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第十三話「灰色の腕章の正体」

翌朝、学院の空気が変わっていた。

昨日とは違う種類の変わり方だった。


廊下を歩いていると、声が止まる。

会話が止まって、こちらを見る。

それから、また声が続く。

ユウトが通り過ぎた後で、声が続く。


その声の中に、何度も同じ言葉が混ざっていた。


補助科。

アーセル。

グランドの一点。


ユウトはそれを聞きながら、いつも通り歩いた。

気にしないようにしていた。

でも今日は、気にしないことが少し難しかった。



ホームルーム前、ミハイルが教室に入ってくるなり言った。


「今朝、七人に声をかけられた」


「何を聞かれましたか」


「全員同じだ。ソレイユの試合に、お前が関わってるのかって」


「何と答えましたか」


「正直に答えた。お前が戦術を組んだって」


ミハイルが席に座った。

いつもより少し背筋が真っすぐだった。


「もう隠れられる段階じゃないからな」


それから、少し間を置いた。


「一個だけ言っておく。みんな怒ってるわけじゃない。理解しようとしてる感じがした。補助科が何をしたのか分からないから、聞いてくる。そういう顔だった」


「そうですか」


「お前が何をしてるか、俺は昨日やっと分かった気がした。だから他の人間も、時間をかければ分かると思う」


ユウトは返す言葉が見つからなかった。


ミハイルが「まあ」と言って、教科書を開いた。


「隠すよりは、分かってもらった方がいい。それだけだ」


授業が始まった。



昼休み、リアが踊り場に来た。

ユウトが先にいた。


リアは窓枠に背を預けて、グラウンドを見た。

昨日より、少しだけ動きが重かった。

体に残っているのだろう。


しばらく黙っていた。

ユウトも黙って待った。


「負けたな」


リアが言った。

静かな声だった。


「はい」


「悔しいかと思ったけど、そうでもない」


「そうですか」


「一点届いたから」


また少し黙った。

グラウンドの練習の音が、遠くから聞こえた。


「追い込まれながら待つのは、思ったより難しかった。体が勝手に動こうとする。それでもなんとか待てた」


リアが窓から視線を戻した。

青紫色の瞳が、ユウトを見た。

昨日の試合の疲れが、まだ目の端に残っていた。

でも、その奥にあるものは変わっていなかった。


「後悔はしてない」


それだけ言った。

それ以上は言わなかった。

でも、その目には昨日の試合が全部入っていた。


しばらくして、リアが踊り場を出た。

足音が遠ざかっていった。


光の中で、金髪が揺れるのが見えた。

ユウトはそれを見ていた。

リアの背中が見えなくなっても、しばらくそこに立っていた。



その日の放課後、レオがユウトの前に現れた。

廊下で待っていた。

補助科の棟に向かう途中だった。


「話せるか」


「はい」


人の少ない中庭へ移動した。

レオが腕を組んで、ユウトを見た。

据わった目だった。

でも、怒気はなかった。


「昨日の試合、お前が組んだのか」


「はい」


「ソレイユに、俺の欠陥を教えたのか」


「はい」


ユウトは正直に答えた。

否定する理由がなかった。


「なぜ言わなかった」


レオが言った。


「俺に直接、教えなかった理由を聞いている」


ユウトは少し考えた。


「迷いました。レオさんが自分で向き合っている欠陥を、別の人間に渡すことが正しいのかどうか。答えが出ないまま、試合になりました」


レオが少し黙った。

中庭の向こうで、放課後の練習が始まっていた。

剣の音が遠くから聞こえた。

風が少しあった。


「迷いながら渡したことは、正しかったと思う」


静かに言った。


「俺の欠陥は、俺が向き合う問題だ。使われたから問題になるのではなく、そこに欠陥があることが問題だ。あの試合で俺は、欠陥を抑え込む方法を試合の中で作った。それはソレイユが一点を取ったからだ」


ユウトは何も言わなかった。


レオが続けた。


「お前の力は、俺には必要ない。俺は自分で向き合う」


一拍置いた。


「ただ、必要とする場所はある」


それだけ言って、レオが歩き出した。

足音が中庭に遠ざかっていった。


ユウトはその背中を見ていた。

しばらく動けなかった。


「必要とする場所はある」という言葉が、頭の中に残った。

レオが何を指しているのか、まだよく分からなかった。

でも、その言葉は軽くなかった。

レオが軽い言葉を使う人間ではないことを、ユウトは知っていた。



夕方、図書室の前でエルナ・ヴァッセルが待っていた。

廊下の端に移動した。


エルナが口を開いた。


「補助科のアーセルが戦術を組んだ、という話が今日一日で確定情報になりました。否定する声がほとんどない」


「知っています」


「私は今日、生徒会の中で記録として残す動きを始めました。ミハイルさんの一点、ソレイユさんのランキング上昇、昨日の試合の一点。これを正式な記録として残します」


「それが何のためになりますか」


「今は、何のためにもなりません」


即答だった。

でも今日は、いつもより少しだけ間があった。


「ただ、特例審査の話が出るかもしれません。補助科から、です。前例はほとんどない。反対する声も出るでしょう。ただ、今回の対抗演習で状況が変わりました」


ユウトは窓の外を見た。

夕暮れが、グラウンドを染めていた。

練習している生徒たちの声が、遠くから聞こえた。


「私はまだ、自分が何のために評価されるべきかが分かっていません」


「それは審査の場で考えればいいことです」


エルナが一度だけ窓の外を見た。

それから、ユウトを見た。


「一つだけ言っておきます。事実が積み重なれば、動かない制度でも動く瞬間が来ます。今がその瞬間に近づいているかもしれない。私はそう思っています」


それだけ言って、エルナが歩き出した。

足音が廊下に遠ざかっていった。



ユウトはしばらく、その場に立っていた。


今日一日で、いろんな言葉が積み重なっていた。


ミハイルの言葉。

リアの背中。

レオの「必要とする場所はある」。

エルナの「動く瞬間が来るかもしれない」。


どれに対しても、うまく返せなかった。

でも、どれも頭の中に残っていた。


(俺は何をしているのか)


その問いに、まだ答えが出ていなかった。

ただ、今日一日で、その問いが少しだけ形を変えた気がした。


「何をしているのか」から、「何をするべきか」へ。


廊下の向こうで、誰かが走っていく音がした。

対抗演習は続いていた。


ユウトはノートを開いた。

書くべきことが、まだあった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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