。

怒っている顔。


その中に、一人だけ、

妙に静かなやつがいた。


緊張も、諦めも、怒りも、

どれでもなかった。

ただ、静かに座っていた。


呼ばれるまで、

一度も姿勢を崩さなかった。

目だけが、妙に澄んでいた。


なんか気になった。


審査の結果は、却下だった。

評価根拠が不十分、

という理由だった。


却下を聞いても、

そいつの表情はほとんど動かなかった。

怒るわけでも、

崩れるわけでもなかった。


ただ、頷いて、

立ち上がって、

帰った。


父に聞いた。


「なんで却下したの」


父は答えた。


「制度上の数値を満たしていないから」


「でも、あの人なんか強そうだった」


「強そう、は評価基準にならない」


それだけだった。


父は正しかった。

制度の基準に照らせば、

正しかった。


でも、なんか引っかかった。

その引っかかりが、

ずっと残った。



学院に入って、

生徒会に入った。


制度の側に立ちたかった。

制度の内側から、

制度を変えられると思っていた。


甘かった、と今は思う。


変えられない、とは言わない。

でも、内側にいるだけでは

変わらないことが分かった。


動かそうとするたびに、

同じ言葉が返ってくる。


「数値で出ないものは評価できない」


その通りだ。

その通りなんだが、

じゃあ数値に出ないものは

全部無価値なのか、

という話になる。


そこで止まる。

毎回、そこで止まる。



アーセルのことを知ったのは、

対抗演習の後だった。


ソレイユの動きが変わった。

ロンドの防壁が変わった。

二人が同時に変わった。


共通する人間を探したら、

補助科の二年生の名前が出てきた。


調べた。

会いに行った。

図書室で話した。


何をしているのか、と聞いた。


「見えたことを、

動ける人間に渡しています」


そう返ってきた。


それだけ、

みたいな顔で言った。

それだけ、なんだろうとは思う。


でも、その「それだけ」の結果が、

ソレイユの四位であり、

ロンドのグランドからの一点だ。


数値に出ない力が、

数値に出る結果を作っていた。



廊下で見かけることが増えた。

特に話しかけるわけでもなく、

ただ観察していた。


あいつは、

いつも少し遅れて動く。


見えてから、考えて、

それから言葉にする。

そのサイクルが、

他の人間より長い。


だから一瞬、

何も考えていないように見える。


でも、違う。

ずっと考えている。

ただ、処理に時間がかかる。


父の審査室で見た、

あの静かなやつを思い出した。


呼ばれるまで姿勢を崩さず、

却下を聞いても

表情を動かさなかったやつ。


似ている、とは言わない。

でも、何かが重なった。


数値に出ない何かを

持っていた、という点で。



推薦審査を動かしたのは、

そういう理由だ。


感情的な理由じゃない、

と言いたいが、

完全にそうとも言えない。


あの廊下で却下された人間のことが、

頭の隅にあった。


ただ、今回は根拠がある。


ソレイユのランキング。

ロンドの一点。

グランド戦の一点。


全部、事実だ。

数値に出ている結果だ。


記録として残すことは、

生徒会内でも摩擦があった。


補助科の生徒を

推薦審査の俎上に乗せることへの反発は、

想定していた。


前例がない、という声もあった。


それでも動かした。

摩擦を承知で、

記録に残しにいった。


制度を動かすなら、

制度の言葉で動かすしかない。


使えるものは、

全部使う。



審査の場で、アーセルに聞いた。

あなたは何をしている人間ですか、と。


「見えたことを、

動ける人間に渡しています」


また同じ答えが返ってきた。

でも今度は少し違った。


少し間があってから、

こう続けた。


「動ける人間が、

届いたことのない場所に届く。

そのための情報を作っています」


言いながら、

自分でも少し驚いた顔をしていた。


初めて言葉にした、

という顔だった。


それを聞いて、

少し思った。


父の審査室で却下されたやつが、

もしあいつだったら。

数値を満たしていないから、

で終わっていたかもしれない。



審査の結果はまだ出ていない。

通るかどうかも分からない。


でも、記録は残る。

一度通らなくても、

前例は残る。


前例が残れば、

次の判断材料になる。


却下される側を、

見落としたままにはしたくない。

それだけのことだ。


父はあのとき、

制度通りに正しかった。


私は今、

制度を動かそうとしている。


どちらが正しいかは、

結果が出るまで分からない。

結果が出ても、

分からないかもしれない。


でも、記録が残る限り、

判断の材料は増える。


それが今回できることの、

全部だ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ