Ⅷ 自由の律動
交易の街に新たな特例が生まれた一週間後。
ブバルディアの助力により、街の市場には新たに自由交易地区が用意されることになった。
この地区の特徴は、街と普段連携を取っていない商人であっても簡単な手続きで行商を行うことができる空間となっている。
「まぁ、人がごった煮にならないようにある程度はアタシから制限はかけるけどね」
地区を開く前にブバルディアはそう言葉にしていた。
特別な日でもなければ、混乱を招いてしまう可能性もある。だからこそある程度調整をするそうだ。
新しく仕事が増えてしまったのもあって、私自身彼女の多くの仕事を手伝っていた。その中で、ルールを書き換えるということの大変さも少しずつ理解していくことができたと思う。
その中でも、彼女は笑顔を絶やさなかった。新しい出来事への期待に満ち溢れているような明るい目をしていた。
「どういう結果になるか楽しみだね」
そう言葉にするブバルディア。
私もその言葉に緊張を覚えながら頷く。
今日は街で初めて『完全自由交易の日』が実施される日だ。普段の取引先として交易をしている商人以外も商売できるという仕組みになっている。
まったく新しい試みを試験的に行ってみようとブバルディアが早々に制度を設立されたのだ。
街に対して特例を作るというのも、変化する文化を見るというのも見たことがないので、どうなるかが気になるし、少し不安にも感じる。
「一週間でそこそこの数の商人が集まったのは驚いた」
「交易の街で店を出すっていうのに憧れてる人は多いからねぇ。アタシもなるべく要望に応えられるように調整してきたつもりさ」
「トラブルがなければいいけれど」
「不安なのかい?」
「築き上げた文化がなくなったりするのは、怖い」
自分の起こした行動が悪影響を及ぼしていたらどうしようか。
そういった類の心配はぬぐえない。
そんな私に対してブバルディアは爽やかに笑いながら肩を叩いた。
「みんなで悩んだり、相談しあって決めたんならどんなことがあっても平気さ。気にしすぎると身体に毒だよ?」
「そういうものかな」
「そういうものさ」
外部の商人を集めた交易広場では商売開始を告げる為に、ブバルディアと親密なポピーさんが高台に上がっていた。
彼は商人の様子を見つめたのちに、大きな声をあげて合図をする。
「新しい取り組みに参加してくれた商人の方々にお礼と感謝を! これより『完全自由交易の日』による商売を執り行おう!」
両手を広げ、彼が言葉を続ける。
「普段とは違う交易の中で、皆にはどうか新しい自由を知っていただきたい! くれぐれも他人を蹴落とそうとは思わぬように!」
堂々と、そしてはきはきとした口調に場の空気が盛り上がっていく。
「……開始!」
空砲の音が鳴り響き、それぞれのお店が開いていく。
静かにカーテンを取り外す露店もあれば、料理を作り始めるお店もある。
物々交換を求めている商人もいたりと、その様相は多種多様だ。
感心してその様子をひとつひとつ見ていると、ブバルディアが声をかけてきた。
「ところで、行きたいところはあるのかい?」
「この前の旅人のところには行きたい。彼もお店を出してるみたいだから」
「それ以外は?」
「……考えてなかった」
「なら、アタシと一緒に適当なお店を見て回ろうじゃないか。あの旅人の場所はちょっぴり遠い。寄り道するのも悪くはないだろう?」
「わかった。一緒に見る」
断る理由もないし、普段見る交易とは違う姿というのも興味があった。
その為、私はブバルディアと一緒にいくつかのお店を見て回ることにした。
「へい、お嬢さんたち。爆弾飴を食べてみないかい?」
ふと歩いていた時に、爽やかな様相の男性店員に声を掛けられる。
お店は屋台のようになっていて、大きな文字で屋根には『爆弾飴』という文字が記載されている。
「ほう? なかなかに物騒な名前じゃないか」
「他の街の文化に負けないように、インパクトを重視しているからね!」
「へぇ、なるほど」
「今回、交易の街で商売できたのは初だから試供品も用意しているのさ」
「タダで味わえるってことかい?」
「そうそう! 知らない文化に触れられるチャンス! 逃したらもったいないよ?」
ブバルディアと店員の会話が盛り上がる。
社交性が強い人というのは気軽に話しかけられるんだなとぼんやり見つめていた時。
「よし、ちょっと食べてみな」
急に私に挑戦するように促されていた。
「私?」
「あぁ、そうとも。こういう珍しい料理っていうのは食べるだけでも得をするってやつだからね」
「ブバルディアは食べない?」
「まずはアンタが食べるところを見てみたいのさ」
「……わかった」
爆弾飴。一体どんな飴なのだろう。
食べた瞬間に破裂したりとかするのだろうか。
よくわからない。
けれども、店員さんが自信を持っているのは間違いない。
「おひとつ、いただきます」
「はいよ!」
丸い飴を貰って、その見た目を確認する。一見するとただの飴のように見える。
飴を口に運び、じっくり味わおうとした時。
「……ん?」
不思議な食感に気が付いた。
口の中にちょっとした痺れるような感覚がやってくる。痛いというわけではない。ヒリヒリするわけでもない。
パチっとした感覚、と言えばいいのだろうか。まるで何かが口の中で弾けたような食感が伝わってきて独特な印象を覚える。
味わいそのものは柑橘類の味わいに近い。その中で、弾ける感覚がどこか新鮮さを運んでくれている。
「変わった飴。口の中でパチパチと弾けてる」
「そう! それが僕たちが用意した遊び心がある飴、爆弾飴さ」
「へぇ、面白そうだねぇ」
そう言いながらブバルディアも飴を口に運ぶ。
パチパチした食感が伝わってきたのか、彼女もまた、少し目を開いて驚いているような表情を浮かべていた。
「店員さんは、飴作りの専門家なんですか?」
気になって聞いてみる。
すると、彼は首を横に振りながらも笑顔で答えた。
「いいや、僕は他のお菓子も作ったりしてる。僕が暮らしている街はお菓子作りが盛んなんだけど、他の街と違って遊び心がいっぱいあるのさ」
「遊び心?」
「今回持ってきたパチパチする飴もそうだし、色が変わる混ぜ物なんかもある。あとはそうだね……ちょっと魔力を使って不思議体験できるお菓子なんてものもあるのさ」
「不思議体験」
「摩訶不思議ってやつさ。ただ、それを持ってくるのはさすがに他の街ではちょっと色々トラブルが起きそうだったし、今回は軽い遊び心系のお菓子を用意したね」
「他の街に旅行に行く導線を作るのはいいけど、規則には従うように。そう調整したからね」
ブバルディアも同意して頷く。
パチパチする飴も変わっていたけれども、それ以上に不思議がある。その事実はなんだか面白そうに思えた。
いつか、私がその街に赴いたりすることはあるのだろうか。
「よし、お土産に買っておこうか。爆弾飴。いい味だったよ」
「毎度あり!」
私がぼんやり考えている間にもブバルディアは購入を行い、次の場所に移動していた。
「ほら、次行くよ」
「今、そっちに向かう」
それ以外のお店で見たものも変わり種が多かった。
「内側で炎が燃えている?」
「これは封印結晶と呼ばれていて、内側でずっと魔力が循環してるんです。街では明かりにも使われてるんですよ!」
メラメラと燃える炎がどこか幻想的な結晶を売っているお店があったり……
「モノマネラッパはいかがかね! このラッパに息を吹きかけると動物の声を再現できるよ!」
「コケコッコー!」
仕組みもわからない、息だけで動物の鳴き声が表現できる不思議なラッパを売っているところもあった。
「仕事終わりに街の人が味わうコーヒー、今日は特別出張で販売しているよ」
「いいねぇ、アタシはそういう味が大好きでねぇ。買ったよ! そのコーヒー!」
紳士的な態度で接客をしているタキシードの男性なんかもいた。
数多くのお店を見ていて感じたことは、各々が自由に生きていて、自分の文化を大切にしているということだ。
ふと、気になって出店している人に自身が暮らしている街について尋ねてみるとこう答えていた。
「街の恩恵を受けながらも楽しく暮らせているね。だからこそ、こういう場で文化交流ができるのが楽しいのさ」
様々な文化があって、その中で多種多様なものが存在している。
……もしも、色んな場所に赴くことができるのならば、より多くの知識を知ることができるのだろうか。
多くの店を巡っている間に、私の意識はまだ見ぬ世界の方へと興味が向いていた。
様々なお店を見て回ったのち、私とブバルディアは旅人が開いているお店までたどり着いた。
旅人のお店はそこまで大きいものではなく、空間としては控えめな印象を受ける。
しかし、棚に並べられている物品には彩りがあった。
「いらっしゃい! 恩人さん!」
「旅人さん、調子はどうかな」
「僕のお店は物々交換が中心だから、特別儲かるわけではないよ。でも、楽しい経験をさせてもらってる」
そう言って旅人が懐から取り出していたのは、私もさっき見ていたモノマネラッパだった。
この交易の最中に貰ったのだろう。音を鳴らすと、羊の鳴き声が響いていた。
「アンタがやってみたかったのは物々交換だったのかい?」
「あぁ。こういう交易の場でやってくる商人との交流を楽しみたかったのさ」
市場を見つめながら旅人が続ける。
「まだ知らない街を知るきっかけ。旅を通じて繋がる文化。そういうことを……商人らしい立場でやってみたかったんだ」
「なるほどねぇ。で、いい商品は見つかったのかい?」
「どれも交換で貰ったものはいい商品だし、みんなしっかりした商売をしている。そこに上下なんてない」
「アタシ好みの良い答えだ。その言葉が聞けるだけでも開いた価値があったと思えるね」
旅人が机に並べている物品をひとつひとつ見つめていく。
きめ細かい布生地もあれば、立派なオルゴールもある。
木彫りの人形があったり、鉄で出来た金庫のようなものも存在する。
どの道具もそれぞれに特徴があって、違った性質を持っている。
そのひとつひとつが私には輝いて見えていた。
「アンタ、こういうのが好きだったりするのかい?」
「人の意志を感じる、自由な感じが好み……なんだと思う」
うまく説明するのはまだ難しい。
だけれども、文化によって作られるものが変わるという多様性に興味を惹かれていた。
「この市場を通じて、感じたことがある」
「言ってみな」
「……未知の文化に興味が湧いてきた」
「ほう?」
「この交易でお店を出している街以外のところが、どんな文化を持っているかが気になる」
知らない街の人たちも、それぞれの文化の中で生きているのだろう。
それぞれが街の法律と自由に向き合って生活している。
そうした世界を知ってみたい。
「だから、きっと、私は世界をもっと見てみたいんだと思う」
そう言葉にした瞬間。
ブバルディアは驚きながらも、どこか安心した様子で私を見つめてきた。
「アタシは前に言ったね。アンタがやりたいことを見つけるんだって」
「うん」
「やりたいこと、できたじゃないか」
「……そっか」
その言葉で決心がつく。
今まで、流されるままに生きていた。
手伝いを繰り返しながらも、漠然とした日々を過ごしていた。
そんな私が、今、見つけることができた新しい目標。
「私は、旅をしてみたい」
廃墟の街で目覚めた私が、瓦礫の山で見つけた感情。
少しずつ前向きになっていき、知らない世界のことを知って見つけた想い。
街と旅人の自由を見つめて、やっと見つけた私の選択の答え。
自分の足で歩いて、迷いながらも、旅人として世界を知りたい。
すぐに答えが見えなくても構わない。私らしく生きていく。
私の言葉を聞いたブバルディアと旅人のふたりは、優しく背中を押してくれた。
「なら、旅の心得を教えないといけないね!」
「恩人さんが旅路で困らないように、色々準備のコツを伝えるよ」
「そうそう、荷物を運ぶための道具とかも用意しないとだ! 忙しくなるねぇ!」
「手伝いましょうか?」
「おっ、アンタも手伝ってくれるのかい? よーし、気合を入れていこう!」
盛り上がるふたりを見て、私も思わず頬が緩む。
ただ、旅をするのなら、なにか必要なものがあるだろう。
私が準備するべきもの。それは……
「誰かに名乗れるように、名前があった方がいいかな」
「確かに、名乗れた方が記憶にも残るね! なにか案はあるのかい?」
「どうだろう……」
そう、名前だ。
いつまでも名無しのままではいられない。
ひとりの旅人として歩き出す為の名前が今の私に必要だ。
考える。
私に相応しい名前なんて、思い浮かばない。
それでも、私を支えていた言葉なら思い浮かぶ。
それは『自由』だ。意思を持った時から、私はそのことを考えていた。
もしも、自由を哲学しながら生きるのならば、私もそれにちなんだ名前を付けてもいいのかもしれない。
「自由の律動、リベラ、リズム……」
自由でなければいけないというわけではない。
自由と向き合い続けたい意志はあるけれども、主義として掲げるほど主張したいわけではない。
そんな私が、名乗るとしたら……
「リベラ・マギアロア」
『魔の法律』を扱う存在としての私。
そして自由を求める存在としての私。
そのふたつが交わった、私の名前。
リベラ・マギアロア。
今日から、私はそう名乗っていくことにしよう。
私なりの自由を、私のリズムで探していくんだ。
「なるほど、いい名前だ。じゃあ、リベラ」
「うん」
名前を言われて、静かに頷く。
そして、笑顔のブバルディアと向き合う。
「旅支度をしていこうか!」
その眩しい笑顔はまるで、旅人を照らす太陽のように輝いていた。




