第十四話「特例審査」
特例審査の話が正式に動き始めたのは、対抗演習が終わって三日後だった。
エルナから呼び出しがあった。
場所は生徒会室だった。
補助科の生徒が生徒会室に呼ばれることは、ほとんどない。
廊下ですれ違った生徒が、一度だけ振り返った。
ユウトは気にしないようにして、扉を開けた。
中にはエルナの他に、見知らぬ教師が一人いた。
中年の男性で、眼鏡をかけている。
胸には学院の審査章がついていた。
「座ってください」
エルナが言った。
いつもの落ち着いた声だった。
でも、今日は少しだけ硬い。
ユウトは椅子に座った。
◇
審査担当の教師が口を開いた。
ベルナルド・クライン。
自己紹介はそれだけだった。
「補助魔術科からの特例は、過去十年で前例がありません。今回は生徒会副会長の申請によって審査の場が設けられましたが、学院内では賛否があります」
クラインが書類を開いた。
感情のない声だった。
「反対意見は単純です。評価根拠が数値に出ない。それだけです。特例審査は実技点・試験点・貢献度の総合評価で判断される。補助科の生徒は、その三項目いずれにおいても基準に達していない」
ユウトは黙って聞いた。
予想していた話だった。
「ただ、賛成する教師も一部います。結果が出ているから、です。今日はそれを直接確認したい。それだけです」
クラインが書類を閉じた。
それからユウトを見た。
期待していない目だった。
義務として行われている審査だ、という目だった。
◇
エルナが立ち上がった。
机の上に、数枚の書類を広げた。
「事実関係を三点だけ提示します」
準備してきた、という感じがした。
いつもより言葉が速い。
「ミハイル・ロンドがレオ・グランドから一点取りました。記録上初めてです。リア・ソレイユのランキングは八位から四位に上昇しました。そして、ソレイユはグランドの全試合無失点記録を止めました」
クラインがユウトを見た。
「あなたが関与したのですか」
「はい」
「具体的に何をしたのですか」
「見えたことを、言葉にして渡しました」
「見えた、というのは」
「術式の欠陥、防壁の非効率、動きの癖。そういったものが、見ていると分かります」
「訓練で得た技術ですか」
「違います。昔からそうです」
クラインが少し黙った。
書類に何かを書いた。
それから顔を上げた。
「あなたは何をしている人間ですか」
◇
ユウトは少し考えた。
審査の場で、初めて言葉にしなければならない。
でも、うまく出てこなかった。
「見えるだけです」と言おうとして、止まった。
それでは足りない気がした。
でも、どう言えばいいか分からなかった。
「……見えたことを、動ける人間に渡しています」
正直に答えた。
言いながら、まだ足りない気がした。
「それだけですか」
クラインが聞いた。
続きを待っている口調だった。
ユウトは少し考えた。
それだけではないかもしれない。
でも、どこまでが言えることか。
「動ける人間が、届いたことのない場所に届く。そのための……情報を、作っています」
言い終わってから、自分でも驚いた。
そういう言い方をしたのは初めてだった。
合っているかどうか、まだよく分からなかった。
「届いたことのない場所に届く、とは」
「ロンドさんは、グランドさんから点を取ったことがありませんでした。ソレイユさんも、グランドさんから点を取ったことがありませんでした。今回、それが起きました」
「それはあなたの功績ですか」
「違います。動いたのは本人たちです。俺は見えたことを渡しただけです」
「では、あなたがいなくても同じことが起きましたか」
ユウトは少し黙った。
「分かりません。ただ、俺がいなければ渡せなかった情報があったことは確かです」
クラインが書類に何かを書いた。
長い沈黙があった。
窓の外で、風が木を揺らす音がした。
◇
「反対意見をもう一点伝えます」
クラインが言った。
「補助科の生徒が他科の生徒に助言を行うことは、本来の科別教育の枠を超えている。それを特例の根拠とするのは、制度の逸脱だという意見があります」
ユウトは黙って聞いた。
間違いではないと思ったからだ。
「どう思いますか」
「制度の枠を超えた、という点は、その通りだと思います」
クラインが少し驚いた顔をした。
エルナも少しだけ目を動かした。
「ただ」
ユウトは続けた。
「枠の外にあることと、価値がないことは別だと思っています。俺がやってきたことが制度の中に収まらないなら、それは制度の問題かもしれない。俺の問題かもしれない。どちらかはまだ分かりません」
クラインが書類から顔を上げた。
今度は、最初とは違う目でユウトを見ていた。
「今日の審査はここまでです。結果はすぐには出ません。学院側で協議します。一週間以内に連絡します」
立ち上がった。
それからユウトを見た。
審査担当の教師ではなく、一人の人間として話している口調だった。
「あなたが今日言ったことは、正直だったと思います」
それだけ言って、クラインが生徒会室を出た。
扉が閉まった。
◇
生徒会室に、ユウトとエルナだけが残った。
エルナが書類を片付けながら言った。
「制度の逸脱を認めたのが良かったです。クライン先生の態度が変わりました」
「否定できなかっただけです」
「それでいいんです」
エルナが書類を揃えて、机に置いた。
それからユウトを見た。
「結果は分かりません。あとは学院側の判断です」
「エルナさんは、通ると思いますか」
「分かりません」
即答だった。
でも今日は、いつもより少しだけ間があった。
しばらく黙っていた。
エルナが窓の外を見た。
グラウンドで、誰かが練習している。
「一つだけ言います」
エルナが言った。
「私がここまでするのは、制度が正しく機能していないと思っているからです。それだけです。あなたへの特別な感情ではない」
ユウトは少し驚いた。
そういう言い方をされたのは初めてだった。
「……分かっています」
「ただ」
エルナが少し間を置いた。
「今日、あなたが自分の力を言葉にしようとしていた。それは見ていて、悪くなかった」
それだけ言って、書類を持って部屋を出た。
扉が閉まった。
◇
ユウトは一人、生徒会室に残った。
窓の外に、夕暮れが広がっていた。
グラウンドで、誰かが練習している。
遠くから、剣の音が聞こえた。
今日、初めて言えた言葉があった。
動ける人間が、届いたことのない場所に届く。
そのための情報を作っている。
言い終わってから、まだ合っているか分からなかった。
でも、「見えるだけです」よりは近い気がした。
自分が何をしているのか、少しだけ輪郭が見えた気がした。
立ち上がって、扉を開けた。
廊下に出ると、ミハイルが端に立っていた。
待っていたのだろう。
「どうだった」
「まだ分かりません」
「そうか」
ミハイルが一緒に歩き出した。
しばらく黙っていた。
それから、ぼそっと言った。
「お前が審査受けたって話、もう広まってるぞ」
「早いですね」
「補助科の生徒が特例審査を受けた、って。今日一日で学院中に広まった」
ユウトは少し考えた。
気にしていないわけではなかった。
でも、気にしすぎる理由もなかった。
「結果が出てから考えます」
「そうだな」
二人は廊下を歩いた。
窓の外に、夕暮れが広がっていた。
グラウンドでは、まだ誰かが練習していた。
何かが終わった感じはしなかった。
むしろ、何かが始まろうとしている感じがした。
それが何かを、ユウトはまだ言葉にできなかった。
でも、悪い気分ではなかった。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




