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断章①「リアの速さ」

八歳のときに見た演武を、私はまだ覚えている。


格上の家の術者だった。

速くて、正確で、無駄がなかった。


周りの大人たちは、みんな同じような顔をしていた。

すごい、とか。

さすが、とか。

美しい、とか。


私も手を叩いた。

ちゃんと、すごいとは思った。


でも、終わったあと、何も残らなかった。


拍手の音だけが残って、

肝心なものは、きれいに消えていた。


隣で母が「美しかったわね」と言った。

私は「うん」と答えた。


たしかに、美しかった。

でも、それだけだった。


それが、妙に引っかかった。



翌年、私は剣を始めた。


べつに大した理由はない。

術式の稽古がつまらなかった。

座って覚えるより、動く方が性に合っていた。

それだけだ。


やってみたら続いた。


踏み込めば音が鳴る。

打てば手応えがある。

そっちの方が、ずっと分かりやすかった。


最初は速さだけでよかった。


速く踏み込む。

速く打つ。

先に入る。


それで大体は勝てた。


でも、師範に一度だけ言われたことがある。


「速いのと、届くのは別だ」


意味が分からなかった。


打てたなら届いてるでしょ、と思った。

当たってるなら、それで十分なはずだった。


師範はそれ以上説明しなかった。

自分で考えろってことなんだろうな、と思った。


だから考えるのをやめた。

とにかく打った。


それでも、

勝ったのに妙に腹が立つ試合があった。

負けたのに、変に静かなまま終わる試合もあった。


あれが何だったのか、今でもうまくは言えない。


ただ、打った瞬間に、

違う、と思うことだけはあった。



上に行くほど、速さだけじゃ崩れない相手が増えた。


力で押しても抜けない防御があった。

先に動いても通らない相手がいた。


角度を変えた。

間合いを変えた。

踏み込みを変えた。


それでも駄目なときは、駄目だった。


何かが足りない。

それだけは分かっていた。


でも、その何かが分からない。


先生に聞いたら、

「練習量が足りない」と言われた。


増やした。


増やしても、

どこか噛み合わない感じだけが残った。



ユウトに声をかけたのは、その頃だった。


廊下ですれ違ったとき、

あいつは何か言いかけて、やめた顔をしていた。


気になった。

だから聞いた。

それだけだ。


「何か言いたそうな顔してる」


そう言ったら、ユウトは首を振って行こうとした。

だから止めた。


「補助科が、私の結果に何か言えることあるの」


今思えば、だいぶ刺々しい。

でも、あのときはああいう言い方しか出なかった。


ユウトは逃げなかった。

逃げかけて、ちゃんと止まった。


それから、右肩の話をした。


踏み込むとき、右肩が先に入ってる。

言ったのは、それだけだった。


そんなことで、と思った。

でも試した。


変わった。


打ち込んだときの音が、前より重かった。


ちゃんと入った、と思った。


相手に、というより、

自分の中で、ようやく何かが噛み合った感じだった。


たったそれだけで、

ずっと足りなかったものの形が、少しだけ見えた。



対抗演習が終わった夜、私は踊り場に一人でいた。


模擬剣は持っていたけど、振ってはいなかった。

窓の外は暗くて、

グラウンドの輪郭もほとんど見えなかった。


レオに負けた。

一点取って、負けた。

それだけのことだ。


なのに、踊り場からしばらく動けなかった。


悔しいのとも違う。

嬉しいのとも違う。


ただ、あの瞬間のことが頭から離れなかった。


レオの動きが止まった。

踏み込んだ。

通った。

重かった。


届いた、と思った。


それだけのことが、

なんでこんなに残るんだろうと思った。


負けたのに。

でも、届いた。


八歳のあの演武では、

何も残らなかった。


速くて、正確で、美しかった。

でも、終わったら消えた。


私が欲しかったのは、たぶんずっと、

残るやつだったんだと思う。


届いたと分かる、あの重さだ。



その夜、ユウトのことを思い出した。


べつに理由はない。

ふと、思い出した。


雑貨屋で「似合う」って言われたときのことだ。


根拠は?って聞いたら、

「なんとなくです」って返ってきた。


なんとなく。

真顔で。


それだけ言って、もうそっちの話は終わり、みたいな顔だった。


私は棚の方を向いた。

向かないと、変な顔してるのがバレる気がした。


耳が熱かった。


「似合う」の一言で、なんでこんなになってるんだと思った。

しかも、なんとなく、だぞ。


根拠もなくて、なんとなくで。

なのにこっちだけ後を引いてる。


ずるいだろ、それは。


しかも本人、たぶん気づいてない。

あの顔は、気づいてない顔だ。


何でもない顔で届かせてきて、

自分はもう次のことを考えてる。


厄介すぎる。


でも、最初に廊下で声をかけたときから、

気になってたのは本当だ。


何か言いかけてやめた、あの顔。

なんで言わないんだろう、と思った。


気になったから声をかけた。

そのつもりだった。


次も呼ぶ、と言った。

他じゃ意味がない、とも言った。


言ったあとで、

そこまで思ってたのか、と自分で驚いた。


自分のことなのに、知らなかった。


気づいてほしいような、

気づかれたら困るような。


分からないまま、

たぶんまた呼ぶんだろうな、と思った。



模擬剣を構えた。


踏み込む。

振る。


音が鳴った。

重かった。


もう一回。

また重い音が返る。


届くかどうかは、打つまで分からない。

でも、打てば分かる。


それだけでいい。


私はもう一度、踏み込んだ。


重い音が、踊り場に響いた。


それだけで、今夜は十分だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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