第19話 練習会する甲斐があるってもので
朝起きて、何となく腰の疲れを引きずりながら朝食。
貴族様興行が終わったので、街中での興行も現状、終了状態。次の仕事までも余裕があるってことで、弟子の修行を引き受けたという事を座長から皆に説明があった。
修行のギャラも出るからというのが本当のところだと思う。
俺の懐に来る気はしないけど。
それから昼までは出演メンバーを集めてトレーニング。休みだからと休んでいると身体が鈍るから。
あぁ、ミニトランポリンがあれば、ジャンプして飛び込んできたり攻撃したりと幅が広がるなぁ。今度、デニガンに頼もうかなぁ。でも手一杯だと怒られるだろうなぁ。
なんて思いながら、昼飯を食べて、ベルガント家へと向かう、俺とカーラとメル。
さすがに、こんなことでは馬車なんて仕立てていただけることもなく、えっちらおっちら歩いていくことに。
劇団の場所を貸せと座長に言ったんだが、動かすのもタダじゃないと断られた。ケチオヤジめ。
「ねえ、ホントにわたしが必要なの?」
今や司会と特殊効果のお姉さんと化しているメルの疑問も最もだ。
「第三者的な目線と、弟子3人だから大人も3人いたほうが楽かな?って」
「わたしはアクションしなくていいなら、まぁいいけど」
なんか、カーラが余計なことを言いそうな顔をしていたから、目線を送って黙らせた。
アイコンタクトで済むなら、面倒がなくていいこった。
「ユウ、今日は何を教えるの?」
カーラは真面目な質問に切り替えたようだ。
「とりあえずは受け身と、ごく初歩的な立ち回り、だな」
怪我をさせたら西大陸とやらに流されるので、その対策として受け身は大事。
身体が出来ていないと受け身さえも危ないパターンがあるが、昨日見た限りでは、大丈夫だろう。貴族様は良いものを食べてるから、骨もしっかりしていそうだった。
「ユウ、楽しそう」
「ホントよね。普段の芝居より楽しそうな顔してるし」
なんてカーラとメルから指摘が入ったが……そうか?
確かに、この世界に一つの文化として根付かせるには、継ぐ者の存在は不可欠だからな。しかも貴族様とは言え、小さなお友だちが学んでくれるんだ。少しはこの世界に流されてきた甲斐がないと、なぁ?
屋敷の前に着くと、ゼン、リュミリエ、ダンの3弟子が待ち構えていた。
「「「師匠!今日はよろしくお願いします!」」」
なんて声を合わせて挨拶してくれた。
「おぅ!こちらこそ、よろしくな!」
「ホント、ユウってば嬉しそう」
「普段からあぁならもっとわたしも」
なんてカーラとメルのいらんツッコミが聞こえてきたが無視だ、無視。
「ゼン、とりあえず、おまえが弟子3人の中のリーダーだ。いいか?」
「はい!」
目をキラキラさせて返事するゼンと頷くリュミリエとダン。・・・可愛らしいじゃねえか。
なんて油断してデレモードでいると、あとでカーラやメルに何を言われるかわかったもんじゃないので、気を引き締める。
「ゼン、今日の練習にいらなくなったベッドのマットレスを出来れば2つ、準備してほしい。頼めるか?」
「はい!テリエに聞いてきます!」
と邸内へとダッシュして行った。
「リュミリエ、テリエって?」
「メイド長です」
「なるほど」
「ダン、練習場所はどこだ?」
「昨日と同じ場所だよ……です!」
リュミリエに背中叩かれて語尾を直すダン。しかし4歳だものな。仕方がないし、それでもしっかりしてるし、貴族様ってのは凄い。
中庭に着くと、昨日はあった雛壇客席は跡形もない。
撤収速いな。
ゼンが走って戻ってきた。
「師匠!あとで持ってきてくれるそうです」
ほんとにいらないマットレスなんてあるんだ。自分で頼んでおいて何だが。
「よおし、ゼン、ありがとう。まずは深呼吸して呼吸を整えろ」
「はい」
屋敷の方から一つのマットレスをメイドさん4人がかりで運んでくるのが見えた。マットレス2つで計8人がかりだ。
「カーラ、メル、いつもの準備運動を3人にやらせてくれ。俺はあっちを手伝ってくる」
「はーい」
「わたしも?」
「準備運動なら出来んだろ?毎日やってんだから」
別に準備運動の指示なら、カーラだけで十分なんだが、何もしない邪教のエルフがいるのも体裁が悪いと思ったまでで。
「すみません、手伝います」
「大丈夫です。先生はこれを置く場所だけご指示ください」
と、丁寧に断られた。
確かに邪魔なだけだわな、俺。
で、中庭のド真ん中にマットレスが2つ、デーンと置かれたわけで。
触って見ると、丁度いい硬さだ。この世界ではスプリングは無いっぽいので、マットレスの中身は固めに敷き詰めた綿の積層、だと思われ。逆にこうした用途に向いている。
ただ、これを置きっぱなしにするわけにも行かないので、終わったらメイドさんたちを呼んで片付けてもらわなきゃいけないだろう。気が重い、めんどくさい。
さすがに体育館なんて無いだろうし。
「師匠!準備運動終わりました!」
と、ゼン。
リーダーらしさ発揮。
「師匠、ここで寝るんですか?」
とリュミリエ。
もっともな質問?だ。
「これは、お前たちの安全のために敷いた。この上で転がったりする分には怪我をしづらいからな」
「こ、怖いことするの?痛っ」
怯えるダン。その尻を叩くリュミリエ。
「怖くはない。ただ、これをきちんと学ぶと学ばないでは、安全性が違う。受け身、という技術だ」
3弟子が期待に満ちた眼差しで俺を見る。
「カーラ、俺に殴りかかって、俺がそれをすかして避けて、投げる感じで腕を振る。おまえはやられて転がる。そこで受け身をしろ」
「いいよ」
「余計な動きはすんなよ。回転して落ちるとか」
「そっか、弟子にはハードル高いもんね」
ちょっと認識がズレてる気がするが、やらないでくれるなら、それでいいや。
「よし、来い!」
「はぁぁぁ!」
ちゃんとここで声を出すのは大事だ。互いにタイミングが取りやすいし、何より観客にわかりやすい。
「死ね!」
「せいっ」
と、カーラに投げる動作をし、カーラをそれを受けて前回り受け身。
……死ねっつったか、こいつ。
「今のが前回りの受け身だ。ちゃんと見てたか?」
「「「はい!」」」
カーラのことは芝生に転がしたが、弟子どもはそうは行かない。
「おまえたちはマットの上で、今の動きをやってもらう。次は俺がゆっくりやるから見てろ」
マットの前に立って
「大事なことは頭を打たないように転がる。顎を引いて、前転するような勢いで、手、腕、肩、背中、そんで腰」
と、ゆっくり回って見せる。
「よし、まずはゼン。俺が補助してやるからやってみろ」
「はい」
スパルタかな?違うよな?と不安を抱えながら、ゼンを転がしてやる。大事なのは回り方、地面に身体を付ける順番だ。
スムーズにコロンと回ったので、ゼン自身も驚いているようだ。足を蹴り上げて勢いをつけ、地面に付くときの向きと手の置き方を間違わなければ、あとは自然に順番通りに身体が付いていく。
「今の感覚を忘れるな。そっちのマットで練習していろ。カーラ、危なそうなら補助してやってくれ」
「はいはい」
「次、リュミリエ」
「はい」
仮にも女の子なんで、俺が身体を触って教えるのはどうなんだろうと思ったが、師匠と弟子だし、ありだよな。西へ流されないよな。
今日はスカートではなく、パンツルックなのも救いだ。
「よぉし、ゆっくりでいいからな。顎を引いて、手を」
と言ってる間にコロンと自力でやっちゃいやがった。
実は一番筋が良いのか?
「上手いぞ、リュミリエ。今の感じを忘れるな」
「はい、師匠」
なんてニコニコ嬉しそうな顔をして返事されたら、そりゃ、可愛いよな。
「ユウはだいぶ年下が好みなのかしら?」
なんて邪エルフがツッコんできた。
「リュミリエもそっちのマットで自主練しておけ。メルは黙っておけ」
「はい!」
「はい?」
何か怒ってるメルは無視して
「ダン、やれるか?」
「頑張る!……ます!」
補助しつつ、ダンにやらせてみたが、腕の力が途中で抜けちゃうのか、回転できなかったり、変な方向に行っちゃったりを繰り返す。
ダンが泣きそうなのを堪えているのが判る。
悔しいよな、自分だけ出来ないのって。
「よし、ダン。出来ない原因は左腕の力が途中で抜けちゃうこと、だ」
ダンは自分の左腕を見た。
「あと、地面を蹴る勢いが足らない。だから余計に腕に負担がかかる」
ダンが無言で頷く。
「ゼンやリュミリエと同じ事ができないのは悔しいよな。でも、焦るな。ダンには、そのための特別メニューを授ける」
「特別?」
「ああ。頑張れるか?」
「はい!」
「よし、それはあとで教える。カーラ、そっちの二人は大丈夫そうか?」
「うん。出来てるよ」
「よし。それじゃあ、簡単な立ち回りをやってみようか。もちろん、ダンにも同じ事をやってもらう」
ダンはリュミリエに頭を撫でられながら、頷いた。
優しいお姉さんだね。うちの劇団の女性陣とは大違いだ。




