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断章②「ミハイルの壁」

俺は、人を内側に入れるのが遅い。


自分でも分かってる。

怖いのか、面倒なのか、どっちかよく分からない。


たぶん両方だ。



防御術式を選んだのは、消去法に近い。


攻撃は向いてなかった。

術式の出力が低いのは、入学した時点で分かってた。

じゃあ守る方に振るしかない。

そういう判断だった。


壁を張って、防いで、耐える。

それだけやってれば、少なくとも足を引っ張らずに済む。


点が取れないのは分かってた。

でも、崩れなければ負けじゃない。

そう思うことにしてた。


正直に言うと、それしかなかった。


攻撃で勝負できる才能はなかった。

だから守る。


守ることだけは、誰よりも丁寧にやる。

それだけが、俺にできることだった。



でも、一度だけ崩れたことがある。


中等科の頃の、チームの模擬戦だ。

俺は防御担当だった。

壁を張り続けるだけでよかった。


それだけでよかったのに、崩れた。


連続攻撃の圧が想定より強くて、第二防壁が間に合わなかった。

一瞬、穴が開いた。

そこを通された。

味方がやられた。


試合が終わったあと、誰も何も言わなかった。

それが一番きつかった。


責めてくれた方がまだよかった。

何も言われない方が、ずっと重かった。


俺が崩れたから、ああなった。

それだけははっきりしてた。


守ることだけが取り柄のやつが、守れなかった。

それだけのことだったけど、それだけのことが、けっこう長く残った。



それから防壁の精度にさらにこだわるようになった。


崩れなければ、あの空気にならない。

崩れなければ、誰かに何かをさせなくて済む。


攻撃力が低いのも、成績が上がりにくいのも分かってた。

実技の点数はずっと平均以下だった。

評価されないのも分かってた。


でも、崩れないことだけは続けた。

それしかなかったから。



ユウトに声をかけられたのは、そういう時期だった。


昼休みに机に突っ伏してたら、隣に座ってきていきなり言った。


「先週の実技で、第二防壁を展開するとき、なんで正面に張ったんですか」


なんでって。

基本だろ、と思った。


でもあいつは続けた。


斜めに張れば力を横に逃がせる、消費が三割違う、と。


三割。

その数字だけやけに頭に残った。


最初は半信半疑だった。

でも、こいつは嘘をつくタイプじゃないと思った。


根拠はないけど、そう思った。

なんとなく、そういう顔をしてた。



試してみた。


最初はうまくいかなかった。

体が正面に張りたがる。

ずっとそうしてきたから、染み付いてた。


何度かやってたら少し形になってきた。


「なんか、軽い」


そう言ったら「消費が減ってます」と当たり前みたいな顔で返ってきた。


こいつ、ずっと見てたのか、と思った。

誰も見てないと思ってたのに。

補助科の、あいつが。


「なんで今まで黙ってたんだよ」


そう聞いたら、


「言う相手がいなかったので」


と返ってきた。


それを聞いて、変な気持ちになった。

怒ってるわけじゃない。

ただ、そうか、と思った。


俺も似たようなもんだな、と思った。


言う相手、というより、内側に入れる相手が、ずっといなかった。

壁張り続けてたらそうなる。


あいつも、俺も、たぶん同じようなとこにいた。

そういう気がした。



代表選考に出たのは、ユウトが手伝うと言ったからだ。


一人じゃ出なかった。

どうせ無理だと思ってたし、出る理由もなかった。


実際、代表になれるレベルだとは思ってなかった。

成績は中位以下で、選考に出るような立場じゃなかった。


でもあいつが「やれることがあるかもしれない」と言った。


根拠があるわけじゃなかった。

でも、あいつが言うなら見えてるんだろうと思った。


信用した、というより、信用できると思った。

自分でも少し驚いた。

俺がそう思うのは、かなり珍しい。


選考を通った。

自分が一番驚いた。


グランドに負けた。

一点取った。


一点取れたのは、正直、なんでかよく分からなかった。

ユウトが設計した動きで、俺が動いた。

それだけのことだ。


でも崩れなかった。

中等科のときとは違った。


それだけは分かった。



試合のあと、ユウトのところに行った。


「通った」と言ったら「聞こえてました」と返ってきた。


「お前のおかげだ」と言ったら「自分でやったんだと思います」と返ってきた。


そういうとこが面倒くさい。


でもまあ、ありがとうと言った。


言ったら「対抗演習まで続けましょう」と返ってきた。


お礼を言っても次の話をする。

淡々としてるのか気にしてないのか、よく分からないやつだ。


でも、そういうとこが嫌いじゃない。

変に気を遣ってこない。

俺が崩れても、責めない。

次の話をする。


それが、俺には合ってた。


たぶん、こいつは俺の壁を壊そうとしてない。

壊しに来ないから、近くにいられる。


そういうやつだと思う。



壁の張り方が、少し変わった気がする。


前は崩れないために張ってた。

今は、次に繋げるために張ってる気がする。


それがユウトのせいなのかどうか、よく分からない。

でも、あいつと話すようになってから変わった気がするのは本当だ。


また声をかけようと思ってる。

次があったら、自分から声をかけようと思ってる。


俺にしては珍しい。

かなり珍しい。


でも、そういう気持ちになってる。


壁を張り続けてたやつが、自分から近づこうとしてる。

なんか変だな、と思う。


でも、悪くない。

むしろ、ちょっとだけ楽しみにしてる。


次に何を見てくるのか。

次に何を言ってくるのか。


あいつのことだから、また当たり前みたいな顔で、俺が気づいてなかったことを言う。

そういう気がする。


それが、まあ、悪くない。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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