Ⅳ 少しずつ前向きに
夜の道を歩き、たどり着いた街。
そこは人が夜でも賑わっているような空間になっていた。
街の入口から帰ってきたブバルディアを街の人々が見かけると、元気な声を出しながら手を振っていた。
「おぉ、ブバルディアさん! 今日の探索はどうだった?」
「上々だね! 今回はお宝だけじゃなく、素敵なお嬢さんも発見したからね!」
「そりゃすげぇな!」
がっはっはと笑ったのはブバルディアが回収した荷物を運んでいた筋肉質な男性。
その他にも物珍しそうな顔で私に近づいてくる人が大勢いた。
「……素敵なお嬢さん。それは私のこと?」
「他に誰がいるっていうんだい?」
「素敵……」
頭で考えても、その言葉の意味があまりしっくりこない。
様々な感情の含みを込めて『素敵』だと言う人は多いものの、私に対して言うのはどういう意味合いを込めているのだろうか。
「べっぴんさんだな!」
「アタシに比べりゃまだまだだけどね!」
「ハハッ、言われてるぞ! お嬢さん!」
荷物運びの筋肉質な男性はその笑顔を崩さない。
爽やかな表情を浮かべて、私がなにか言葉を言うのを待っている様子だった。
「容姿、あまり気にしたことないから」
「だってよ、ブバルディアさん! どうするよ!」
「そりゃあもったいない! ほら、仕事が終わったらすぐにお風呂に入るよ! まさか髪の洗い方とか知らないわけじゃないだろうね」
「それは大丈夫。だけど、泊まる場所は……」
「アタイの家でいいんだよ。ほら、こっちでの仕事をちゃっちゃって済ませてお風呂に入るよ!」
「了解」
ブバルディアが街で行っていた作業は、分別や分配といったものだったのもあってある程度順序よく済ませることができた。
値打ちのあるものを商人に渡し、再利用可能な資源はその手の作業が得意という作業員に渡す。
規則がある行動は行いやすいような実感がある。
これは、もしかしたら私自身の出自に関係があるのかもしれない。
夜の賑わいがある街の中の作業は、ブバルディアを待っていた人が多かったのもあってか比較的すぐに終わっていった。
作業が終わり、街道を歩いた先で到達したのはブバルディアの住居だ。
ブバルディアの家。それは小さな家などではなく屋敷そのものだった。
入口から入ったエントランスには大きな階段があり、様々な部屋が存在している。
階層ごとに多種多様な様相があるのもあって、かなりの豪邸であることがわかる。
「さぁ、お風呂だ! 案内するからついてきな!」
意気揚々と案内するブバルディア。
彼女の目からは積極的な意思を感じる。
「綺麗にしっかり身体を整えるのは大事なことだよ」
「何故?」
「自分磨きっていうのはね、いつだってやっといて損がないからさ!」
なかなかよくわからない。
それでも、重要そうな気はする。
しばらくして、私とブバルディアはお風呂場に到着する。
「さぁ、さっぱりしてくるといいさ」
そこで彼女と一緒にお風呂に入るのかと思いきや、彼女は私がひとりで入ることを促した。
「意外」
「どうして?」
「ふたりで入るものかと」
「最初に自分のことをよく知るべきだと思ったからね。それも自分磨きの一環さ」
「……よくわからない」
「細かいことは気にしなくていいさね。さっ、入った入った!」
ブバルディアに促されて、私はお風呂に入ることにした。
服の畳み方や身体の洗い方については問題ない。
基本的な生活の仕方についても頭に入り込んでいる。
とはいえ、お風呂に入るという行動はもしかしたら初めてになるのかもしれない。
私という存在が意識を持って活動を始めたのは、ついさっきなのだから。
「鏡……」
身体を拭く場所にはお湯が出る機械と、鏡が置かれていた。
鏡越しに改めて自分の姿を確認する。
自分の顔を見るのも初めての経験だ。
静かな表情の少女。
髪は黒くほどほどの長さ。
瞳の色は青。
それほど大人びた様相ではない。
平均的な人間の姿といっていいだろう。
「ブバルディアや、彼女に協力していた人はよく笑っていたけれど」
私にも笑顔が似合ったりするのだろうか。
鏡に映る不愛想な自分の姿を見ても、微笑む姿は考えられなかった。
その後身体をさっと洗い、私は湯船に浸かった。
体中の疲れが取れるような感覚。
不思議と感じる幸福感は、心を温めてくれていたような気がした。
「……んで、お風呂に入って、自分の顔を見た感想はどうだったんだい?」
お風呂からあがった私はブバルディアに問いかけられていた。
今、私と彼女がいる場所は寝室の布団の中。
それぞれ別のベッドに横になりながらも問いかけてきた。
私は彼女の古い寝間着を調整しながらも返答する。
「不愛想だと感じた」
それは間違いない事実だ。
街で生き生きとする人たちに比べると、私はどうにも不愛想だ。
「だろうねぇ、アタシももっとにこやかになっていいと思うくらいには表情がないね」
「なんとかした方がいい?」
「さぁね、アンタが考えな。でも、やってみたいと思ったことをやってみるっていうのは大切なことさ」
「……それは、どうして?」
私の顔を横から見つめて、彼女が言葉にする。
「自分の意志でなにかをやってみたいと考える原動力っていうのは、人を動かす力になるからね」
その言葉をブバルディアに口にしてすぐ、彼女の方から寝息が聞こえていた。
疲労が溜まっていたのかもしれない。彼女の瞼も閉じていた。
「自分の意志でやってみたいこと、か」
漠然とした感情を抱えたまま、部屋の天井に手をかざしてみる。
今の私にはなにもない。
でも、やりたいことは何か増やせるのかもしれない。
自分の意志という原動力を、できることを見つけてみたい。
そうふと思った瞬間、私の中でなにかの感情が動き出したような気がしていた。
次の日に目覚めた私を待っていたのは朝食だった。
大きなテーブルの上に卵を使った料理や白米が用意されている。
「これは?」
「朝ご飯さ。アンタ、食べないのかい?」
「食べなくても生きていける」
「それはもったいない、食べるっていう行為は人に許された至福の時なんだよ?」
「……なら」
右手を胸に添えて、そこから魔力を自らに放つ。
『魔の法律』の力を使って、自分の中の法、すなわちルールを調整する。
食事を取るという行為を行えるようにある程度仕組みを変更したのだ。
これは自分相手だからこそできる行動だ。
「食べれるようにしておく」
「相変わらず変わった魔法を使うね、アンタ」
「そういう存在だから」
食事を取れるようになった私は、置かれている箸を使って食事を取ることにした。
ただ、箸という存在やその使い方はある程度知っているものの、ふと気になることもあった。
「珍しい食器」
「アタシが好きで使ってるんだ。使いづらいならスプーンとか用意するよ」
「問題ない。ただ記録的にはあまり馴染みがない食器ではあると思う」
「記録的ってどういうことだい?」
「まだこの世界ではあまり有名ではないということ」
潜在的に持っている記録の中でも、箸という存在は漠然とした存在くらいの立ち位置に感じる。
どちらかというと別世界の文化といった印象が強い。
そのことを話すと、ブバルディアは興味深そうに私の言葉を受け止めていた。
「アンタは文化に興味があったりするのかい?」
「関心はあると思う」
「いいねぇ、そういう着眼点みたいなのはあって損はないよ」
「今、一番気になっているのはブバルディアが珍しい食器を使っていることかもしれない」
「なるほどねぇ……」
その言葉を聞いたブバルディアは面白いことを思いついたと言わんばかりに目を光らせ、私に提案してきた。
「だったらアンタ、この家を色々調査してみたらいい」
「勝手に見ても構わないと?」
「あぁ、そうだとも。使用人もいるから、よっぽど不味いことは起きないはずだろうしさ!」
「なにかを知るきっかけは大切、と」
「よくわかってるじゃないか。さ、朝食を食べて動いてみるんだね!」
「わかった」
話が纏まったのを確認し、私とブバルディアは朝食に手をつける。
初めて食べる食事の味わいは、どこか不思議な感覚があった。
口の中が暖かく、独特な感覚が訪れる。
味覚というのも再現したからか、多種多様な感覚が押し寄せてきて、それらを呑み込むと不思議と幸福を感じられる。
活力が入る、という表現がいいのだろうか。なんとも斬新な感じだ。
「どうしたんだい? 言葉に詰まった顔をしてるけど」
「この感覚をどう表現したらいいかわからなくて」
素直に言葉にする。
それに対してブバルディアは、微笑みながら私に答えをくれた。
「悪くない感覚なんだろ?」
「そう」
「ちょっと幸せな気分だったりするかい?」
「否定しない」
「なら、この料理が美味しいって感じられてるってことさ」
「『美味しい』」
「いい料理を味わったなら、その言葉を言っておけば色々気持ちに整理がつくってもんさ」
知識として知っていることはある程度理解できる。とはいえ、感覚のことはどうにも鈍いみたいだ。
私が感じていた不思議な感覚は『美味しい』という現象から起きた感情なのかもしれない。
つまり、食べ終わった時にはこう言えばいいのか。
「美味しかった。ありがとう、ブバルディア。……えっと、ごちそうさまでした」
「おっ、早速使ってるね。ただまだ硬い。笑顔を研究することだね」
「それはまだ難しいかもしれない」
笑顔。これもまた、課題のひとつなのかもしれない。
街の人やブバルディアのように明るく立ち振る舞うことができれば、私も明るい存在になれる可能性がある。
とはいえ、どういう風に頬を緩ませればいいかはまだわかっていない。
「でも、努力はしてみたいとは思う」
「いいねぇ、やっぱり鏡を見て自分を美少女だってわかった女の子は違うよ」
「自分のことはよくわからないけど、ブバルディアは私のことを可愛いと思ってる?」
「アタシには敵わないが、化ける実力はあると思うよ」
「……ブバルディアはなかなかプライドが高い?」
「なんだってアタシは魔法少女だからね!」
「また言ってる」
彼女が何故自分のことを魔法少女だと認識しているのかもそろそろ調べたくなってきた。
ブバルディアの屋敷に使用人がいるのなら、その人たちに聞くことも可能なのかもしれない。
ブバルディアの謎、私の笑顔、知りたいという好奇心。
何故だかそれらは、私に行動する意思を与えてくれた。
「食事が終わったら、探索してみる」
「そうしな。色々楽しいはずだよ。あぁ、そうそう、着替えは隣の部屋にあるから適当にいいと思ったものを着るといいさね」
「わかった」
知らない感覚や出来事を知る。そうした瞬間に不思議と明るい気持ちになれているような気がした。
なにかを掴むきっかけを得られるのかもしれない。
そう思った私は、朝食を終えて立ち上がり、新しい朝の用意をしていくのであった。




