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55 重なり合う叫び

 板垣は自宅のソファーで寝転がりながら、ぼんやりと天井を眺める。

「私がどうなりたいか……」

 昨夜の帰り際に西尾から言われた言葉を頭の中で反芻する。


 板垣は天井の蛍光灯の光を遮るように、目の前に掌をかざす。

「実験を続ければ、私のこの変な現象を解明できるかもしれない。社会の、誰かの役に立てるかもしれない」

 板垣はため息を吐く。

「先生や西尾さんが、私を守ってくれる。それなら……」

 板垣は首を横に振る。

 目の前の掌を避け、鋭い視線を天井に向ける。


「私が、沼野くんを殺した。あいつの命と未来を、私が奪った」


 ゆっくりと息を吸う。


「だから、私の言葉で、あの時何が起こったのか説明しなきゃ。そして……その責任を負わないと」


 ――もう取調室で震えて狼狽えるだけの自分じゃない。根拠になるデータもある。ちゃんと語れる言葉と心を持っている。

 でも。

「ちょっと、怖いなあ」


 板垣は目元の力を緩めてソファーにうつ伏せになった。途端に暗くなる視界と顔が圧迫される感覚に、不思議と安心感を覚えてそのまま全身から沈み込む。


 リビングに時計の秒針の音だけが響く。

 板垣がその音を数十回ほど数えたところで、スマートフォンが震えた。


 板垣は震え続けるスマートフォンに心をざわつかせながら手を伸ばした。

 そしてその画面は、『早坂琉実』からの着信を知らせていた。


「るみ!!?」

 板垣は勢いよく応答ボタンを押す。


『板垣じゃん。久しぶりー』

 板垣は耳に飛び込んだ少年の声に驚き、しばらく硬直する。


『あれ、板垣だよね? 聞こえてる?』

『あろまん、相手にするな! 通話切って!』

 通話先の遠くから早坂の怒鳴り声が聞こえ、板垣は目を見開く。

「るみ、どうしたの? 誰とどこにいるの?」

 板垣は顔色を変えて叫ぶ。


『西中の裏山だよ』

 その言葉を聞いた瞬間、板垣ははっとして一瞬息を止める。

「……土山、くん?」

 板垣が問いかけると、電話の向こうから籠ったようなノイズが聞こえてきた。

 土山は声を出さずに笑っているようだった。


『ちょっと話がしたくて。早坂に聞こうとしてるんだけど、何も教えてくれないんだよ。ぬまっちのこととか、いろいろ』

 土山の声にだんだんと怒りが滲んでいく。


 板垣の鼓動が早く鳴り、息が震えた。

「るみは、関係ないでしょ」

 板垣がか細い声で言うと、電話の向こうから再びノイズが聞こえてくる。

 誰かが息を荒げているように聞こえた。


『早坂が、死んだぬまっちを悪者に仕立て上げただろ! 死んだのはぬまっちだ。それなのにまるでぬまっちが悪いやつだって決めつけるような動画作って、被害者面して。辛いのは早坂やお前だけじゃねえんだよ!』


 土山の怒声に板垣は思わずスマートフォンを手元から落とした。


『なんで、ぬまっちが死ななきゃいけなかったんだよ!?』

 土山の言葉に涙声が混ざる。


 板垣は言葉を失い、俯いたまま肩をぷるぷると震わせた。

 板垣の頭の中で、沼野が死んだ瞬間の光景が蘇る。


 ――私が、沼野くんの命を……。


「めん、なさい」

 板垣の口から掠れた声が出る。そこから何かが溢れ出るように声が押し出される。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい私が」

『やめろあろまん!』

 その声は、息が詰まったように近くで遮られた。

 板垣ははっとして口を閉じ、スマートフォンを拾い上げた。


『どういうことだよ。板垣、お前――』

『あろまん通話切って!』

 土山と早坂の声が割って入る。板垣はスマートフォンを口元に近づけ、ゆっくりと口を開く。

「そっちに、向かうね」


『やめろあろまん!!』

 早坂の声が音割れを起こしていた。

『板垣も来いよ。来なかったら、早坂は俺たちで好き勝手させてもらうから』

 土山は怒りを滲ませたまま言い放った。


 板垣の呼吸が早くなり、スマートフォンを強く握る。

 すぐにソファーから跳ね起きた。


 自室に走り、血眼で高校ジャージを引っ張り出して着替える。

 玄関に走り、スニーカーを乱暴に履き、ドアを勢いよく開いた。


 空は暗く、星が見えないほどの曇天だった。

 冷たい空気が身を包み、板垣は身体を震わせながら唇を噛んで走り出す。


 家の前の道を、靴がコンクリートを叩く音が大きく響く。

 息が切れる速度で、それでも足りないと腕を振る。


 視界が歪み始め、耳鳴りがする。

 板垣の中で何かが崩れかけるような感覚がする。


 それでも、突き動かされるように走り続けた。



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