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54 傷口が開く

 早坂は自室のベッドに座り込み、スマートフォンを触っていた。

 画面にはヲガワとのDMのやり取りが表示されている。


『今回の騒ぎでるみさんが自分を責める必要はないよ。板垣さんが本当にまだ辛い目に遭っているのなら、それを伝えるのも私たちの役割だから!』

 数日前のヲガワからのメッセージに、早坂はずっと返信できずにいた。


 その他にも、早坂に向けた大量のDMが既読したまま残っている。その全てが、ヲガワの動画で早坂が告発した研究室の実験についての問い合わせだった。


『板垣あろまさんは、文永大学の研究室でどんなひどい目に遭っているのでしょうか?』

『詳細を伺いたく、ご連絡いただけますか?』

『板垣あろまさんの実験について……』


 早坂は文字の並んだ画面をスクロールするたびに、板垣の実験時の光景が脳裏に浮き上がってくる。


 精神的に追い詰められる板垣の姿。あの時、板垣は息苦しそうに肩を上下させていた。

 そして、何かに達したように割れた窓ガラス。


 早坂にとって、理解できない――理解したくない出来事だった。


 早坂はスマートフォンの画面を睨みつけながら、苛立ったように息を切らした。

「あろまんは……私が絶対に……」


 その時、DMの通知が来た。


 身に覚えのないアイコンと『TS』というイニシャルのようなユーザー名に、早坂は思わず喉を鳴らす。

 早坂は息を殺してそのDMを開いた。


『突然ごめんなさい。ヲガワさんの動画を見ました。あなたが話していた“実験”の件、ずっと気になってました』

「……馬鹿馬鹿しい。野次馬かよ」

 早坂がわざとらしくため息を吐くと、『TS』からさらにメッセージが送られてくる。

『ただ放っておけなくて。あなたは板垣さんを救いたいんですか?』


 早坂は目を丸くして画面を見ていると、畳みかけるようにメッセージが連投された。


『板垣さんは殺人犯かもしれないのに』

『ぬまっちがひどい言われ方したの、知ってますよね?』

『お前のせいで』


「……は?」

 早坂は全身を強張らせてスマートフォンの画面を睨んだ。

 震える指でメッセージを入力する。

 ――『誰ですか?』


 送信ボタンに指を触れた瞬間、相手からもう一通メッセージが送られた。

 長い吹き出しに並んだ長文に、早坂は思わず悲鳴のような唸り声を上げる。


『俺、同中の土山(つちやま)だよ。

 お前がショート動画流行らせた日から、俺たちにはずっと誹謗中傷が来てる。ぬまっちが死んだ理由を“あいつも悪かった”みたいに書かれたり、あれマジで気分が悪かった。

 今回のヲガワの動画も、有名人になれたからって調子乗ったんだろ? 誰かを悪者にして、正義を振りかざしたいだけで。

 板垣さんを救いたいっていうのも、その口実でしょ?

 昔から、お前そういうところ変わんないよな。』


 早坂はスマートフォンをベッドの上に放り投げた。

 俯いたまま腕を震わせ、唇を噛む。

「っ、違う……」

 唇の裏に前歯が食い込み、口角が小さく震える。

 滲んでいく視界の中心で、膝上に雫が落ちていくのが見えた。


「違う、違う。違う!」

 早坂はがなり立てながら右手でベッドを叩きつけた。

「私は、本当に、あろまんのこと、救いたいって……」

 早坂は言いかけて、言葉を飲み込む。それが自分に向けた言い訳のようにしか聞こえず、喉の奥がざらつくように痛んだ。

 同時に浮かんだのは板垣の姿だった。

 板垣から向けられた迷惑そうな視線、戸惑い混じりの曇り顔、何かを諦めたような笑顔。


「あろまん、心から笑ってないや……。私、一人であの子を救った気になってただけだ」

 早坂は顎の端をぎゅっと引き締めながら嗚咽を漏らす。

 膝についた手の甲に涙がぽつぽつと落ちる。


「あろまんを辛くしていたのは、私だったんだ」


 不規則な呼吸と鼻を啜る音が部屋に静かに響く。

 早坂はベッドの上で俯いたまま、動けなかった。


 ベッドの上に無造作に放置されたスマートフォンが震え、画面が光った。

 早坂は恐る恐る手を伸ばし、スマートフォンを開く。


 画面には追撃するように土山からのメッセージが並んでいた。


『ぬまっちのショート動画のこと、謝罪してよ。

 あと、聞きたいことがある。ぬまっちの事件に板垣が関わってるのかどうか。

 お前、本当のとこ知ってるよな?』

『逃げんなよ。明日の夜7時、中学の裏門前で待ってる。』

『来なかったら、俺らからも仕返し考えるから』


 スマートフォンの画面を見ながら早坂の肩が震える。

 頭が真っ白になり、直感が画面の文字を拒絶する。


「怖い」

 早坂の口から震え声が漏れる。

「怖い、怖い。怖い」


「……けど」

 早坂の頬を涙が伝い、押し殺すような声を出す。

「私が、あろまんを守るしか……」



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