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第十話「二回戦」

 対抗演習の二回戦は、翌日の午後だった。


 一回戦が終わって、各科の代表もだいぶ絞られている。

 掲示板の前の人だかりも、昨日よりは少し薄かった。


 リア・ソレイユは剣術科の代表として、その二回戦に進んでいた。


 相手は防御魔術科の代表。


 ただ、防御科の代表はミハイルではない。

 ミハイルは一回戦でレオに敗退している。


 二回戦まで上がってきたのは、別ブロックを勝ち抜いた三年生だった。

 名前はカイン・ドレス。

 実技評価では常に上位に入る生徒だ。


 ユウトも、観覧日に何度か見ていた。


 防御特化の相手か、とまず思った。


 リアにとっては、カルロとは正反対になる。

 カルロは出力で押してくる攻撃型だった。


 カインは守りを固めて、相手が削れていくのを待つタイプだ。

 剣術科対防御科。

 リアの剣が、カインの防壁を崩せるかどうか。


 たぶん、そういう試合になる。


 昨日の夜、ユウトはそのことをリアに伝えていた。

 踊り場の窓越しに、短い時間だけ。


「防御を固めてくる相手です。崩そうとすると、消耗する。消耗を誘うのが相手の戦術だと思います」


「じゃあどうする」


「崩すんじゃなくて、隙を作る方向で考えてください。防壁は完璧じゃない。どこかに負荷が偏る瞬間があります」


「その瞬間を突く」


「はい。ただ、それが来るまで待てるかどうかが問題です」


「待つのは得意じゃない」


「分かってます。でも今回は、そこが勝負だと思います」


 リアは少し黙った。

 窓の外を一度見て、それから「分かった」とだけ言って去っていった。


 それだけのやり取りだった。



 グラウンドに二人が出てくる。


 カインが右側に立つ。

 体格が大きい。

 構えも堅い。

 防壁の展開が速い。


 観覧日に見た通りだった。


 リアが左側に立った。

 前を向いている。

 迷いのない顔だった。


 審査教師が開始の合図を出す。


 リアが動いた。

 最初から前へ出る。

 一気に距離を詰めた。


 カインが防壁を展開する。

 速い。


 リアの一撃が防壁に当たる。

 弾かれる。


 二撃目。

 また防壁に当たる。

 今度も弾かれた。


 まだ隙がない、とユウトは思った。


 カインの防壁は、まだ均等に展開されている。

 負荷が偏っていない。

 崩せる瞬間が、まだ来ていなかった。


 三撃目。

 四撃目。

 五撃目。


 リアの連続攻撃が続く。


 カインは防壁を維持したまま、少しずつ後退していた。

 踵が土を削って、靴の後ろに細い跡が残る。


 下がりながら、防壁の形もわずかに変わっていく。


 右側に寄ってきた、と思った。


 ユウトは息を止めた。


 後退しながら防壁を維持すると、重心の移動で展開のバランスが崩れる。

 カインの防壁の右側が、ほんのわずかに薄くなっていた。


 リアはまだ気づいていない。

 いや、気づきかけているのかもしれない。


 昨日伝えた「負荷が偏る瞬間」が、今まさに来ていた。


 リアが六撃目を打ち込む。

 今度は角度を変えた。

 右側から入る。


 カインの防壁が右側で揺れた。


 完全には崩れない。

 でも、揺れた。


 リアがそこを見る。

 一瞬だけ視線が止まった。


 分かったのだと、たぶんそのとき分かった。


 七撃目。

 また右側から。

 今度はもっと鋭く、下から角度をつける。


 カインの防壁が右下で崩れた。

 リアの模擬剣が通る。


 審査教師がポイントを記録した。


 観覧席がざわつく。


「崩した」

「防御科の上位を崩した」

「ソレイユ、また勝つのか」



 カインが防壁を立て直す。


 さすがに三年生だった。

 崩れても戻すのが速い。


 今度は後退しないように踏ん張った。

 後退しなければ、バランスは崩れにくい。


 賢いやり方だな、とユウトは思った。


 リアが前に出る。

 距離を詰める。


 カインが防壁を固めた。


 膠着した。


 観覧席も静かになる。

 どちらも動けていない。


 カインはそれを分かった上で、今度は前に出てきた。

 防壁を展開したまま、押す形で距離を詰める。


 防御型が攻める。

 少し変則的だった。


 リアが後退する。

 一歩。

 二歩。

 カインが押す。


 防壁の圧で、リアの動きが制限されていた。


 押されてる、と思う。


 カインの防壁は、前に押す形になると展開の向きが変わる。

 今度は左側に負荷が寄るはずだった。


 でも、それをリアに伝える方法はない。

 グラウンドの外から声をかけることはできなかった。


 見えている。

 それだけだった。


 リアが止まる。

 後退をやめた。


 カインの防壁が、リアの正面に迫る。


 その瞬間、リアが横へ跳んだ。

 大きく、左へ。


 カインの防壁の正面から外れる。


 カインが向きを変えようとする。

 防壁の展開方向を切り替える、その一瞬。


 左側の展開が遅れた。


 リアがその左側へ踏み込む。

 角度がついていた。


 打ち込みの音が、グラウンドに重く響く。


 カインが大きく後退した。

 体勢が崩れる。


 審査教師がポイントを記録した。


 そのまま試合が終わった。

 リアの二点目だった。



 グラウンドが静かになる。

 そのあとで、観覧席が一気にざわついた。


「ソレイユが二回戦も勝った」

「防御科の三年を崩した」

「誰があの動きを作ったんだ」

「補助科のアーセルだって話、本当なのか」


 その声は、昨日より明らかに大きかった。

 もう隠せる段階じゃない。


 ユウトは補助科の生徒たちの端で、グラウンドを見ていた。


 リアが退場していく。


 今日は、こちらを見ない。

 でも歩き方が違った。

 昨日より、足取りが重い。


 消耗してる、とまず思った。


 カインの防壁を崩すために、思ったより体力を使っている。

 次の試合までに、どれだけ戻せるか。

 問題はそこだった。


「アーセル」


 背後から声がした。


 振り返ると、レオ・グランドが立っていた。

 観覧席の人波の中で、一人だけ流れに逆らうようにこちらへ来ている。


「少し話せるか」


「……はい」


 周囲の視線が来た。

 補助科の生徒とレオが話している。


 それだけで、たぶん十分目立つのだろう。



 少し人波から離れた場所まで移動した。


 レオが腕を組み、ユウトを見る。


「ソレイユの二回戦を見ていた」


「はい」


「六撃目で角度を変えた。あの判断は誰がした」


「リアさんが自分で判断しました。俺は昨日、防壁に負荷が偏る瞬間があると伝えただけです。どこに偏るかは、本人が試合の中で見つけた」


 レオが少し黙る。


「教えたのは方向だけか」


「はい」


「それで動けるというのは、ソレイユ自身の力だ」


「そうだと思います」


 またレオが黙った。

 視線だけが一度、グラウンドの方へ向く。


「俺の欠陥は、まだ出ている」


 静かな声だった。


「昨日の二回戦でも出た。自分で抑え込んだが、根本は変わっていない」


「接続点の問題は、一度の練習では変わらないと思います」


「そうだろうな」


 レオが遠くを見る。

 視線はグラウンドのほうへ向いていた。


「今日、俺も二回戦がある」


「はい」


「お前に何かを頼むつもりはない」


「分かっています」


「ただ、見ていろ」


 それだけ言って、レオは歩き出した。


 見ていろ。

 意味がすぐに分かったわけではない。


 でも、断る理由もなかった。



 レオの二回戦が始まる。


 相手は剣術科の三年生だった。

 対抗演習で実績のある生徒だ。


 試合は、やはり一方的だった。

 レオの出力が、相手の防御を次々と崩していく。


 でも、ユウトは別の場所を見ていた。


 第三層の接続部分。

 出力を上げるたび、そこがわずかにぶれている。


 ただ、今日は前より回復が速い。


 自分で試しているのだろう。

 ぶれた直後の戻し方が、前より迷っていなかった。


 完全には治っていない。

 それでも、立て直すまでの時間が、観覧日より短くなっていた。


 自分でやってる、と思う。


 それがレオのやり方だった。


 誰かに頼るんじゃない。

 自分で向き合う。

 欠陥を抱えたまま、それでも頂点に立とうとする。


 レオが試合を制した。


 観覧席から歓声が上がる。


 退場しようとしたレオが、一度だけこちらを見た。


 何も言わない。

 でも、その目には昨日とは違うものがあった。


 見ていたか、と確かめているような目だった。


 ユウトは、小さく頷く。


 レオは前を向き、そのまま歩いていった。



 その日の夕方、ユウトは踊り場でリアを待っていた。


 足音が聞こえる。

 リアだった。


 金髪が、夕暮れの光の中で揺れる。

 疲れた顔をしていた。


「消耗してますね」


 ユウトは言った。


「見て分かるか」


「はい」


「隠せないのか」


「俺には隠せないです」


 リアは「そうか」と言って、窓枠に背を預けた。


「今日の試合、途中で消えそうになった」


「六撃目からですか」


「そう。押されてから、頭が少し白くなった」


「でも、立て直した」


「なんとかな」


 リアが窓の外を見る。

 グラウンドでは、まだ練習している生徒がいた。


「あんたが言ってた、負荷が偏る瞬間。試合の中で初めて分かった」


「はい」


「言葉で聞くのと、実際に見るのは全然違う」


「そうだと思います」


 少し間が空く。


「三回戦の相手、誰だと思う」


「……グランドさんだと思います」


「だよな」


 リアが窓の外から視線を戻した。

 青紫の瞳が、ユウトを見る。


「あんたはどう見る。私に勝ち目はあるか」


 ユウトは一拍置いた。


「今のままでは、難しいです」


 正直に言う。


 リアは黙ったまま、続きを待っていた。


「ただ、一箇所だけ崩せる可能性があります」


 リアの目が、わずかに動く。


「グランドさんの術式には、出力を上げるたびに欠陥が出る箇所があります。一瞬だけ展開が止まる。その隙間は、俺には見えています」


「それを突けと」


「突けるかどうかは、リアさん次第です。見えているのは俺だけで、実際に動けるのはリアさんだけです」


 リアはしばらく黙っていた。


「それ、グランドの弱点を使う話だよな」


「はい」


「あんたはそれでいいのか」


 ユウトは少し考えた。

 窓枠に残った昼の熱が、指先に少しだけ残っていた。


「俺には、見えているものを使わない理由を、まだ見つけられていないです」


 リアがユウトを見る。

 少しのあいだ、何も言わない。


「分かった」


 それだけ言って、前を向いた。


「教えてくれ。グランドの欠陥を」


 ユウトはノートを開く。


 見えていることを、使えばいい。


 そう思い始めたのがいつからだったのか、もう覚えていなかった。

 ただ、今日もその続きをやるだけだ。


 対抗演習の三回戦まで、あと二日だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


もし続きが気になった方は、ブックマーク・いいねをいただけると励みになります。

更新のモチベーションに直結しますので、ぜひよろしくお願いします。

それでは、また次話でお会いしましょう。

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