第十二話「三回戦」
対抗演習の三回戦は、午後の早い時間に始まった。
グラウンドに人が集まっている。
一回戦や二回戦より、明らかに多い。
リア・ソレイユ対レオ・グランド。
その組み合わせが広まっていたからだろう。
それだけじゃない。
「補助科が裏で動いている」という話も、もう広まっていた。
ユウトは補助科の生徒たちの端に立っていた。
今日もいつも通りの場所だ。
でも、視線が来る。
こちらを見ている生徒が、昨日より明らかに多かった。
気にしないようにして、グラウンドを見る。
◇
二人がグラウンドに出てきた。
リアが右側に立つ。
金髪が、午後の光の中で揺れた。
前を向いている。
表情は読めない。
レオが左側に立った。
いつもの据わった目で、正面を見ている。
でも、ユウトには分かった。
今日のレオは、最初から少し違う。
構えを作る前の、静かな準備の段階で、何かが張っていた。
(警戒してる)
レオはリアの変化を知っている。
二回戦までの試合も見ていたはずだ。
誰かが裏で動いている、という話も耳に入っているだろう。
だから今日のレオは、最初から読もうとしている。
相手が何をしてくるかを。
審査教師が開始の合図を出した。
◇
リアが動いた。
最初から前には出ない。
距離を取った。
一回戦とも二回戦とも違う入り方だった。
観覧席がざわつく。
「ソレイユ、下がった」
「いつもと違う」
「待ってるのか」
レオが少し止まる。
一瞬だけ。
リアの動きが想定と違ったのだろう。
でも、すぐに動いた。
術式を展開する。
出力は抑えている。
様子見だった。
リアが横へ動く。
避ける。
でも、前には出ない。
また距離を取る。
(待ってる)
ユウトには分かった。
リアは今、高出力を引き出す前の段階にいる。
焦っていない。
昨日の踊り場での会話を、体で実行していた。
二発目。
三発目。
レオが連続展開に入る。
でも、出力はまだ抑えていた。
リアが後退し始める。
一歩。
また一歩。
少しずつ、グラウンドの端に近づいていく。
「ソレイユ、押されてる」
「グランドの方が上か」
「やっぱりか」
観覧席からそういう声が聞こえた。
ユウトはグラウンドを見ていた。
息を止めたまま。
(まだだ)
レオの出力は、まだ上がっていない。
欠陥が出る段階には届いていなかった。
リアは今、本当に追い込まれながら、それでも待っていた。
◇
五発目。
六発目。
レオの連続展開が続く。
リアの後退が止まった。
グラウンドの端が近い。
これ以上は下がれない。
レオが見た。
リアの逃げ場がなくなっていることを確認した。
その瞬間だった。
レオの出力が跳ね上がる。
終わらせるための出力だった。
七発目の術式が展開される。
光の奔流が、リアに向かった。
さっきまでとは桁が違う圧だった。
(来た)
ユウトは息を止めた。
リアが動く。
後退じゃない。
横へ。
大きく、右へ跳んだ。
術式が、リアのいた場所を通過する。
レオが向きを変えようとした。
高出力のまま展開方向を変える。
その一瞬、第三層の接続点に負荷が集中した。
レオの展開が、止まる。
コンマ数秒。
でも、たしかに止まった。
リアの体が、その止まりを感じ取った。
理屈じゃない。
積み重ねてきた実戦の感覚が、相手の一瞬の停止を拾った。
前に出る。
迷いがなかった。
レオの正面へ、全力で踏み込む。
模擬剣を構えたまま、止まった一瞬の隙間に体ごと入った。
打ち込みの音が、グラウンドに重く響く。
グラウンドが静まり返った。
審査教師がポイントを記録する。
それから一拍置いて、観覧席が割れた。
「入った」
「ソレイユがグランドから一点取った」
「グランドが止まった、今の」
「何が起きた、今の」
「前代未聞じゃないのか」
声が重なって、グラウンドを包んだ。
ユウトはその声の中で、リアだけを見ていた。
リアは審査教師の方を向いている。
表情は変わっていない。
でも、その目には昨日の踊り場とは違う何かがあった。
届いた。
そういう目だった。
それだけで、ユウトには十分だった。
◇
レオが立て直す。
速かった。
一点を取られたことへの動揺は、表情には出ていない。
でも、構えが変わった。
(修正してきた)
レオは今、全力で欠陥と向き合っている。
第三層の接続点を意識しながら、出力を上げ続ける。
そういう戦い方を、今この瞬間に体の中で作り上げていた。
八発目。
さっきと同じ出力で来る。
でも今度は、止まらなかった。
ぶれた。
一瞬だけぶれた。
でも、止まるほどじゃない。
リアが突こうとした。
間に合わない。
九発目。
今度は、ぶれすら出なかった。
レオが、欠陥を抑え込みながら出力を維持している。
その両立を、試合の中でやり遂げていた。
それがレオだった。
欠陥を抱えたまま、それでも頂点に立つ理由が、今ここにある。
(克服した)
ユウトは静かに息を吐いた。
昨日、リアに言った言葉が頭に戻ってくる。
「その先は、リアさんが勝つしかないです」
その段階が来た。
十発目。
十一発目。
レオの連続展開が続く。
欠陥を抑え込んだレオの出力は、さっきより重かった。
制御しながら全力を出している。
そういう圧があった。
リアが後退する。
今度は戦術的な後退じゃない。
押されている。
十二発目の術式が、リアの右肩をかすめた。
審査教師がポイントを記録する。
同点だった。
観覧席がまたざわついた。
でも今度のざわめきは、静かに広がる種類のものだった。
どちらかが、これで決まる。
そういう空気だった。
◇
リアが構えを立て直す。
消耗が出ていた。
でも、前を向いている。
(まだ諦めてない)
ユウトには見えた。
リアの体は限界に近い。
でも、その目に諦めはない。
昨日の踊り場で「届くところまで行く」と言ったとき、
その意味はこれだったのかもしれない。
勝つことじゃない。
届くことを決めていた。
レオが動く。
今度は最初から出力を上げてきた。
欠陥を抑え込みながら、それでも頂点の出力で攻める。
十三発目。
リアが受ける。
弾こうとして、弾ききれない。
後退した。
膝が揺れた。
でも、倒れなかった。
十四発目が来た瞬間、リアが動く。
後退ではなく、横へ。
消耗した体で、最後の踏み込みをした。
模擬剣を構えたまま、レオの側面へ入ろうとする。
あと少し。
ほんとうに、あと少しだった。
レオが向きを変えた。
今度は間に合った。
術式がリアを直撃する。
リアが後退した。
膝をつく。
審査教師が試合終了を宣告した。
◇
グラウンドが静かになった。
今日一番長い静けさだった。
リアが立ち上がる。
ゆっくりと。
審査教師の方を向く。
退場の確認をした。
それからグラウンドを出ていった。
歩き方は重い。
でも、うつむいてはいなかった。
その背中を見ながら、観覧席から声が上がる。
「グランドから一点が入った」
「剣術科が、グランドから一点を取ったのか」
「去年も一昨年も、グランドは全試合無失点だったぞ」
「補助科のアーセルが絡んでる、あれは絶対そうだ」
「補助科が、グランドを止めたのか」
声が重なって、広がって、グラウンドを包んだ。
ユウトはその声の中に立っていた。
補助科の端で。
いつもの場所で。
でも今日は、その声が全部こちらに向かってくる感じがした。
レオが退場しようとした。
その足が止まる。
観覧席の方を見る。
補助科の生徒が固まっている方向を見る。
ユウトを見る。
据わった目だった。
でも、今日の目には昨日とは違う何かがあった。
怒りじゃない。
軽蔑でもない。
「分かった」という目だった。
何が分かったのかは、ユウトには判断がつかなかった。
でも、その目が一秒だけここにあった。
それからレオは前を向いて歩き出した。
◇
ミハイルが隣に来た。
いつの間にか、そこにいた。
「見てたか」
「はい」
「ソレイユ、一点取ったな」
「はい」
「グランドが修正してきたのも見えてたか」
「はい」
「お前はどう思った」
ユウトは少し考えた。
「予想していました。でも、リアさんが最後まで前を向いていたのは、予想していなかったです」
ミハイルが少し黙った。
それから「そうか」と言って、グラウンドを見た。
「俺、今日初めて分かったことがある」
「何ですか」
「お前がやってることは、戦術とか情報とか、そういう話じゃないんだな」
「……どういう意味ですか」
「見えてるものを渡して、あとは相手が動く。それをずっとやってる。でも結果として、誰かが届いたことのない場所に届く」
ミハイルが観覧席を見た。
まだ声が続いていた。
グランドから一点を取った剣術科の話が、あちこちで繰り返されている。
「それって、お前の力じゃないか」
ユウトは返す言葉が見つからなかった。
自分の力なのかどうか。
まだよく分からない。
でも、何かが今日変わった気がした。
それだけは分かった。
次のブロックの試合が始まろうとしていた。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




