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第十五話「選択と距離」

声をかけてきたのは、昼休みだった。

踊り場でノートを開いていたユウトの前に、リアが立った。


「買い出し、付き合え」

「買い出し、ですか」

「装備の補修と、消耗品の補充。学院の購買じゃ揃わないものがある。明日の放課後、時間あるか」

「あります」

「じゃあ決まり」


それだけだった。

リアは踵を返して、階段を降りていった。


ユウトはノートを見たまま、少し考えた。

断る理由がなかったので、了承したのは正しいと思った。

ただ、なぜ自分が呼ばれたのかは、よく分からなかった。



翌日の放課後、学院の正門前で待っていると、リアが来た。

制服ではなく、動きやすそうな私服だった。

金髪を一つにまとめていた。


「待たせたか」

「いえ」

「行くぞ」


学院から十五分ほど歩いた商業区は、平日でも人が多かった。

武具屋、魔道具の店、薬屋が並んでいる。


「混んでますね」

「休日よりはマシだ」


リアが人の流れを迷わず進んでいく。

ユウトはその後を歩いた。


道幅が狭くなったところで、自然と距離が近くなった。

肩がぶつかりそうになって、ユウトが少し避けた。


リアが一度だけこちらを見た。

何も言わなかった。

でも、見た。


それからリアが、ほんの少しだけ歩く速さを落とした。

ユウトが追いつく速さに、合わせるように。



最初の店は、武具の補修材を扱う小さな店だった。


リアが棚を見ながら、ユウトを呼んだ。

「これとこれ、どっちがいいと思う」


二つのグリップ補強材が並んでいた。

ユウトは少し考えた。


「右側の方が、素材の密度が高いです。耐久性は上です。ただ、重量が左より十二グラム重い。連続動作への影響を考えると」


「違う」

「え」

「そういう話を聞いてるんじゃない」


リアが振り返った。

呆れているのか、試しているのか、判断がつかなかった。


「見た目とか、触った感じとか、そういうのでいい。どっちが良さそうか」


ユウトは少し黙った。

どっちが良さそうか。

機能の話ではなく、見た目の話。


そういう問いに、どう答えればいいか、少し考えた。


「……左、でしょうか」

「なんで」

「色が、落ち着いてるので」

「それでいい」


リアが左の方を手に取った。

それから、また棚を見ながら言った。


「他にも聞くから、ついてこい」


ついてこい、という言い方だった。

買い出しの手伝いとしては、少し違う言い方だと思った。

ユウトは黙ってついていった。



次の店は、魔道具の消耗品を扱う店だった。

天井まで棚が並んでいて、通路が狭い。


リアが棚を確認しながら進んでいく。

ユウトも後を追った。


棚の前で、リアが立ち止まった。

ユウトが横に並ぼうとして、スペースが思ったより狭かった。


肩が、リアの肩に触れた。

ユウトが半歩下がった。


「なんで離れる」

「……近いので」

「棚が狭いんだから仕方ない」

「はい」

「戻ってこい」


ユウトは一瞬だけ迷った。

それから、元の位置に戻った。

さっきより、少しだけ近かった。


リアは棚を見ながら、何かを確認している。

気にしていないらしかった。

ユウトだけが気にしていた。


「これ、在庫あるか店員に聞いてくれ」


リアがメモを渡してきた。

ユウトは少し速く、その場を離れた。



店員に在庫を確認して戻ると、リアが別の棚の前にいた。

隣に立った女性客と、何かを話している。


ユウトが近づいたとき、女性客がこちらを見た。


「彼氏さんですか?」


ユウトは止まった。

リアが振り返った。


「違います」


間があった。


「……違うのか」


リアが一瞬だけ言葉を選びかけて、やめた。

女性客が少し笑った。


「そうは見えないんですけどねえ」


リアが「そうですか」と言って、棚に視線を戻した。

否定しなかった。

訂正もしなかった。

ただ、棚を見ていた。


ユウトは在庫確認のメモをリアに渡した。

リアが受け取った。


女性客が「お似合いですよ」と笑いながら離れていった。


リアは何も言わなかった。

棚の確認を続けている。


(違います、と言った)

でも、その先は何も言わなかった。


ユウトはそれ以上考えないようにした。

うまくいかなかった。



店を出て、少し歩いたところに小さな雑貨屋があった。

リアが「少し見ていく」と言って入った。


ユウトも後に続いた。


装備関係の店ではない。

小物や布製品が並んでいた。


リアが棚の前で止まった。

小さな革製の紐が二種類、並んでいた。


「どっちがいい」

「どちらに使うんですか」

「髪をまとめるのに使う。今のが痛んできた」

「では機能的に考えると、細い方が」

「そういう話じゃない」


また言われた。


ユウトは少し黙った。

二つの革紐を見た。


一方は濃い茶色で、もう一方は少し赤みがかった茶色だった。

機能的な差はほとんどない。


でも、見ていると、何かが引っかかった。


「……右の方が、リアさんの色に合う気がします」

「気がする、って」

「なんとなく、です」


言ったあとで、自分でも少し驚いた。

なんとなく、という言葉が出たのは、初めてだった。


リアがユウトを見た。

確認するような目だった。

少しの間があった。


「それでいい」


右の紐を手に取った。


それから棚に並んだ別の小物を、少し眺めた。


その横顔を見ながら、ユウトは口を開いた。


「……似合うと思います。今日の、全体的に」


言ったあとで、少し遅れて気づいた。

分析じゃなかった。

ただ、そう思っただけだった。


リアが振り返った。

何か言いかけて、止まった。

それから棚に視線を戻した。


「……そういうことを急に言うな」

「すみません」

「謝るな」


それ以上は何も言わなかった。

ユウトも何も言わなかった。


でも、沈黙の種類が、さっきまでと少し変わっていた。



帰り道、二人は並んで歩いた。

来るときより、少しだけ歩く速さが揃っていた。


しばらく、どちらも話さなかった。

夕暮れが、商業区の石畳を染めていた。


「お前、今日何回かなんとなくで動いたな」

「……そうですね」

「普段はしないだろ」

「しないです」

「どうだった」

「よく分かりませんでした」


リアが少し黙った。

それから「そうか」と言った。


「なんとなくって、外れるときもあるから。それが嫌で分析するんだろ」

「そうかもしれないです」

「でもなんとなくの方が、正解かどうか関係ないからな」


ユウトには、その言葉の意味がすぐには分からなかった。

でも、否定できなかった。


学院の正門が見えてきた。

リアが歩く速さを少し落とした。


「一個だけ言っていいか」

「はい」

「お前、ずっと敬語だな」

「……そうですね」

「俺とはもう何ヶ月も話してる。別にいいんじゃないか」


ユウトは少し黙った。


「……なんか、崩し方が分かんないです」

「今崩れてるぞ」


言われて、ユウトは気づいた。

「分かんないです」は、いつもの話し方ではなかった。


リアが少し目を細めた。


「次も呼ぶ。他じゃ意味がない」


それだけ言って、正門を入っていった。

金髪が、夕暮れの光の中で揺れた。


ユウトはその背中を少しだけ見てから、後に続いた。



自室に戻って、ユウトはノートを開いた。

今日の分析をまとめようとして、止まった。


今日は分析することがなかった。


(なんとなく、で選んだ)


右の紐を選んだとき、理由はなかった。

似合う、と言ったときも、同じだった。


ただ、思ったから、言った。

それだけだった。


(見える、と思えるのは、術式だけじゃないのか)


ノートを閉じた。

窓の外に、夜が広がっていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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