断章②「ミハイルの壁」
俺は、人を内側に入れるのが遅い。
自分でも分かってる。
怖いのか、面倒なのか、どっちかよく分からない。
たぶん両方だ。
◇
防御術式を選んだのは、消去法に近い。
攻撃は向いてなかった。
術式の出力が低いのは、入学した時点で分かってた。
じゃあ守る方に振るしかない。
そういう判断だった。
壁を張って、防いで、耐える。
それだけやってれば、少なくとも足を引っ張らずに済む。
点が取れないのは分かってた。
でも、崩れなければ負けじゃない。
そう思うことにしてた。
正直に言うと、それしかなかった。
攻撃で勝負できる才能はなかった。
だから守る。
守ることだけは、誰よりも丁寧にやる。
それだけが、俺にできることだった。
◇
でも、一度だけ崩れたことがある。
中等科の頃の、チームの模擬戦だ。
俺は防御担当だった。
壁を張り続けるだけでよかった。
それだけでよかったのに、崩れた。
連続攻撃の圧が想定より強くて、第二防壁が間に合わなかった。
一瞬、穴が開いた。
そこを通された。
味方がやられた。
試合が終わったあと、誰も何も言わなかった。
それが一番きつかった。
責めてくれた方がまだよかった。
何も言われない方が、ずっと重かった。
俺が崩れたから、ああなった。
それだけははっきりしてた。
守ることだけが取り柄のやつが、守れなかった。
それだけのことだったけど、それだけのことが、けっこう長く残った。
◇
それから防壁の精度にさらにこだわるようになった。
崩れなければ、あの空気にならない。
崩れなければ、誰かに何かをさせなくて済む。
攻撃力が低いのも、成績が上がりにくいのも分かってた。
実技の点数はずっと平均以下だった。
評価されないのも分かってた。
でも、崩れないことだけは続けた。
それしかなかったから。
◇
ユウトに声をかけられたのは、そういう時期だった。
昼休みに机に突っ伏してたら、隣に座ってきていきなり言った。
「先週の実技で、第二防壁を展開するとき、なんで正面に張ったんですか」
なんでって。
基本だろ、と思った。
でもあいつは続けた。
斜めに張れば力を横に逃がせる、消費が三割違う、と。
三割。
その数字だけやけに頭に残った。
最初は半信半疑だった。
でも、こいつは嘘をつくタイプじゃないと思った。
根拠はないけど、そう思った。
なんとなく、そういう顔をしてた。
◇
試してみた。
最初はうまくいかなかった。
体が正面に張りたがる。
ずっとそうしてきたから、染み付いてた。
何度かやってたら少し形になってきた。
「なんか、軽い」
そう言ったら「消費が減ってます」と当たり前みたいな顔で返ってきた。
こいつ、ずっと見てたのか、と思った。
誰も見てないと思ってたのに。
補助科の、あいつが。
「なんで今まで黙ってたんだよ」
そう聞いたら、
「言う相手がいなかったので」
と返ってきた。
それを聞いて、変な気持ちになった。
怒ってるわけじゃない。
ただ、そうか、と思った。
俺も似たようなもんだな、と思った。
言う相手、というより、内側に入れる相手が、ずっといなかった。
壁張り続けてたらそうなる。
あいつも、俺も、たぶん同じようなとこにいた。
そういう気がした。
◇
代表選考に出たのは、ユウトが手伝うと言ったからだ。
一人じゃ出なかった。
どうせ無理だと思ってたし、出る理由もなかった。
実際、代表になれるレベルだとは思ってなかった。
成績は中位以下で、選考に出るような立場じゃなかった。
でもあいつが「やれることがあるかもしれない」と言った。
根拠があるわけじゃなかった。
でも、あいつが言うなら見えてるんだろうと思った。
信用した、というより、信用できると思った。
自分でも少し驚いた。
俺がそう思うのは、かなり珍しい。
選考を通った。
自分が一番驚いた。
グランドに負けた。
一点取った。
一点取れたのは、正直、なんでかよく分からなかった。
ユウトが設計した動きで、俺が動いた。
それだけのことだ。
でも崩れなかった。
中等科のときとは違った。
それだけは分かった。
◇
試合のあと、ユウトのところに行った。
「通った」と言ったら「聞こえてました」と返ってきた。
「お前のおかげだ」と言ったら「自分でやったんだと思います」と返ってきた。
そういうとこが面倒くさい。
でもまあ、ありがとうと言った。
言ったら「対抗演習まで続けましょう」と返ってきた。
お礼を言っても次の話をする。
淡々としてるのか気にしてないのか、よく分からないやつだ。
でも、そういうとこが嫌いじゃない。
変に気を遣ってこない。
俺が崩れても、責めない。
次の話をする。
それが、俺には合ってた。
たぶん、こいつは俺の壁を壊そうとしてない。
壊しに来ないから、近くにいられる。
そういうやつだと思う。
◇
壁の張り方が、少し変わった気がする。
前は崩れないために張ってた。
今は、次に繋げるために張ってる気がする。
それがユウトのせいなのかどうか、よく分からない。
でも、あいつと話すようになってから変わった気がするのは本当だ。
また声をかけようと思ってる。
次があったら、自分から声をかけようと思ってる。
俺にしては珍しい。
かなり珍しい。
でも、そういう気持ちになってる。
壁を張り続けてたやつが、自分から近づこうとしてる。
なんか変だな、と思う。
でも、悪くない。
むしろ、ちょっとだけ楽しみにしてる。
次に何を見てくるのか。
次に何を言ってくるのか。
あいつのことだから、また当たり前みたいな顔で、俺が気づいてなかったことを言う。
そういう気がする。
それが、まあ、悪くない。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




