Ⅴ 知らない世界のこと
着替えを済ました私はブバルディアの屋敷をまずは調べることにした。
落ち着いた雰囲気の屋敷は、しっかりと掃除がされているらしく全体的に清潔な印象を受ける。
質感の良い生地を使ったカーテンや、私に衣類からもなんとなく裕福であることがわかる。
「さらさらしてるような」
今私が着ている白黒のレースが入ったワンピースも、驚くほどきめ細かい。
どちらかというと派手な印象を感じさせられるブバルディアのイメージとは少し違った雰囲気を感じさせられる。
「少し、興味が出てきた」
きっと、こういう時に大事なのが好奇心という感情だろう。
そう考えた私は屋敷を歩いている使用人にいくつか声をかけてみることにした。
「少し、いい?」
まず最初に廊下を歩いているメイドに声を掛ける。
「貴女は、ブバルディア様が連れてきたお嬢さん、ですよね」
「その認識で問題ない」
メイドはふわりとしたスカートを翻し、笑顔で私に接してくる。
「なにか不都合とかありましたか?」
「それは大丈夫。ただ、色々気になったことを確認したくなった」
「確認?」
「……ブバルディアは可愛いものが好きだったりする?」
「へ?」
私の質問にきょとんとするメイド。
なにか、変なことを言ったりしたのだろうか。
彼女の返答を待っていると、メイドは悩みながらも答えてくれた。
「ブバルディア様って、結構そういうの好きな気がするかも……私たちメイドの服も結構装飾していいって言ってたし……うん、好きなのかも」
そう言いながらも自身の衣類を確認するメイド。
エプロンドレスはフリルが強く主張していて、あどけなさを感じさせる。
スカート袖にはアクセサリーがいくつか装飾されている。
メイドというと仕事をする人という印象があるが、それとは違う印象も覚える。
仕事とは違う、かわいらしさみたいなものが混在しているような不思議さがある。
「作業着としてのメイド服も調整していいと?」
「う、うん。私がここに入ったのってわりと最近なんだけど、その時はある程度自由にしていいって言われた」
「自由……」
私が気にしている言葉が出てきた。
自由。
どこか大雑把で、それでも心を惹かれる不思議な言葉。
その一言が、私の興味を引き立たせている。
「どれくらい自由にしていいって?」
「メイドとしての業務をある程度しっかりやってるのなら、自分の寝室とかをジャンジャン使っていい的な」
「言葉使いも硬くなくていいと」
「まぁね。……あっでも、それはそれとして、心構え的にはメイドっぽかったりした方がいいかも。その、わたしはちょっとうまくいってないかもだし」
私に指摘されて、慌てふためくメイド。
小さく息を吐いて、彼女は言葉を続ける。
「はぁ、メイドさんって真面目なイメージがあるから、わたしもそれを目指しているんだけどなかなかうまくいかなくてね。敬語口調も練習してるんだけど、どうにも途中で変な感じになっちゃうの」
「口調については気にしなくていいって言われてても、気にする?」
「気にしちゃうね。意識的にはわたし、できるメイドさんって感じになりたいから」
「それはどうして?」
私の繰り返す質問に対して、メイドはしっかりと返答していく。
「ひよっこな私から頼られるわたしになるって素敵だなぁって思うから」
「それは、自分の意志?」
「うん。いつかやってみたいっていう私の夢」
目を光らせながらも、そう言葉にする彼女。
自分の夢がある存在。不思議と眩しさを感じさせられる。
「だから、のびのびと働けるここで、わたしなりの歩幅で頑張りたいって思うんだ」
「尊敬する」
自分の意志でやりたいことがある。
それはとてもいいことだと思う。意志という原動力。それをしっかり持っているのだから。
「お嬢さんは、どう?」
「私?」
「なにか、やってみたいとか興味があるーみたいなのってある?」
ふと問いかけられたその言葉に対して、私は考える。
やってみたいこと。
目の前の目標みたいなものはあったとしても、彼女が語ってるような夢はまだ思い浮かばない。
ただ、強いて言葉にするのなら、興味があるものはある。
「私は、自由が知りたい」
それこそが自由だった。
今の状況に不満を抱いているわけではない。
今の私が特別不自由を感じているわけでもない。
それでも、湧き上がるように関心が湧いてくる。
自由という概念への意志が。
「結構哲学的……!」
「答えがあるかはわからない。それでも、気になってる」
「うーん、わたしはちょっとそういうのあんまりいいアドバイスできそうにないけど……そうだ!」
思い浮かんだといった表情でメイドが手を叩く。
「ポピーさんならそういうの答えてくれると思う!」
「ポピーさん?」
「ここの使用人代表の人! 昔からブバルディアさんと仲が良かったみたいだから人生の経験者だと思う!」
「どこで会える?」
「ええっと……今の時間なら、自分の部屋でのんびりしてると思う! ちょっとした案内用意するね!」
そう言って彼女は手早くメモ帳に情報を書き記し、私に『ポピーさん』の情報を渡してくれた。
どうやら上の階にいるらしい。
「わかった、そっちに行ってみる」
「お嬢さん、応援するね!」
「……メイドさんも、口調頑張って。さっき、ブバルディアを呼ぶとき『様』ではなくて『さん』になってた」
「あっ!」
恥ずかしそうに眼を背けるメイドを見送って私は上の階まで移動していく。
元気に立ち振る舞う彼女の姿を見て、不思議と心が温まる感覚があった。
上の階まで進む際、いくつかの使用人とも出会っていたので、ある程度興味があることを調べていた。
『ブバルディアは何故魔法少女を名乗っているのか』
使用人やメイドに対しての、この質問に対する返答には曖昧さが強くあった。
「わからない」
「趣味だと思う」
「憧れなのかなぁ」
悪く口にする人はいなかったものの、変わっているという印象を強く覚えている人はいるらしく、屋敷の中でも不思議なことだと認識されているようだった。
次に気になっていたのは私自身のことだ。
『笑顔を試してみたいから、どういった印象を与えたか教えてほしい』
そういって何人かの人に試してみたものの、こちらも多種多様な返答が戻ってきた。
「ほ、ほんの少しだけど恐怖を感じるかも」
「ちょっと人形っぽいのかな、硬い」
「無理しているような」
基本的にはぎこちなさを指摘するものも多かった。
とはいえ、別の言葉もないわけではなかった。
「一生懸命さがいい」
「クールっぽいのが可愛いかも」
「自然になった姿を見てみたい」
励ましの言葉もいくつかあった気がする。
とはいえ『私の笑顔』だけでも多くの反応があるという事実は面白いと感じた。
……仮に、私が自然に笑えるようになったとしたら、どんな存在になるのだろうか。
そんなことをふと考えていた。
屋敷を移動して、ポピーさんの部屋の前までたどり着く。
部屋の扉には『いつでも歓迎! 入ってきていいよ!』という気さくな印象を感じさせる文章が記載されていた。
「会いに行ってみよう」
迷う必要はないだろう。
そう思った私は、扉に手を伸ばして部屋の中に入ることにした。
「おや、メイドくんが僕に会いに来たのかと思ったらまさかのお嬢さんだったか」
目の付近にモノクルを付けた、白髪の男性が椅子から立ち上がる。
使用人としてのスーツを身に纏い、胸元には蝶ネクタイが付けられている。
初対面の印象としてはやや厳かな印象を感じさせられた。
「あなたがポピーさん?」
「あぁ、僕がポピーさ。せっかくだからお話しようじゃないか」
部屋の中央に置かれているテーブルを囲うように椅子に座り、向かい合わせになる。
「さて、何が聞きたい? 僕に答えられることならなんでも答えよう」
余裕を持った態度で手を広げる彼に対して、私は気になったことを問いかける。
「自由について、なにか知ってることはある?」
純粋な好奇心。
そして、漠然とした感覚への回答がほしかったから出てきた言葉だ。
この問いかけは、他の人にはできないだろうと思い、ポピーさんにたどり着くまでは聞かないでいたのだ。
「……なるほど、そう来たか」
私の言葉に対して、真剣な表情になったポピーさんは顔に手を近づけ、少し悩んだのち、口を開いた。
「その問いかけに対して一言で応えられる人間はそうそういないだろうね。僕だってきっと難しいだろう」
「答えが出るものではないと?」
「すぐには出せないだろうね。きっと」
そう言葉にしながらも、彼はまっすぐ私の目を見つめる。
「自由の形は人それぞれだ。だから、僕はひとつ例を出して君に伝えようと思う」
「例?」
「ブバルディアが魔法少女を名乗る理由さ」
「その質問……」
「メイド達が色々聞かれてた時に、話題になっててね。君が来たら教えてあげようって思ったのさ」
姿勢を正して、ポピーさんが話を始める。
「ブバルディアは元々、一つの場所にいるような人じゃなかったのさ」
「今のように屋敷を持っているわけじゃなかったと」
「あぁ。彼女は旅人だった」
「旅人……」
「あぁ。それも行き先を決めないで、自由に生きる旅人さ」
「自由」
行き先を自分で決めて、行動する存在。目的地が存在しない旅人。
それもひとつの自由の姿、過去のブバルディアの生き方。
そこから、彼女はどう変わったのだろうか。
関心を抱きながらポピーさんの話を続けて聞く。
「ブバルディアは僕と一緒に色んなところを旅したんだ。寒い街、変わった街……時には溶岩が凄い場所にもいったな」
「今は旅をしていない?」
「あぁ、ちょっとした事故にあってしまってね」
そう言うと、ポピーさんは自身のスーツの足元を捲り、その内側を見せる。
彼の片方の足……左足は義体になっていた。
「僕はかつて立ち寄った街で法を破り、その罰として足を失ってしまったんだ」
「罰……」
この世界の法は時に強い影響力を人に及ぼす。
『魔の法律』の力と共に成長する街は、時に人に祝福を与え、状況によっては強い罰を促す。
その仕組みは変わらない。
「あの時のブバルディアは必死だったよ。蹲っている僕を見て、必死に助けを求めてくれた」
「……街の人たちは、法律を破ったものには厳しい目を向けると思う」
「そうだね。法律は生活の規範。それを破ってまで助けてくれる人なんてそうそういない。だから、あの時は、助けてくれる人なんていないと思っていた。でもね」
優しい表情を浮かべて、ポピーさんが続ける。
「街の外、どうしようもないと思った時に、魔法少女と出会ったんだ」
「魔法少女」
思い出を噛みしめるかのように言葉は連なる。
「名も知らない魔法少女は僕の足を確認すると不思議な力で義足を作ってくれたんだ。それから、ブバルディアにその義足のメンテナンスの仕方も教えてくれた」
「命の恩人が魔法少女だった、と」
「あぁ。僕たちはきっと彼女のことを忘れることはないだろう」
捲った足元を戻し、ポピーさんは静かに笑う。
「そうして僕が義足になったことによって旅を続けるのが困難だと判断したブバルディアは、ひとつの街で定住することを決めたのさ」
「それが、今の屋敷」
「旅の中で得たものをうまく活用することで、彼女は立派に成り上がったのさ」
「その得たものって……」
「金銀のような実物もあれば、知識もある。だけど、その中で一番ブバルディアが大切にしたのは義理人情……そう、優しささ」
「もしかして……」
「そう、魔法少女の優しさに触れたブバルディアは、彼女自身、そのように困っている人を助けたいと思うようになり、地に足をつけてここで生活するうちに自称するようになったのさ。『魔法少女ブバルディア』ってね」
そこで私は彼女の意志を理解する。
かつて、ブバルディアが悩んでいた時のように、私を助けてくれていたのだ。
魔法少女として、そして、かつての自分のように困っている存在に手を差し伸べる為に。
「いいかい、お嬢さん。自由に生きるっていうのはなかなか難しいんだ。完全な自由というのもきっと、様々な法律が存在するこの世界においては存在しないものかもしれない」
諭すように、それでも暖かく見守るような声で彼が続ける。
「だけれども、僕たちには選択するという自由がある。人生の中で、どんな道を歩くかを考える力もあるんだ。だから、キミも、キミらしく生きる方法を一生懸命考えてみるといい。それがきっと、最善になるはずだ。僕たちも、僕たちなりに道を選んできた。キミにもできると思う」
「私らしく、生きる……」
その言葉は深く重いようにも思える。
それでも、暗い世界を照らす光のように明るい希望にも感じられる。
私がやりたいこと。
私が求めている自由。
改めて、見つめてみるのもいいのかもしれない。
ポピーさんの話は、私の心に知らない世界の興味を引き出してくれていた。




