表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/68

57 バッドエンド

 板垣が口を開きかけると、早坂から腕を強く掴まれる。

 早坂の手の冷たさに驚き、板垣はピクリと背筋を震わせた。

「帰ろ、あろまん」

「まだ、私から言うことが」

「いいから帰るぞ!!!」

 早坂の大声に、板垣は驚いて固まった。

 恐る恐る振り返ると、早坂の呼吸は浅く、顔に汗が滲んでいた。


 早坂は土山に向き直る。

「もう謝ったし、私たちは用済みでしょ?」

「まだぬまっちの事件のこと聞いてないけど」

「あろまんは、関係ない!!」

 土山の声に被せて早坂が叫ぶ。


 早坂は板垣の腕を引いて走り出した。 

 板垣は腕を強く引かれ、バランスを崩しかけながら引きずられた。

 中学の裏門が目の前に迫った頃、板垣は足をばたつかせてか細い声が零れた。

「るみ、止まって」 


 その時、暗闇の向こうから低い声が聞こえてきた。

「何してんの?」


 早坂は立ちどまり、板垣も思わず声の方向を見る。


 二人の人影が近づいて来る。

 そしてその中に、見覚えのあるすらりとした猫背の影があった。

「西尾、さん……」

 板垣が呟くと、西尾は驚いて目を見開いた。

 西尾の隣には本田も立っていた。


 早坂は本田を見た瞬間に口を引き締め、鼻を啜り出した。

「ほんだざんんんん」

 早坂は本田の胸に飛び込み、そのまま泣き崩れた。

「早坂さん!?」

 本田は裏声を上げて一瞬固まるが、ゆっくりと早坂の背中をさすった。


 板垣の後ろから土山と取り巻きが様子を見に集まって来た。

 西尾が困惑しながら板垣や土山たちを見回す。

「えっと。君たちが早坂さんを……」


 土山はわざとらしくため息を吐き、早坂に向けて言い放つ。

「早坂、やりすぎたわ。ごめん」

「うぅ、あろまんが、無事だったら、もうい”い」


 土山は怪訝な顔をしながら板垣の方を向く。

「あ……」

 板垣は困ったように土山を見上げる。

 土山は寂しげな顔で一瞬板垣を見た後、取り巻きを連れてその場から去って行った。


 早坂は本田の腕の中で泣き続けていた。

「せっかく、本田さんに色々やってもらったのに。研究室に行ったのに。何もできなくて、あろまんも救い出せなくて」

 早坂は時々しゃくりあげながら言う。


「私、あとあろまんのために何ができますか?」


 その言葉が板垣の耳に届き、板垣は早坂の元に近づく。

 板垣は優しい声で言った。


「るみは、もう何もしなくて大丈夫だよ」


 早坂の呼吸が一瞬止まったように見えた。


 板垣は、泣きじゃくる早坂の肩にそっと手を伸ばそうとする。だが、その直前で、早坂の体がビクリと震えた。


「…………『もう何もしなくていい』って、どういう意味?」

 その硬い声は、泣き疲れではなく、怒っているように聞こえた。


「ほえ……?」

「私が動くと邪魔だから? 迷惑だから? あろまんは、私に……関わってほしくないってこと?」

 早坂の指が本田の服を強く握りしめる。顔は涙と汗塗れだったが、赤く腫れた目だけが必死に板垣を見ようとしていた。


「違うよ、るみ、私は――」

「違わない!!!」

 早坂の叫びが板垣の耳に刺さった。

 本田が驚いて早坂の体を支え直す。

「だって……今日、何もできなかった! あろまんが怖い顔してたときも、止められなかった! あろまんが土山に何かしようとして……私、怖くて、逃げたくて……」

 早坂の声は震え、途中から喉の奥で詰まった。


「あろまんに、ただ前みたく笑って欲しいだけなのに。私のせいで、あろまんは、どんどん苦しそうになってる」

「るみ、そんなこと――」

「私は、あろまんにとって、必要じゃないんだ!!」

 早坂は本田の胸に顔を埋め、肩を震わせた。


 板垣は手を伸ばしたまま、固まった。

 ほんの少しでも触れたら、今の早坂は壊れてしまう。

 そんな確信だけが胸に広がる。


 沈黙が、三分か一時間か分からないほど長く落ちた。


 その空気を断つように、西尾が小声で呟いた。

「……今日はもう帰ろう。全員、限界だから」


 本田が早坂の背を優しく撫でる。

「私が早坂さんを送るわ。歩ける?」

 早坂は弱々しく頷き、板垣に背を向けたまま本田から一歩離れた。


 板垣は、伸ばしかけた手をそっと下ろす。

 掌が冷気にさらされ、小刻みに震えた。

「……本田さん、るみをお願いします」

 本田は柔らかい表情で短く頷くと、早坂を促して歩き出した。


 板垣は不安げな顔で二人の背中をぼんやりと見送った。

 吐く息が視界の中心で白く滲み、次第に早坂たちの姿が小さくなる。

「るみ」

 板垣はその背中を追うように足を踏み出す。


 西尾が板垣の隣に立った。

「板垣さん。今夜は、これ以上は無理だよ」

「……はい」

 裏門を吹き抜ける冷たい風が、二人の間を通り過ぎていく。


 板垣が息を吸うたびに、冷たい空気が肺に届き、胸が痛む。

 胸の中が厚く曇り、その中から予感がちらりと覗く。


 一番壊してはいけないものが、壊れかけている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ