Ⅵ 街と旅人の自由
屋敷での探索から新しい見解を得た私は、少しずつ外の世界に興味を持つようになっていた。
「おう、嬢ちゃん。元気してるな!」
「ありがとう。今日の交易の貢献はできてるかな」
「あぁ! しっかりいいもん拾ってきてるぞ!」
仕事を手伝い、何気ない日常の中で過ごす日々。
街の人と交流していく中で、前よりはある程度は自然に笑えたりするようにはなってきたと思う。
「食べ物を切る時のナイフの使い方も結構様になってきたじゃないか」
「ブバルディアは旅をしていた時もよく料理をしていた?」
「自給自足は旅の基本だからね。そりゃあ、さらっとレクチャーできるくらいには料理もできるさ」
そうした安定した生活の中で、私はブバルディアから多くの知恵を学んでいくことができた。
簡単な食べ物の調理の仕方。
生活の知恵としての、日干しのコツ。
疲れを効果的に癒す方法。
様々な事柄を、ブバルディアは教えてくれた。
そんな中、私は興味を持っていたことについても学んでいた。
「それにしても意外だったよ。アンタがアタシから旅のコツを学ぶなんてね」
「なにかに役に立ちそうだと思ったから」
そう、それはブバルディアが持っている旅知識だ。
旅のことを学んだとしても、今すぐ彼女の屋敷から出ていこうと考えているわけではない。ただ、単純に気になったのだ。
きっとこれも、ポピーさんと話したことが影響しているのかもしれない。
暇な時間を見つけては、私は積極的に旅のことをブバルディアに聞いていた。
「三食食べることは旅のリズムを整えるのに大事だよ。忘れないようにね」
そういったシンプルなことを説明されたり。
「人と積極的に交流するのも忘れちゃいけないよ。情報収集はいかなる時も重要だからね」
仕事人としての商売にも活かせそうな知識も学んだり。
「あぁ、そうそう。美味しいものを食べるというのも忘れちゃいけない。あれも旅の醍醐味だからね」
旅の中で味わえる娯楽についても教えてもらっていた。
ただ、彼女が教えてくれるのは基礎的な部分が多く、具体的な旅の仕方について教えてもらえることはなかった。
旅の最中、困った時に対応できる知識といったものを主に教えているという雰囲気を強く感じていた。
そんな新しい知識を学び続ける日々。何気ないひとときはゆったりと続いていた。
ある日の朝食の時間。
私はブバルディアから学んだ方法で簡単な卵料理を作り、彼女とふたりで食事を取っていた。
今日もまた旅についての話題で盛り上がる。
「……繰り返しアタシは言うけど、旅っていうのは自分で道を選び続ける日々なんだ」
「だから、迷わない方がいい?」
「逆さ。いっぱい悩んで、道を選んだりした方がいい」
「その理由は」
「そっちの方が楽しいからさ」
「よくわからない……それなら、迷わず選んだ場合は正しくないってことになる?」
「それもまた違うね。迷わず選べるなら、そりゃあその方がいいこともある」
「……ますますわからない」
旅人としてのアドバイスを送る彼女の言葉は、難しいと感じることも多い。
答えを探そうとしてもその答えが見つからないなんて話があったり、不正解だと思っていたことが正解だと言われることもある。
そういう答えが出ない話題になった時、ブバルディアは余裕を見せながらこう言葉にしていくのだ。
「ま、こういう問題っていうのはぶつかってみたら結構あっさり答えが出てくるものなのさ」
「またはぐらかした」
「だって、アタシはそう感じながら生きてきたからね。はぐらかしちゃあいないさ」
そう言いながらも大人っぽい笑みを浮かべるブバルディア。
多分、彼女の言っていることも間違ってはいないのだろう。自信をもって言葉にしているあたりからもそのことは伺える。
それでも、私ははぐらかされたと感じてしまう。もしかしたら、私の精神的なところはまだ子供っぽいのかもしれない。
朝食を食べ終わった私は立ち上がり、外に出る準備をする。
「おや、今日も出かけるのかい?」
「その予定。街での手伝いをするから」
「真面目だねぇ」
「居候している以上、仕事には貢献したいから」
「いつも助かるよ。じゃあ、今日の交易の品は渡しておくからいい感じにやっておいてくれ」
「わかった。ブバルディアは?」
「今日はちょっと大きい交渉があるから、そっちに行くのは後になる。まぁ、やってくるまではひとりでなんとかやりくりしてほしいね」
「気を付けて」
「アンタも無理しないようにね。いつも協力してくれてありがとうね」
ブバルディアが仕事用に用意していた交易の品を受け取り、私は街に赴いていく。
生活をしていく中で、仕事のやり方もブバルディアからうまく学んだ。だから彼女の業務をある程度、私ひとりでも済ませられるようになっている。
屋敷を出て、街の盛んに賑わっている中央広場まで移動する。
中央広場には様々な商人が商談に参加していて、どの方面からも会話が聞こえてくる。
「私の場所は……」
ブバルディアが確保している商業用のスペースに荷物を運び、テーブルを用意する。そして、そのテーブルの上には商品となるものをそれぞれ並べていく。
「コツは興味を持ってもらえるように置くって言ってた」
彼女から教わった商売の知識をうまく活用しながら綺麗に整理整頓していく。
魔力を帯びた鉱石はケースの中に。
希少価値のありそうな骨董品の類は目立つように置き、『購入は自己責任でお願いします』との張り紙を貼る。
「自己責任って難しいとは思うけど……」
こう書いておくとお客さんからの文句を回避しやすくなるというのが、ブバルディアの意見だ。長年の知恵というものなのかもしれない。
自分で選んで買う、という判断も時に行わなければならないというのは大変そうだ。
「屋敷で採れた野菜も置いとかないと」
ブバルディアの屋敷は街の中でもかなり大きい。そういった事情もあって、庭では野菜を栽培している場所もある。
彼女はそうして作った野菜も売っているのだ。
指定された値段を張り紙に記載し、準備を終えた私は無事に出店を構えることができた。
「今日も頑張ろう」
中央広場、その案内板を確認しながら、私なりに気合を入れる。
『交易の街のバザー、現在絶賛盛り上がり中!』
ブバルディアが暮らしている街は『交易の街』という。
名前が示すように、この街では様々な地域から商人が集まり、商品の売買が行われている。
今日は特別大きな交易の日。
街で見ないような人の姿も多く見受けられていた。
今日もやれる限りのことをやっていく。そのことを意識しながら、私は今日も交易に挑むのだった。
「この野菜、鮮度がいいな。いつ採ったんだ?」
「昨日の午後に収穫したものとなります」
「すばらしい! なら、この値段で買おう」
「ありがとうございます」
バザーの盛り上がりはかなりのもので、次から次へと人がやってくる。
その中でも私は丁寧に対応していくことを意識していった。
「この鉱石、魔力を貯蔵する仕組みを教えてもらっても?」
「太陽光を魔力に変換する鉱石になっているのが特徴で、一日中太陽光を浴びせられれば、それだけ活用できるようになります」
「へぇ、便利そう」
「貯蔵量は鉱石の大きさ次第で変化します。小さいものでしたらランプなどにおすすめです」
「なるほどねぇ、買っておこうかな」
「ありがとうございます」
業務そのものは順調にこなしていっている。
敬語での対応の仕方もブバルディアとのやり取りの中である程度学べているのが大きいのかもしれない。
「この時計はいったい?」
「廃墟となった街で見つかったものとなります。現状品なので、購入は自己判断でお願いします」
「ふむ……あの街から出てきたものなのか、興味深い。色々調べてみるのも悪くないのかもしれないな」
「購入しますか?」
「あぁ、この値段でどうだ?」
「問題ありません。購入、ありがとうございます」
特別な日だとしても私のやることは変わらない。
ブバルディアに指示されたことを行い、自分のやるべきことを行っていければいい。
彼女が作ってくれた目安に従って価格のやり取りを行い、私は丁寧な態度で接していく。
そうすることによって、売り上げに貢献する。
それさえできればいいと思っていた。
……そう考えていた時だった。
「ま、待ってくれ! 僕が商売するのはダメなのか!? ここは自由交易の空間だって書いてあるじゃないか!」
少し遠くの自由交易所で、大きな声が響いた。
男性の声だ。抗議をしているような、悲痛な印象を感じさせられる。
一体何があったのだろうか。
ふいに気になった私は離席の看板を置き、お店の見張りを屋敷の人にお願いして、状況を確認しにいった。
「あぁ、それは駄目だ。許される行為ではない」
「ここは交易の街じゃないのか!?」
「ここが交易の街だからこそ、許されないんだ!」
どうやら言い争いをしているようだ。
その論点はどこにあるのだろうか。
人が集まっている中に潜り込み、話を確認していく。
「自由交易にもルールがある。旅人が使うことは許可できない」
「まさか、それは法律があるからって話なのか?」
「……あぁ。街の法律で禁じられている行為なのさ」
取り締まっている男性が、静かに言葉を続ける。
旅人と自称した男性はその言葉を静かに受け止めていた。
「『交易は契約を行った存在のみが行うこと。許可のない交易を行うことは許されない。部外者の交易は原則禁止とする』」
淡々と言葉にされていたのは、この街に存在する法律だった。
魔の法律の力に基づき作られた街の法律。このルールが存在することによって街の動力などが支えられているのだ。
交易の街の場合、仕組みによって人の賑わいを促しているという部分も多いだろう。
……私としては法律には不備のないように感じる。トラブルを回避するために作られた法律としてしっかり形になっているのではないだろうか。
しかし、旅人の男性は納得できていない様子だった。
「僕は街に入る時、買い物をする為の許可を貰った。それじゃ駄目なのか?」
「売るとなったら話は変わってくる」
「な、なら! 今から許可を取って売買するっていうのはいけないのか!? バザーの日なんだろう、今日は!」
「許可できない。部外者の交易は原則禁止だからな」
「……なんだよ、それ。自由交易なのに自由がないじゃないか……」
旅人の男性は意気消沈した様子で顔を下に向ける。
仕方がないことではあるとは思う。
法律を破った存在に対しての罰というのは重くのしかかってしまう。それこそポピーさんは街の法律の影響で足を失っている。
法律は絶対。それがこの世界の法則だ。
「……憧れてたのにな。ここで、商売に参加するの」
「残念だが、諦めてくれとしか言えない。旅人の立場はこの街に商売においては弱いのだ」
……それでも、私は何故だかもやつきを覚えていた。
自由という言葉があるのに、不自由だと感じたからなのだろうか。
それとも、悲しんでいる人を助けたいと思ったからなのだろうか。
……わからない。わからないけれども、何かがしたいと思っていた。
「君も正規の商人になれば、商売はできる。だから諦めずに挑戦してくれれば……」
「……僕は旅人だ。それはできない。僕の足で世界を見たいし、僕の手でできることをやってみたい。一つの立場に縛られたくないんだ」
「そうか……なら、不本意ではあるだろうが、断念してくれ」
もしも、特別な日に例外を作ることができるのならば。
……許される方法を用意できるのであれば、彼の手助けになるだろうか。
「そっか」
その手段を私は持っている。
私なら、変えることができる。
しかし、それを行ってもいいのだろうか。
大きな変化をもたらしてしまうのではないだろうか。
そこまで考えて、自分の中に宿っている力を考える。
『魔の法律』の力。
街の法律に変化を加えることができる能力。
私という存在に与えられたもの。
もし、この力を有意義に使うことができるのならば、状況を変えることもできるのかもしれない。
「……でも、やってみていいのだろうか」
街の法律を変えるということは、その街の法則に変化を加えるということでもある。
真剣に考えないといけない。私の行動によってもたらす影響を。
旅人はうなだれて、静かに立ち去ろうとしている。
私にできることはある。
もし、ここで声をあげなければ後悔してしまう気がする。
まだ悩んでいる。それでもブバルディアは言っていた。迷うことも大事だと。
だから、私は私なりに声を出した。
「待って」
大勢の人に聞こえるように、大きな声で言葉にする。
集まっている人の目が私に向く。
もう、引き返すことはできない。
私は覚悟を決めて、私なりの意見を伝えていくのだった。




