53 道筋
板垣は六条の居室のイスに座っていた。
隣に西尾が座り、顎下で手を組んでため息を吐く。煙草の微かな匂いに板垣は小さく咳払いをし、小さく頬を膨らませた。
「じゃ、まずは私から話をするね」
六条の声に板垣は思わず背筋を伸ばす。
「板垣さんの調査について、今後は破壊現象のメカニズム解明……根本的な原因にも踏み込みたいんだ」
六条はゆっくりと話し始める。
板垣は数回瞬きを繰り返しながらぽかんとしていた。
六条は穏やかな口調を変えないまま、表情をやや硬くして続けた。
「もしこれらの解明を進めていくことになったら、外部機関とのやり取りも増える。板垣さんの破壊現象を意図的に起こすような実験も増えるかもしれない。板垣さんにとって、今よりも精神的な負担が大きくなると思う」
板垣は不安を滲ませた目を下に向けた。手先が冷たくなり、呼吸が浅くなる。
六条は板垣に目を向け、ゆっくりと話を続ける。
「この調査を進めるメリットは、破壊現象を根本的な部分から防止できる可能性があること。今は板垣さんが自分の力で頑張ってくれているけど、それを外部手段で止められるかもしれない。あとは、場合によっては破壊現象を技術応用に役立てるデータが取れる可能性がある。板垣さんの頑張りが、社会の役に立つかもしれない」
板垣は膝の上で拳を握りしめた。
身体を小さく震わせたまま、何も答えられない。
「今話したメリットは、必ず保証できるものじゃない。板垣さんが一方的に辛い思いをして終わる可能性もある。……いや、それを防げるように私たちがやり方を考えるけど」
六条は一度深呼吸をして、板垣に微笑みかける。
「でも、板垣さんが、『これ以上は実験を進めたくない』って思うなら、私はそれを尊重するよ。板垣さんは、どうしたいかな?」
その言葉に板垣は顔を上げた。
目の前の六条の笑顔が、微かに引き攣っているように見えた。
隣からは西尾の刺さるような視線を感じる。
「あ……」
板垣は言葉にならない声を上げ、返事を詰まらせる。
しばらくの沈黙の後、西尾が口を挟んだ。
「返事は今すぐじゃなくて、板垣さんにも考える時間を与えましょう」
「もちろん。じっくり考えていいから」
板垣は六条と西尾を見てゆっくりと頷いた。
板垣はしばらく何かを言いかけては声を詰まらせ、手先をぷるぷると震わせていた。
「板垣さん?」
西尾が問いかけると、板垣は思い切ったように一度深呼吸をして、ポケットを探る。
板垣はスマートウォッチを取り出して机に出した。
「あの、これ、返します」
六条と西尾は目を丸くして板垣を見た。
板垣は頭を下げて言った。
「先生がお話してくださった実験に進めたいかどうかは、まだ迷ってるので、返事出すのにもう少しお時間ください」
六条はスマートウォッチを取り上げ、しばらく苦笑して板垣に微笑む。
「迷ってるって言ってるけど。これを返したことが、板垣さんの答えでしょ」
板垣は俯いたまま頷きも否定もしなかった。
板垣は大学からの帰り道を西尾と並んで歩いていた。
日が落ちて、すでに空は暗くなっていた。
静かな道を二人は黙って歩く。
しばらく進んだところで、板垣が沈黙を破った。
「やっぱ西尾さんと居るの落ち着くんですよね」
「んえ? それ人生で初めて言われたんだけど」
板垣はくすりと笑い、息を吹いた。目の前で白い呼気が宙に押し出される。
「寒くなってきましたね」
「ちゃんとあったかい格好してね」
板垣が微笑していると、家の近くの交差点に着いた。
「ここで大丈夫です。西尾さん、ありがとうございました」
板垣がぺこりと頭を下げると、西尾が口を開いた。
「板垣さん。実験のことも、板垣さん自身が納得できることが大事だから。誰かのためとかよりも、板垣さんがどうなりたいかを考えてよ」
「……はい」
板垣は消えかけた声で答える。
板垣は西尾に背を向けて歩き出した。
歩きながら、目頭が熱くなり、視界が次第にぼやけていった。




