第十五話「選択と距離」
声をかけてきたのは、昼休みだった。
踊り場でノートを開いていたユウトの前に、リアが立った。
「買い出し、付き合え」
「買い出し、ですか」
「装備の補修と、消耗品の補充。学院の購買じゃ揃わないものがある。明日の放課後、時間あるか」
「あります」
「じゃあ決まり」
それだけだった。
リアは踵を返して、階段を降りていった。
ユウトはノートを見たまま、少し考えた。
断る理由がなかったので、了承したのは正しいと思った。
ただ、なぜ自分が呼ばれたのかは、よく分からなかった。
◇
翌日の放課後、学院の正門前で待っていると、リアが来た。
制服ではなく、動きやすそうな私服だった。
金髪を一つにまとめていた。
「待たせたか」
「いえ」
「行くぞ」
学院から十五分ほど歩いた商業区は、平日でも人が多かった。
武具屋、魔道具の店、薬屋が並んでいる。
「混んでますね」
「休日よりはマシだ」
リアが人の流れを迷わず進んでいく。
ユウトはその後を歩いた。
道幅が狭くなったところで、自然と距離が近くなった。
肩がぶつかりそうになって、ユウトが少し避けた。
リアが一度だけこちらを見た。
何も言わなかった。
でも、見た。
それからリアが、ほんの少しだけ歩く速さを落とした。
ユウトが追いつく速さに、合わせるように。
◇
最初の店は、武具の補修材を扱う小さな店だった。
リアが棚を見ながら、ユウトを呼んだ。
「これとこれ、どっちがいいと思う」
二つのグリップ補強材が並んでいた。
ユウトは少し考えた。
「右側の方が、素材の密度が高いです。耐久性は上です。ただ、重量が左より十二グラム重い。連続動作への影響を考えると」
「違う」
「え」
「そういう話を聞いてるんじゃない」
リアが振り返った。
呆れているのか、試しているのか、判断がつかなかった。
「見た目とか、触った感じとか、そういうのでいい。どっちが良さそうか」
ユウトは少し黙った。
どっちが良さそうか。
機能の話ではなく、見た目の話。
そういう問いに、どう答えればいいか、少し考えた。
「……左、でしょうか」
「なんで」
「色が、落ち着いてるので」
「それでいい」
リアが左の方を手に取った。
それから、また棚を見ながら言った。
「他にも聞くから、ついてこい」
ついてこい、という言い方だった。
買い出しの手伝いとしては、少し違う言い方だと思った。
ユウトは黙ってついていった。
◇
次の店は、魔道具の消耗品を扱う店だった。
天井まで棚が並んでいて、通路が狭い。
リアが棚を確認しながら進んでいく。
ユウトも後を追った。
棚の前で、リアが立ち止まった。
ユウトが横に並ぼうとして、スペースが思ったより狭かった。
肩が、リアの肩に触れた。
ユウトが半歩下がった。
「なんで離れる」
「……近いので」
「棚が狭いんだから仕方ない」
「はい」
「戻ってこい」
ユウトは一瞬だけ迷った。
それから、元の位置に戻った。
さっきより、少しだけ近かった。
リアは棚を見ながら、何かを確認している。
気にしていないらしかった。
ユウトだけが気にしていた。
「これ、在庫あるか店員に聞いてくれ」
リアがメモを渡してきた。
ユウトは少し速く、その場を離れた。
◇
店員に在庫を確認して戻ると、リアが別の棚の前にいた。
隣に立った女性客と、何かを話している。
ユウトが近づいたとき、女性客がこちらを見た。
「彼氏さんですか?」
ユウトは止まった。
リアが振り返った。
「違います」
間があった。
「……違うのか」
リアが一瞬だけ言葉を選びかけて、やめた。
女性客が少し笑った。
「そうは見えないんですけどねえ」
リアが「そうですか」と言って、棚に視線を戻した。
否定しなかった。
訂正もしなかった。
ただ、棚を見ていた。
ユウトは在庫確認のメモをリアに渡した。
リアが受け取った。
女性客が「お似合いですよ」と笑いながら離れていった。
リアは何も言わなかった。
棚の確認を続けている。
(違います、と言った)
でも、その先は何も言わなかった。
ユウトはそれ以上考えないようにした。
うまくいかなかった。
◇
店を出て、少し歩いたところに小さな雑貨屋があった。
リアが「少し見ていく」と言って入った。
ユウトも後に続いた。
装備関係の店ではない。
小物や布製品が並んでいた。
リアが棚の前で止まった。
小さな革製の紐が二種類、並んでいた。
「どっちがいい」
「どちらに使うんですか」
「髪をまとめるのに使う。今のが痛んできた」
「では機能的に考えると、細い方が」
「そういう話じゃない」
また言われた。
ユウトは少し黙った。
二つの革紐を見た。
一方は濃い茶色で、もう一方は少し赤みがかった茶色だった。
機能的な差はほとんどない。
でも、見ていると、何かが引っかかった。
「……右の方が、リアさんの色に合う気がします」
「気がする、って」
「なんとなく、です」
言ったあとで、自分でも少し驚いた。
なんとなく、という言葉が出たのは、初めてだった。
リアがユウトを見た。
確認するような目だった。
少しの間があった。
「それでいい」
右の紐を手に取った。
それから棚に並んだ別の小物を、少し眺めた。
その横顔を見ながら、ユウトは口を開いた。
「……似合うと思います。今日の、全体的に」
言ったあとで、少し遅れて気づいた。
分析じゃなかった。
ただ、そう思っただけだった。
リアが振り返った。
何か言いかけて、止まった。
それから棚に視線を戻した。
「……そういうことを急に言うな」
「すみません」
「謝るな」
それ以上は何も言わなかった。
ユウトも何も言わなかった。
でも、沈黙の種類が、さっきまでと少し変わっていた。
◇
帰り道、二人は並んで歩いた。
来るときより、少しだけ歩く速さが揃っていた。
しばらく、どちらも話さなかった。
夕暮れが、商業区の石畳を染めていた。
「お前、今日何回かなんとなくで動いたな」
「……そうですね」
「普段はしないだろ」
「しないです」
「どうだった」
「よく分かりませんでした」
リアが少し黙った。
それから「そうか」と言った。
「なんとなくって、外れるときもあるから。それが嫌で分析するんだろ」
「そうかもしれないです」
「でもなんとなくの方が、正解かどうか関係ないからな」
ユウトには、その言葉の意味がすぐには分からなかった。
でも、否定できなかった。
学院の正門が見えてきた。
リアが歩く速さを少し落とした。
「一個だけ言っていいか」
「はい」
「お前、ずっと敬語だな」
「……そうですね」
「俺とはもう何ヶ月も話してる。別にいいんじゃないか」
ユウトは少し黙った。
「……なんか、崩し方が分かんないです」
「今崩れてるぞ」
言われて、ユウトは気づいた。
「分かんないです」は、いつもの話し方ではなかった。
リアが少し目を細めた。
「次も呼ぶ。他じゃ意味がない」
それだけ言って、正門を入っていった。
金髪が、夕暮れの光の中で揺れた。
ユウトはその背中を少しだけ見てから、後に続いた。
◇
自室に戻って、ユウトはノートを開いた。
今日の分析をまとめようとして、止まった。
今日は分析することがなかった。
(なんとなく、で選んだ)
右の紐を選んだとき、理由はなかった。
似合う、と言ったときも、同じだった。
ただ、思ったから、言った。
それだけだった。
(見える、と思えるのは、術式だけじゃないのか)
ノートを閉じた。
窓の外に、夜が広がっていた。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




