第十七話「白さの中に」
第十七話「白さの中に」
朝の補助科の教室は、いつも少し静かだった。
他の科より登校が早い生徒が少ない。
だから朝のホームルームまでの時間、教室に残っているのは大抵数人だった。
ユウトはその数人の一人だった。
窓際の席に座って、ノートを開いていた。
今日も、特に書くことはなかった。
ただ、開いていた。
白いページを見ていると、時々、引っかかる。
何かが、ページの白さの中に、一瞬だけ重なる気がする。
気がする、だけだった。
今日もそうだった。
ユウトはノートを閉じた。
◇
昼休み、踊り場に向かった。
いつもの場所だった。
角を曲がって、階段を上りかけたとき、足が少し止まった。
理由は分からなかった。
ただ、止まった。
踊り場に、誰もいなかった。
当たり前だった。
誰かと約束していたわけでも、誰かを待っていたわけでもない。
でも、何かが引っかかった。
踊り場に入った。
窓の外に、グラウンドが見えた。
昼練の生徒が動いている。
いつも通りの光景だった。
窓枠に手をついた。
その瞬間だった。
指先から、ぬるさが返ってきた。
誰かの手が、少し前まであったような。
そういうぬるさだった。
窓枠の素材は冷たいはずだった。
でも、そこだけが違った。
反射的に手を離した。
もう一度、同じ場所に触れた。
冷たかった。
普通の窓枠だった。
◇
ユウトはしばらく、その場に立っていた。
呼吸が、少し浅くなっていた。
気づいたのは、しばらくしてからだった。
誰かを見るとき、流れや揺れのようなものが伝わってくることがある。
術式の偏りや、体の癖や、言葉になる前の何か。
それは、人がそこにいるときだけ起きることだった。
今、ここには誰もいなかった。
なのに、似たものが返ってきた。
人を見るときのあの感じに、似ていた。
けれど、相手はいなかった。
ユウトは少し考えた。
今まで、この感覚は使えるものだと思っていた。
リアの右肩が分かった。
レオの欠陥が分かった。
見えたことは、言葉にして渡せるものだと思っていた。
でも今は、渡す先がなかった。
ただ、自分の方に残った。
それが、うまく収まりきらなかった。
気のせいならそれでいい。
でも、気のせいではなかったとしたら、それは何のためにあるのか。
分からなかった。
分からないまま、踊り場に立っていた。
◇
放課後、ユウトは図書室に寄った。
踊り場に戻る気になれなかった、というだけだった。
いつもの窓際の席に座った。
ノートを開いた。
白いページが、また目の前にあった。
(なんとなくの方が、正解かどうか関係ない)
リアの言葉が、また浮かんだ。
今日は少し違う聞こえ方がした。
見えたかどうかも、関係ないのかもしれない。
見えても届かないことがある。
見えなくても、残ることがある。
使えなくても、残ることがあるのかもしれない。
ユウトはペンを持った。
書こうとした。
その瞬間だけ、指先に、踊り場のぬるさが戻った。
一瞬だけ、そこにあった。
止まった。
白いページが、そのままだった。
書けなかった。
窓の外に、夕暮れが広がっていた。
グラウンドの練習の音が、遠くから聞こえた。
ユウトはノートを閉じなかった。
白いページを、しばらく見ていた。
何も書かないまま、見ていた。
そうしている間も、指先だけに、あのぬるさが薄く残っていた。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




