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第十四話「特例審査」

特例審査の話が正式に動き始めたのは、対抗演習が終わって三日後だった。

エルナから呼び出しがあった。

場所は生徒会室だった。


補助科の生徒が生徒会室に呼ばれることは、ほとんどない。

廊下ですれ違った生徒が、一度だけ振り返った。


ユウトは気にしないようにして、扉を開けた。


中にはエルナの他に、見知らぬ教師が一人いた。

中年の男性で、眼鏡をかけている。

胸には学院の審査章がついていた。


「座ってください」


エルナが言った。

いつもの落ち着いた声だった。

でも、今日は少しだけ硬い。


ユウトは椅子に座った。



審査担当の教師が口を開いた。


ベルナルド・クライン。

自己紹介はそれだけだった。


「補助魔術科からの特例は、過去十年で前例がありません。今回は生徒会副会長の申請によって審査の場が設けられましたが、学院内では賛否があります」


クラインが書類を開いた。

感情のない声だった。


「反対意見は単純です。評価根拠が数値に出ない。それだけです。特例審査は実技点・試験点・貢献度の総合評価で判断される。補助科の生徒は、その三項目いずれにおいても基準に達していない」


ユウトは黙って聞いた。

予想していた話だった。


「ただ、賛成する教師も一部います。結果が出ているから、です。今日はそれを直接確認したい。それだけです」


クラインが書類を閉じた。

それからユウトを見た。


期待していない目だった。

義務として行われている審査だ、という目だった。



エルナが立ち上がった。

机の上に、数枚の書類を広げた。


「事実関係を三点だけ提示します」


準備してきた、という感じがした。

いつもより言葉が速い。


「ミハイル・ロンドがレオ・グランドから一点取りました。記録上初めてです。リア・ソレイユのランキングは八位から四位に上昇しました。そして、ソレイユはグランドの全試合無失点記録を止めました」


クラインがユウトを見た。


「あなたが関与したのですか」

「はい」


「具体的に何をしたのですか」

「見えたことを、言葉にして渡しました」


「見えた、というのは」

「術式の欠陥、防壁の非効率、動きの癖。そういったものが、見ていると分かります」


「訓練で得た技術ですか」

「違います。昔からそうです」


クラインが少し黙った。

書類に何かを書いた。


それから顔を上げた。


「あなたは何をしている人間ですか」



ユウトは少し考えた。


審査の場で、初めて言葉にしなければならない。

でも、うまく出てこなかった。


「見えるだけです」と言おうとして、止まった。

それでは足りない気がした。


でも、どう言えばいいか分からなかった。


「……見えたことを、動ける人間に渡しています」


正直に答えた。

言いながら、まだ足りない気がした。


「それだけですか」


クラインが聞いた。

続きを待っている口調だった。


ユウトは少し考えた。


それだけではないかもしれない。

でも、どこまでが言えることか。


「動ける人間が、届いたことのない場所に届く。そのための……情報を、作っています」


言い終わってから、自分でも驚いた。

そういう言い方をしたのは初めてだった。


合っているかどうか、まだよく分からなかった。


「届いたことのない場所に届く、とは」


「ロンドさんは、グランドさんから点を取ったことがありませんでした。ソレイユさんも、グランドさんから点を取ったことがありませんでした。今回、それが起きました」


「それはあなたの功績ですか」


「違います。動いたのは本人たちです。俺は見えたことを渡しただけです」


「では、あなたがいなくても同じことが起きましたか」


ユウトは少し黙った。


「分かりません。ただ、俺がいなければ渡せなかった情報があったことは確かです」


クラインが書類に何かを書いた。


長い沈黙があった。

窓の外で、風が木を揺らす音がした。



「反対意見をもう一点伝えます」


クラインが言った。


「補助科の生徒が他科の生徒に助言を行うことは、本来の科別教育の枠を超えている。それを特例の根拠とするのは、制度の逸脱だという意見があります」


ユウトは黙って聞いた。

間違いではないと思ったからだ。


「どう思いますか」


「制度の枠を超えた、という点は、その通りだと思います」


クラインが少し驚いた顔をした。

エルナも少しだけ目を動かした。


「ただ」


ユウトは続けた。


「枠の外にあることと、価値がないことは別だと思っています。俺がやってきたことが制度の中に収まらないなら、それは制度の問題かもしれない。俺の問題かもしれない。どちらかはまだ分かりません」


クラインが書類から顔を上げた。

今度は、最初とは違う目でユウトを見ていた。


「今日の審査はここまでです。結果はすぐには出ません。学院側で協議します。一週間以内に連絡します」


立ち上がった。


それからユウトを見た。

審査担当の教師ではなく、一人の人間として話している口調だった。


「あなたが今日言ったことは、正直だったと思います」


それだけ言って、クラインが生徒会室を出た。

扉が閉まった。



生徒会室に、ユウトとエルナだけが残った。


エルナが書類を片付けながら言った。


「制度の逸脱を認めたのが良かったです。クライン先生の態度が変わりました」


「否定できなかっただけです」

「それでいいんです」


エルナが書類を揃えて、机に置いた。

それからユウトを見た。


「結果は分かりません。あとは学院側の判断です」


「エルナさんは、通ると思いますか」


「分かりません」


即答だった。

でも今日は、いつもより少しだけ間があった。


しばらく黙っていた。

エルナが窓の外を見た。

グラウンドで、誰かが練習している。


「一つだけ言います」


エルナが言った。


「私がここまでするのは、制度が正しく機能していないと思っているからです。それだけです。あなたへの特別な感情ではない」


ユウトは少し驚いた。

そういう言い方をされたのは初めてだった。


「……分かっています」


「ただ」


エルナが少し間を置いた。


「今日、あなたが自分の力を言葉にしようとしていた。それは見ていて、悪くなかった」


それだけ言って、書類を持って部屋を出た。

扉が閉まった。



ユウトは一人、生徒会室に残った。


窓の外に、夕暮れが広がっていた。

グラウンドで、誰かが練習している。

遠くから、剣の音が聞こえた。


今日、初めて言えた言葉があった。


動ける人間が、届いたことのない場所に届く。

そのための情報を作っている。


言い終わってから、まだ合っているか分からなかった。

でも、「見えるだけです」よりは近い気がした。


自分が何をしているのか、少しだけ輪郭が見えた気がした。


立ち上がって、扉を開けた。


廊下に出ると、ミハイルが端に立っていた。

待っていたのだろう。


「どうだった」

「まだ分かりません」


「そうか」


ミハイルが一緒に歩き出した。


しばらく黙っていた。

それから、ぼそっと言った。


「お前が審査受けたって話、もう広まってるぞ」


「早いですね」


「補助科の生徒が特例審査を受けた、って。今日一日で学院中に広まった」


ユウトは少し考えた。


気にしていないわけではなかった。

でも、気にしすぎる理由もなかった。


「結果が出てから考えます」


「そうだな」


二人は廊下を歩いた。


窓の外に、夕暮れが広がっていた。

グラウンドでは、まだ誰かが練習していた。


何かが終わった感じはしなかった。

むしろ、何かが始まろうとしている感じがした。


それが何かを、ユウトはまだ言葉にできなかった。

でも、悪い気分ではなかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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