Ⅶ 私の選択
「あなたは、ブバルディアさんのところのお嬢さん?」
多くの目線が私に集まり、困惑のどよめきが広がる。
話が纏まりそうになっていたところにいきなり割り込んできたのだ。不審に思っても仕方がないだろう。
「旅人と話がしたい。少し、いいかな」
「それは構わないが……旅人の代わりに商売するっていうのはできないぞ。それはわかってるな?」
「わかってる。私も法律のことについてはある程度理解してるから」
緊張が走る状況に、人が多く集まってくる。
なにか行動を起こしたとしても、間違いなく注目される立場になっているだろう。
今の私はブバルディアの家で暮らしているお手伝い。私が変なことをしてしまったら、彼女にも迷惑をかけてしまう。
旅人に声をかける為に開こうとした口が少し震える。
……緊張しているのか、不安を感じているのか、自分でもわからない。
それでも、真剣に向き合いたいという気持ちは確かだ。
「旅人さんは、どうしてこの街で交易をしたいと思った?」
旅の荷物、きっと売ろうとしていた商品に囲まれた旅人に私は尋ねる。
「やってみたいと思ったからさ。それ以外に理由はない」
彼は私に対して警戒しているのか、淡々と答える。
ぶっきらぼうに言葉を放つ旅人の表情には諦めの感情が宿っているように見えた。
「私は、もっと具体的なことを知りたい」
「理由は交易してみたかった。それだけでいいだろう」
顔を背け、私から視線を逸らす。
「……違う、と思う」
「なにがだ」
「もっと、別の理由があるはず」
怒りの感情を強く持っている人に対してどう接すればいいのか、まだ理解できていない。
それでも、彼が想いを隠しているというのは感じ取れていた。
だから、私は追及する。
「もしも理由を隠していたとして、なんになるっていうんだ? ここでの交易はもうできないと言われた以上、意味がないじゃないか! 夢を持ってたって……!」
「夢を持っていたの?」
「言葉のあやだ。忘れてく……」
「もしも、夢があったとしたら聞かせてほしい。この街で何がしたかったか、どうして交易をしてみたかったのか、旅人さん自身の言葉で教えてほしい」
「しつこい! もう諦めたんだよ、僕は!」
振り払い、荷物を手に取ろうとする旅人に対して、私は大きな声で宣言する。
「私は、旅人さんの力になりたい」
ざわめきの声が大きくなる。
「まさか、ブバルディアさんに直接掛け合うのか?」
「街の法律を破るつもりか!?」
「そんなこと、しちゃいけない!」
混乱する人に対して振り返り、私の意思を伝える。
「これは、私個人の意思です。ブバルディアが行うようにいったわけではありません。私が、そうしたいから言葉にしています」
周囲の緊張を和らげられるように丁寧に、そして私なりに誠意を込めて発する。
「もし、私が起こした行動で罰を受けるのなら私ひとりに影響が及ぶようにします。決して、この交易の場を混乱を招く真似はしないと誓います」
私の言葉を受け止めてくれたのか、集まっている人のどよめきの声はある程度収まっていった。
その中で、旅人だけが困惑の声をあげていた。
「どうしてそこまで僕の為に手を貸そうとしてくれるんだ……?」
「知りたかったから」
まっすぐ、旅人の目を見つめる。
「旅人さんが自由交易の場に訪れた真意を」
好奇心なのだろうか。
それとも助けたいという義侠心なのだろうか。
自分でもはっきりと明確な心境については説明できない。
それでも、彼の『自由』に対する手助けはしたいという気持ちは確かにあった。
私の言葉を受け止めた旅人は、少し悩んだのち、静かに本心を言葉にした。
「……自由交易の場を使って、旅を通じて知った文化を共有したかったんだ」
「よりよい街の発展のために?」
「そこまで真面目な話でもないよ。知ってもらうことで、世界はこんなにも面白いってことを伝えたかっただけだからね」
そう語る旅人の目は輝いていた。
「街を巡っていくと、知らない世界が見えてくる。普通の人はひとつの街で定住するからわからないことだって多いけれど、旅人は文化を伝えられる。だから、僕が知っている知識や、興味を持ったものを交換したかったんだ。自由交易の場を使ってね。それが本心さ」
「自由を伝えたかった?」
「そうだね。そういう気持ちも強かったのかもしれない」
そこまで話を聞いて考える。
私が彼と同じ立場であったら、どう行動するのだろうかと。
……正直なところ、まだわからない。
彼と同じように共有したいことも思い浮かばないし、自由を伝えるという気持ちが強いわけでもない。
今の私は純粋に、自由が知りたいという気持ちで動いているような気がする。
我儘なのだろうか。
それとも欲望に忠実なだけなのだろうか。
まだ、自分のことも判断しきれない。
それでも、助けたいという気持ちがあった。
まだ迷ってはいるけれども、変えたいという意思がある。
だから、私は後悔のないように言葉にした。
「……もし、この街の法律に特例を作ることができるのなら、どういうことを願いたい?」
言葉と共に魔力が広がっていく。
私の本分。『魔の法律』を扱うことができる存在。
その力を発揮する時が来た。
雰囲気が変わった私に対して、旅人は戸惑いながらも話してくれた。
「ほんの少しの期間でいい。旅人や普段街を使わない行商人でも自由交易に参加できる瞬間がほしい」
「街の法則を一時的に歪めてしまうとしても、それは有意義なものになるか?」
「……なる。僕はそう信じている。この街の交易はより豊かなものになるはずだ」
旅人の意見には迷いがない。
しかし、街の人々はどうだろうか。
広げた魔力を魔力で形成した本に束ねながら、尋ねる。
「旅人の発言は悪くないとは思う。ただ、法律に特例を作るっていうのはどういうことだ?」
「……私は街の法律を変えることができる存在。その力によって変化を加えることができる」
「そんな! じゃあ、やろうと思えばやりたい放題ができるってことなのか!?」
「可能な限りそうならないように、私は動きたい」
胸元に手を当て、私なりの意見を伝える。
「私はブバルディアと一緒に過ごしたこの街のことが好きだし、活気づいている人を見るのも楽しいと思っている。けれど、自由交易の場において、自由が制限されてしまうことに対しては気になった。より多くの人に街の良さを知ってもらうために、特例を作るのは悪くないとは思っている」
街の暮らしを少し歪めてしまう可能性があるというのは不安がある。
それでも、後悔のないように動きたいという気持ちも強く存在している。
だからこそ、問いかける。
「……私の意見はこう。みんなは、どう思う?」
一方的な感情の押し付けをしてはいけない。
法律は人の暮らしをよくするために存在するもの。
だからこそ、真剣に悩んだ方がいい。
私の問いかけに対して、それぞれの商人が言葉にしていく。
「俺たちの交易品が売れなくなる可能性もあるからなぁ……」
「いやでも、特別な日が増えるってことは、人の足が増えるっていう可能性もあるぞ?」
「それもそうか。だが、俺は怖いな……」
「興味はあるんだけど、一歩踏み出せないなぁ。もしもってやつが怖くて」
「文化交流で新しい物ができるかもしれないぞ?」
「それでも、オレたちがやってきたこととは別のことを行うのか……勇気がいるな」
意見は半々に分かれていた。
この状況で法律を変えたとしても反発が起きて、大変な事態を招いてしまうのは間違いないだろう。
どうすればいいのだろうか。
きっと私の声だけでは解決できない。
どう声をかけていいのかもわからない。
そんな時だった。
「俺は好きだぜ。嬢ちゃんの意見」
筋肉質な男性が私の意見に賛成を示した。
あの人は私が初めて街に訪れた時に話しかけてくれた人だ。
いつも私のことを気にかけてくれて、商売の悩みも相談に乗ってくれた。
「商売に迷いなんてものは付き物さ。失敗だってあるだろうし、勇気が必要な時だってある。ちょっとした挑戦ができる場があってもいいじゃねえか!」
豪胆に言葉にする彼の姿は、割れた意見の中でも新しい考えを広めてくれた。
「確かにそれもありかもな……」
「だ、だけど、俺はあんまり勘弁してほしいな。指定されてない外部の人がいる場所で交易するってなると混乱しそうだし……」
「なら、場所を指定すればいいじゃないか」
そう言葉にしながら、大人らしい余裕を持ちながら歩いてきた人がいた。
……魔法少女ブバルディア。そう、この街で発言力を持つ、私を導いてくれた人だ。
「ブバルディア」
「まさかアンタが自発的に行動するようになったなんてね、随分成長したじゃないか」
「……やりたいと思ったことをやっただけ」
「それが立派というものさ。迷いながら行動を起こせる存在っていうのは貴重だからね」
そこまで言葉にして、ブバルディアは市場にいる人々に伝えた。
「この街にはまだ使われていない地区があるのさ。そこを中心に自由交易区域を作るっていうのはどうだい? そこで交易したい人は集まってやりゃあいい。興味がないならば、別のところで交易する。そういう場にするのさ」
「け、けど、ブバルディアさん。もし怪しいものが交易されたらどうするんだ!?」
「アタシの目が光っている間はそんなものは通すつもりはないよ。それに街の発展に繋がったら経済も回る。悪くはないだろう?」
「そ、それもそうっすね。あはは……」
貫禄のある態度で言葉にするブバルディアの影響力は凄く、周囲の空気が納得に包まれていく。
その中で、彼女は私に対して問いかける。
「あとはアンタだよ」
「私?」
「あぁ、街の法律を変えるっていうことは、人の暮らしに変化を与えるっていうことになる。アンタは法律を変える覚悟はあるのかい?」
真剣な目で問う彼女に対して、私は私なりの気持ちで応える。
「もっと幸せに暮らせたり、豊かな心を育むことができる選択だと信じてる。だから、後悔はしない」
「いい答えだ。なら、やってみるがいい。法律を変えるという責任はアンタが持っているかもしれないが、アタシはその選択を尊重して手伝ってあげるよ」
「ありがとう、ブバルディア」
魔力で形成された本を展開して宣言する。
「私の力……マギアロアの法に基づき、新たな特例を願う。『街の自由交易において、外部の人間を招いて交易を行える時間や空間を用意することの承認を行うことができる。この特例は法律の例外措置として扱うことができる』」
本から魔力が空に打ち出され、光となって街全体に広がっていく。
……これで、この街の法律が少しだけ書き換わった。
「これで許可を取ることができれば、お店を開くことができるようになった。旅人さんもお店を開ける」
「本当か! ありがとう!」
「ま、市場を開くのなら許可が必要だし、アタシが相談に乗ってやるよ。旅人さん。よっぽどのものを売ろうとしなけりゃあ、アタシが販売に使える場所を用意しようじゃないか」
「嬉しい……夢が叶った!」
「お礼ならこの子に言いな。アンタの為に頑張ってくれたんだ」
ブバルディアに肩を叩かれ、少しだけ前に進む。
旅人は、大きく頭を下げながら、繰り返し感謝の言葉を告げる。
「本当に感謝する! この恩、忘れない!」
「私はやってみたいことをやった。だから、旅人さんもこれからの商売、頑張ってほしい」
「あぁ! やってみる!」
「さぁて、アタシも仕事をしていくかな! アンタたち! ぼさっとしてないで商売頑張るんだよ!」
ブバルディアが市場に号令をかけると、大盛り上がりを見せていた。
私がこの場においてどれだけの貢献ができたかは、正直なところよくわからない。
けれども、迷いながら行った選択には後悔はないと信じている。
街の人が笑顔を見せている。
その事実が心を温かくしてくるのだから。
「もしかしたら、アンタも魔法少女なのかもね」
人々が行動を起こして動いていったのち、優しい声でブバルディアはそう言葉にした。
「私が?」
「あぁ。人の心に寄り添うことができるちょっと変わった力を持った存在。いいものだろう?」
「……魔法少女」
ちょっとくすぐったいような感じの言い回しではあるけれども、素敵な響きだ。
ブバルディアを救った人と同じように、魔法少女と称される。
それはとても優しい意味合いが込められているように思えた。
市場は賑わい、盛り上がる。そんな中でブバルディアは優しい表情を浮かべていた。




