第十話「二回戦」
対抗演習の二回戦は、翌日の午後だった。
一回戦が終わって、各科の代表もだいぶ絞られている。
掲示板の前の人だかりも、昨日よりは少し薄かった。
リア・ソレイユは剣術科の代表として、その二回戦に進んでいた。
相手は防御魔術科の代表。
ただ、防御科の代表はミハイルではない。
ミハイルは一回戦でレオに敗退している。
二回戦まで上がってきたのは、別ブロックを勝ち抜いた三年生だった。
名前はカイン・ドレス。
実技評価では常に上位に入る生徒だ。
ユウトも、観覧日に何度か見ていた。
防御特化の相手か、とまず思った。
リアにとっては、カルロとは正反対になる。
カルロは出力で押してくる攻撃型だった。
カインは守りを固めて、相手が削れていくのを待つタイプだ。
剣術科対防御科。
リアの剣が、カインの防壁を崩せるかどうか。
たぶん、そういう試合になる。
昨日の夜、ユウトはそのことをリアに伝えていた。
踊り場の窓越しに、短い時間だけ。
「防御を固めてくる相手です。崩そうとすると、消耗する。消耗を誘うのが相手の戦術だと思います」
「じゃあどうする」
「崩すんじゃなくて、隙を作る方向で考えてください。防壁は完璧じゃない。どこかに負荷が偏る瞬間があります」
「その瞬間を突く」
「はい。ただ、それが来るまで待てるかどうかが問題です」
「待つのは得意じゃない」
「分かってます。でも今回は、そこが勝負だと思います」
リアは少し黙った。
窓の外を一度見て、それから「分かった」とだけ言って去っていった。
それだけのやり取りだった。
◇
グラウンドに二人が出てくる。
カインが右側に立つ。
体格が大きい。
構えも堅い。
防壁の展開が速い。
観覧日に見た通りだった。
リアが左側に立った。
前を向いている。
迷いのない顔だった。
審査教師が開始の合図を出す。
リアが動いた。
最初から前へ出る。
一気に距離を詰めた。
カインが防壁を展開する。
速い。
リアの一撃が防壁に当たる。
弾かれる。
二撃目。
また防壁に当たる。
今度も弾かれた。
まだ隙がない、とユウトは思った。
カインの防壁は、まだ均等に展開されている。
負荷が偏っていない。
崩せる瞬間が、まだ来ていなかった。
三撃目。
四撃目。
五撃目。
リアの連続攻撃が続く。
カインは防壁を維持したまま、少しずつ後退していた。
踵が土を削って、靴の後ろに細い跡が残る。
下がりながら、防壁の形もわずかに変わっていく。
右側に寄ってきた、と思った。
ユウトは息を止めた。
後退しながら防壁を維持すると、重心の移動で展開のバランスが崩れる。
カインの防壁の右側が、ほんのわずかに薄くなっていた。
リアはまだ気づいていない。
いや、気づきかけているのかもしれない。
昨日伝えた「負荷が偏る瞬間」が、今まさに来ていた。
リアが六撃目を打ち込む。
今度は角度を変えた。
右側から入る。
カインの防壁が右側で揺れた。
完全には崩れない。
でも、揺れた。
リアがそこを見る。
一瞬だけ視線が止まった。
分かったのだと、たぶんそのとき分かった。
七撃目。
また右側から。
今度はもっと鋭く、下から角度をつける。
カインの防壁が右下で崩れた。
リアの模擬剣が通る。
審査教師がポイントを記録した。
観覧席がざわつく。
「崩した」
「防御科の上位を崩した」
「ソレイユ、また勝つのか」
◇
カインが防壁を立て直す。
さすがに三年生だった。
崩れても戻すのが速い。
今度は後退しないように踏ん張った。
後退しなければ、バランスは崩れにくい。
賢いやり方だな、とユウトは思った。
リアが前に出る。
距離を詰める。
カインが防壁を固めた。
膠着した。
観覧席も静かになる。
どちらも動けていない。
カインはそれを分かった上で、今度は前に出てきた。
防壁を展開したまま、押す形で距離を詰める。
防御型が攻める。
少し変則的だった。
リアが後退する。
一歩。
二歩。
カインが押す。
防壁の圧で、リアの動きが制限されていた。
押されてる、と思う。
カインの防壁は、前に押す形になると展開の向きが変わる。
今度は左側に負荷が寄るはずだった。
でも、それをリアに伝える方法はない。
グラウンドの外から声をかけることはできなかった。
見えている。
それだけだった。
リアが止まる。
後退をやめた。
カインの防壁が、リアの正面に迫る。
その瞬間、リアが横へ跳んだ。
大きく、左へ。
カインの防壁の正面から外れる。
カインが向きを変えようとする。
防壁の展開方向を切り替える、その一瞬。
左側の展開が遅れた。
リアがその左側へ踏み込む。
角度がついていた。
打ち込みの音が、グラウンドに重く響く。
カインが大きく後退した。
体勢が崩れる。
審査教師がポイントを記録した。
そのまま試合が終わった。
リアの二点目だった。
◇
グラウンドが静かになる。
そのあとで、観覧席が一気にざわついた。
「ソレイユが二回戦も勝った」
「防御科の三年を崩した」
「誰があの動きを作ったんだ」
「補助科のアーセルだって話、本当なのか」
その声は、昨日より明らかに大きかった。
もう隠せる段階じゃない。
ユウトは補助科の生徒たちの端で、グラウンドを見ていた。
リアが退場していく。
今日は、こちらを見ない。
でも歩き方が違った。
昨日より、足取りが重い。
消耗してる、とまず思った。
カインの防壁を崩すために、思ったより体力を使っている。
次の試合までに、どれだけ戻せるか。
問題はそこだった。
「アーセル」
背後から声がした。
振り返ると、レオ・グランドが立っていた。
観覧席の人波の中で、一人だけ流れに逆らうようにこちらへ来ている。
「少し話せるか」
「……はい」
周囲の視線が来た。
補助科の生徒とレオが話している。
それだけで、たぶん十分目立つのだろう。
◇
少し人波から離れた場所まで移動した。
レオが腕を組み、ユウトを見る。
「ソレイユの二回戦を見ていた」
「はい」
「六撃目で角度を変えた。あの判断は誰がした」
「リアさんが自分で判断しました。俺は昨日、防壁に負荷が偏る瞬間があると伝えただけです。どこに偏るかは、本人が試合の中で見つけた」
レオが少し黙る。
「教えたのは方向だけか」
「はい」
「それで動けるというのは、ソレイユ自身の力だ」
「そうだと思います」
またレオが黙った。
視線だけが一度、グラウンドの方へ向く。
「俺の欠陥は、まだ出ている」
静かな声だった。
「昨日の二回戦でも出た。自分で抑え込んだが、根本は変わっていない」
「接続点の問題は、一度の練習では変わらないと思います」
「そうだろうな」
レオが遠くを見る。
視線はグラウンドのほうへ向いていた。
「今日、俺も二回戦がある」
「はい」
「お前に何かを頼むつもりはない」
「分かっています」
「ただ、見ていろ」
それだけ言って、レオは歩き出した。
見ていろ。
意味がすぐに分かったわけではない。
でも、断る理由もなかった。
◇
レオの二回戦が始まる。
相手は剣術科の三年生だった。
対抗演習で実績のある生徒だ。
試合は、やはり一方的だった。
レオの出力が、相手の防御を次々と崩していく。
でも、ユウトは別の場所を見ていた。
第三層の接続部分。
出力を上げるたび、そこがわずかにぶれている。
ただ、今日は前より回復が速い。
自分で試しているのだろう。
ぶれた直後の戻し方が、前より迷っていなかった。
完全には治っていない。
それでも、立て直すまでの時間が、観覧日より短くなっていた。
自分でやってる、と思う。
それがレオのやり方だった。
誰かに頼るんじゃない。
自分で向き合う。
欠陥を抱えたまま、それでも頂点に立とうとする。
レオが試合を制した。
観覧席から歓声が上がる。
退場しようとしたレオが、一度だけこちらを見た。
何も言わない。
でも、その目には昨日とは違うものがあった。
見ていたか、と確かめているような目だった。
ユウトは、小さく頷く。
レオは前を向き、そのまま歩いていった。
◇
その日の夕方、ユウトは踊り場でリアを待っていた。
足音が聞こえる。
リアだった。
金髪が、夕暮れの光の中で揺れる。
疲れた顔をしていた。
「消耗してますね」
ユウトは言った。
「見て分かるか」
「はい」
「隠せないのか」
「俺には隠せないです」
リアは「そうか」と言って、窓枠に背を預けた。
「今日の試合、途中で消えそうになった」
「六撃目からですか」
「そう。押されてから、頭が少し白くなった」
「でも、立て直した」
「なんとかな」
リアが窓の外を見る。
グラウンドでは、まだ練習している生徒がいた。
「あんたが言ってた、負荷が偏る瞬間。試合の中で初めて分かった」
「はい」
「言葉で聞くのと、実際に見るのは全然違う」
「そうだと思います」
少し間が空く。
「三回戦の相手、誰だと思う」
「……グランドさんだと思います」
「だよな」
リアが窓の外から視線を戻した。
青紫の瞳が、ユウトを見る。
「あんたはどう見る。私に勝ち目はあるか」
ユウトは一拍置いた。
「今のままでは、難しいです」
正直に言う。
リアは黙ったまま、続きを待っていた。
「ただ、一箇所だけ崩せる可能性があります」
リアの目が、わずかに動く。
「グランドさんの術式には、出力を上げるたびに欠陥が出る箇所があります。一瞬だけ展開が止まる。その隙間は、俺には見えています」
「それを突けと」
「突けるかどうかは、リアさん次第です。見えているのは俺だけで、実際に動けるのはリアさんだけです」
リアはしばらく黙っていた。
「それ、グランドの弱点を使う話だよな」
「はい」
「あんたはそれでいいのか」
ユウトは少し考えた。
窓枠に残った昼の熱が、指先に少しだけ残っていた。
「俺には、見えているものを使わない理由を、まだ見つけられていないです」
リアがユウトを見る。
少しのあいだ、何も言わない。
「分かった」
それだけ言って、前を向いた。
「教えてくれ。グランドの欠陥を」
ユウトはノートを開く。
見えていることを、使えばいい。
そう思い始めたのがいつからだったのか、もう覚えていなかった。
ただ、今日もその続きをやるだけだ。
対抗演習の三回戦まで、あと二日だった。
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それでは、また次話でお会いしましょう。




