Ⅸ 旅立ち
ブバルディアが言葉にしていた旅支度。
それは、純粋に旅の準備を行うといった意味合いだけではなかった。
「コミュニケーションを取ること。それは旅には欠かせないものさ!」
そう、彼女は私が旅をするのに必要な技術や情報を提供してくれていたのだ。
「それは交渉を行う為?」
「いいや、それだけじゃない。数多くの街を渡り歩くからね。思い出を作る為にも会話は大切なんだよ」
「商売話はいくつか練習した通りにはできるけど、会話を続けるのはまだそこまで得意じゃないと思う」
「だとしたらしっかり練習しておかないといけないね。まずはこの街の人との会話で慣らしておくこと!」
「わかった、やれる限りのことはやってみる」
旅の支度のひとつとして挙げられたのが、コミュニケーション能力を向上させるというものだった。
元々私はあまり会話をするのが得意ではなかった。少し前の旅人との会話や、ブバルディアの屋敷との生活で幾分か良くなってはいるものの、まだまだ未熟な部分も多い。不愛想な印象からはまだまだ抜け出せていない。
「俺を旅先で初めて会った人だと思って自己紹介してみろ!」
お得意様の商人にそう言われて、私なりに言葉にしてみても……
「私はリベラ・マギアロア。よろしくお願いします」
定型文のような言葉遣いになってしまう。
初対面の人には礼儀正しくした方がいいだろうし、余分な情報を付け加えない方がいい。
そう考えたりしていると、どうにもうまく言葉が思い浮かばなくもなってしまう。
そう悩んでいる私に対して、商人は豪胆に笑いながらアドバイスしてくる。
「難しく考える必要はあまりないんだよ。リベラが与えたいイメージを言葉に込めりゃあ、伝わるってもんさ」
「それがなかなか思い浮かばないから難しいと感じる」
「だったら練習してかないとだな。ま、俺からしてみれば案外気さくだと思うけどな。お前さんは」
「そうなのかな」
「気になったことに対して積極的になったりすること多いし、そういうのをアピールすりゃあなかなかうまいコミュニケーションが取れると思うぞ」
「私にできることを最初から伝えるとかは?」
「それはちょっと良くないかもしれないな。怪しまれるかもしれないし、相手に与える印象が変わっちまう」
「……やっぱり難しい気がする」
「大丈夫さ。自分で名前を伝えられるようになってるし、慣れていけばなんとかなるよ」
それからいくつか自己紹介の練習をしてみても、やっぱり硬い感じの表現が続いていた。
すぐに思い浮かぶ言葉が見つからないのだ。
自己紹介の名前を言葉にするのはいいけれども、その後の会話が続かない。
私が悩んでいると、それを見かねた相手が会話を盛り上げようと少し無茶をして話を繋げていくということが多かった。
私のことをよく知っているここの街の人だからよいけれども、外に行ったらそうそううまくいかないものだろう。どうにか愛想よくなったりした方がいい気がする。そう思い、ブバルディアに相談してみたところ、彼女も独特な提案をぶつけてきた。
「初対面の人にインパクトを与えるんだよ。そうすりゃあ、案外うまく行くってもんさ」
「衝撃を与える」
「アタシみたいに魔法少女を名乗るっていうのはどうだい?」
屋敷の大テーブルを挟んで彼女と会話する時間。
びしっと指を向けながら、私にブバルディアは提案する。
悩む様子もなく、言葉にしているあたり前々から考えていたことなのかもしれない。
「状況によっては不思議な人だと思われそう」
「少なくともアタシが名乗るよりは受け入れられると思うよ?」
「……ブバルディアは大人っぽいから」
「けど、ギャップというものもある」
不敵に笑いながら彼女が続ける。
「だからアタシは初対面の相手には言葉にするよ? 魔法少女だって。その方が印象強いじゃないか」
「覚えてもらうことが大切と」
「そういうことさ。あと、アタシの場合は心意気も証明してる」
「心意気」
「魔法少女……つまり困っている人の味方って意味合いさ」
ブバルディアは過去、魔法少女に助けてもらったことがある。
そのことを考えるとその言葉には一定の重さを感じる。
「だからリベラも魔法少女を名乗れると思うけどね、アタシは」
「そうかな」
「法の力を使うことによって、悩みを解決してたじゃないか」
「厳密に言うと今回は『魔の法律』の力を使ったことによって再定義を行った感じだけれども」
「魔の法律の力を使う少女……いいじゃないか。略せば『魔法少女』になるよ」
「ちょっと強引な気がする」
「アタシはいいと思うけどね。魔法少女は想いが大切だからさ」
想いが大切。
そのことを考慮しながら、私なりに気さくな挨拶を考えていく。
……それでも、やっぱり初対面で魔法少女と名乗るのはなんだか不思議な感覚だ。
だから、少し悩んで私なりに言葉にする。
「私はリベラ。旅する魔法少女……だと思う」
「そこは自信を持っていっていいところだよ。アタシみたいにね」
「まだ経験が足りないから、まだ自信は持てない」
「なら、旅の中で成長してかないとだねぇ」
まだ私は未熟なところが多い。
だからこそ、やれることを増やしていくのは大切なのかもしれない。
「世界を見つめりゃあ、自分も見えてくるものさ。その中でやりたいことを見つけていけばいい」
「もし、失敗したりしたらどうすればいいかな」
「そういう時は気にしすぎないで寝ることさ。どうしようもないミスっていうのはこの世界にはそうそうない。自分の信念を持ってやった行動には何かしらの意味が生まれるってものさ」
「後悔のないように生きることが大切と」
「そうだね。旅をするっていうのは発見の日々さ。だから、やれることをみつけていくっていうのが大事なのさ」
「しっかり覚えておく」
自由に行き先を決める旅。それは迷いの日々にもなるのかもしれない。
不安もある。だけれども、好奇心がそこには確かに存在していた。
「もし、帰りたくなったらこの街に戻ってくればいい。帰れる場所があるっていうのは旅の支えになるからね」
「戻らなくっても気にしない?」
「気にしないさ。リベラは世界中を旅する予定なんだろう?」
「うん」
旅の計画を考えていた時、私は世界中の街に赴くことを決めていた。
多種多様な文化に触れて、知識を深めていきたいと思っていたからだ。だから、すぐに帰るというのはそうそうないのかもしれない。
そんな私に対して、ブバルディアは優しく微笑みながら答えた。
「どんなことがあっても、アタシたちはアンタの味方だよ。いざって時は助けてあげるよ」
「ありがとう、ブバルディア」
「ただ、お金の稼ぎ方とかについてはしっかり学んでおいた方がいいね。それから身支度、着替えのオススメ、朝昼晩の食事を探すコツ、食べれるものを見つける秘訣にあとは……」
「私はやろうと思えば食べない生活もできるけど……」
「そういうズボラな生活はよくないねぇ。しっかり旅を楽しむ為に、生活の仕方を改めて考えた方がいい」
「わかった。色々できるように頑張る」
ブバルディアが笑い、私が屋敷で手伝いをしながら旅の仕方を学んでいく。
やがて、私の『旅支度』が整い、街から外に赴く瞬間が訪れることになる。
「リベラ、忘れ物はないかい?」
「ハハッ、ブバルディアさーん、ちょっと母親っぽいですよ?」
「そりゃあ心配にもなるさ。しばらく同居してたリベラが長旅するって言うんだからね!」
朝の日差しが眩しい空。
私は『交易の街』の住民に見送られながらも、旅に出ることになった。
街のみんなは私に対して言葉を返してくれる。
「体調崩さないように、気を付けろよ!」
「美味しいものをいっぱい食べてね!」
「楽しい旅にしてね!」
それぞれの声が優しく心に響いていく。
空っぽだった私という存在を満たしてくれた街の存在。
人と交流していくことによって自分らしく生きることを決められた事実。
私がやってみたいことを見つけられたのは、この街での生活があったからだ。
「ありがとう。旅を楽しんでくる!」
見送る人に手を振って応じる。
そんな中、ゆっくりと私に向かって歩いてくる人がいた。
屋敷で相談に乗ってもらったポピーさんだ。
「リベラ君、優しさを大切にするといい。キミの思いやりの心はきっと、多くの人の力になるだろう」
「……はいっ!」
彼の言葉を受け止めると、次はブバルディアがポピーさんの隣に立ち、アドバイスをくれた。
「リベラもアタシの心を温かくしてくれた魔法少女さ。だから、自信を持って旅をすればいい」
「ポピーさん、ブバルディア……ありがとう」
「さて、湿っぽくなんないように派手に旅を祝福するよ! 祝砲用意!」
「発射ぁ!」
その言葉で空に祝砲が打ち上がる。
バン、と音が響き空に綺麗な閃光が走っていく。
すごく派手な見送りだ。
街の人たちが用意してくれた光と熱狂的な音が、心を前向きにしてくれる。
「さぁ、いっておいで! リベラ! アンタの旅をアタシたちは祝福する!」
各々が声をあげて私の旅を応援する。
私は少しずつ街から離れていきながらも、振り向いて大声を出した。
「いってきます!」
旅の行く先はわからない。
どんな出来事が待ち受けているかもわからない。
それでも、心には期待の感情がいっぱいあった。
離れていく街や人に名残惜しい気持ちはあったものの、振り返らず進んでいく。
自由に生きる。
それはなかなか難しいことかもしれない。
だけれども、私の足でどこまでも歩いて行けるはずだ。
……今日は、どこに行けるのだろうか。
変わっていく景色を見つめながら、私はまだ見ぬ街のことを考えていた。
快晴の青空は、広い世界をどこまでも映しているようだった。




