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第十七話「白さの中に」

第十七話「白さの中に」


朝の補助科の教室は、いつも少し静かだった。


他の科より登校が早い生徒が少ない。

だから朝のホームルームまでの時間、教室に残っているのは大抵数人だった。


ユウトはその数人の一人だった。

窓際の席に座って、ノートを開いていた。


今日も、特に書くことはなかった。

ただ、開いていた。


白いページを見ていると、時々、引っかかる。

何かが、ページの白さの中に、一瞬だけ重なる気がする。

気がする、だけだった。


今日もそうだった。

ユウトはノートを閉じた。



昼休み、踊り場に向かった。

いつもの場所だった。


角を曲がって、階段を上りかけたとき、足が少し止まった。

理由は分からなかった。

ただ、止まった。


踊り場に、誰もいなかった。

当たり前だった。

誰かと約束していたわけでも、誰かを待っていたわけでもない。

でも、何かが引っかかった。


踊り場に入った。

窓の外に、グラウンドが見えた。

昼練の生徒が動いている。

いつも通りの光景だった。


窓枠に手をついた。


その瞬間だった。


指先から、ぬるさが返ってきた。

誰かの手が、少し前まであったような。

そういうぬるさだった。


窓枠の素材は冷たいはずだった。

でも、そこだけが違った。


反射的に手を離した。

もう一度、同じ場所に触れた。


冷たかった。

普通の窓枠だった。



ユウトはしばらく、その場に立っていた。


呼吸が、少し浅くなっていた。

気づいたのは、しばらくしてからだった。


誰かを見るとき、流れや揺れのようなものが伝わってくることがある。

術式の偏りや、体の癖や、言葉になる前の何か。

それは、人がそこにいるときだけ起きることだった。


今、ここには誰もいなかった。

なのに、似たものが返ってきた。

人を見るときのあの感じに、似ていた。

けれど、相手はいなかった。


ユウトは少し考えた。


今まで、この感覚は使えるものだと思っていた。

リアの右肩が分かった。

レオの欠陥が分かった。

見えたことは、言葉にして渡せるものだと思っていた。


でも今は、渡す先がなかった。

ただ、自分の方に残った。

それが、うまく収まりきらなかった。


気のせいならそれでいい。

でも、気のせいではなかったとしたら、それは何のためにあるのか。

分からなかった。


分からないまま、踊り場に立っていた。



放課後、ユウトは図書室に寄った。

踊り場に戻る気になれなかった、というだけだった。


いつもの窓際の席に座った。

ノートを開いた。

白いページが、また目の前にあった。


(なんとなくの方が、正解かどうか関係ない)


リアの言葉が、また浮かんだ。

今日は少し違う聞こえ方がした。


見えたかどうかも、関係ないのかもしれない。

見えても届かないことがある。

見えなくても、残ることがある。

使えなくても、残ることがあるのかもしれない。


ユウトはペンを持った。

書こうとした。


その瞬間だけ、指先に、踊り場のぬるさが戻った。

一瞬だけ、そこにあった。


止まった。


白いページが、そのままだった。

書けなかった。


窓の外に、夕暮れが広がっていた。

グラウンドの練習の音が、遠くから聞こえた。


ユウトはノートを閉じなかった。

白いページを、しばらく見ていた。

何も書かないまま、見ていた。


そうしている間も、指先だけに、あのぬるさが薄く残っていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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